第7話 マータ
音喜と彼の父が、カニの足跡らしき物を発見したその日の深夜。
零時を過ぎて、早いものなら起き出す時間帯。
四時すぎ。
ここは地球と同じ二十四時間。
おかげで時間の感覚に、戸惑うことはない。
「………」
月影医院の二階、ツカサの自室。
彼は気持ちよさそうな寝息をたてていた。
起きるにはまだ早い。
窓にはカーテンが閉められ、眠っているツカサの寝顔はあどけない。
あれから伸びた髪の毛は、ベッドのシーツに流れ、扇状になる。
腰まで伸びた髪を、一つに結んでいる。
そしたら、後ろ姿じゃ、光磨は音喜と同じで分からなくなるという。
どう答えていいか困る回答をもらった。
切ろうかどうしようか。
なんて思って眠りについていた。
ツカサには両親がいない。
姉がいるだけ。
その姉も、ツカサが宇宙船に乗り込む際は見送りに来るはずだった。
宇宙船に乗り込む際、搭乗者は説明を受けるために一週間、共同生活をする。
姉とは離れて。
だからあの日、ツカサは姉を待っていた。
それなのに姉は来ず、出発の時間になってしまったのだ。
宇宙船にいるときは絶えず不安で、同じ乗組員を困らせた。
でもそれを慰めてくれる姉ではない、別の手があったから。
どうにかこうしているだけ。
そのことが、ようやっと落ち着いてツカサの頭に浮かんで。
「マータ?」
しっかりと口にされた三音に、ツカサは目を開けた。
夢を見ていた。
姉のいない宇宙で、その三音が自分の側にいて慰めてくれたことを。
それにはそれで役割があるから、ツカサの側にずっとはいられない。
宇宙船が墜落したとき、確か、一緒だったような気がする。
それを今更思い出しツカサは慌てた。
どうしよう、どうしよう。
都合のよすぎる自分に、ツカサは泣きそうになる。
本当のツカサは泣き虫だ。
光磨たちの前ではいつも穏やかな顔をしているが、心中ではびびりまくっていた。
丁寧な口調で、探るような視線。
彼らが気にしなかったといえば、嘘になる。
ツカサは、ベッドから起き上がるとカーテンを開けた。
空気を入れ換えたいと思って。
カーテンが風で膨らんで、ツカサの頬をかすめる。
「っ………!!」
瞑っていた瞳を開けた刹那。
自分の目の前に何かが飛び込んできた。
しかも、顔面に張り付いていて、とれない。
視界は真っ暗で、怖くて仕方ない。
「たすっ、け………!」
「zizi……」
【名】を呼ばれた気がした。
細かく言うとそれは、ツカサの名ではない。
でもそれは、合図。
信号のようなもの。
ツカサにだけ分かって、光磨たちには分からないそれ。
「マータ?」
ようやくそれを顔から引き剥がし、掲げる。
そこには、カニの形をしたモノ。
宇宙船墜落現場の穴から出てきたそれが、ツカサの両手にはあった。
「マータ!マータなんだね。どっか、ケガ、してない?」
今までマータのことを忘れていたことを、ツカサはおくびにも出さず。
矢継ぎ早に言うと、マータはムムッと怒ったように目をそっぽへ向ける。
「ごめんよ。忘れてたわけじゃないんだ。決して………ね!」
「zizipo……」
拗ねたように、ツカサにバカとでも言うようだった。
ごめんね、ごめんね、忘れてたわけじゃないんだ。
その姿が愛らしくてほっとして、ツカサはマータのボディを撫でる。
金属製のつるりとした外観。
マータはツカサたちが乗っていた宇宙船の制御装置の一部。
いくつもいるマータたちの一匹。
コードにいくつも繋がられている中で、この子だけがそれを嫌がって逃げて。
それで泣いていたツカサに会った。
「マータ」
ふふふっと、柔らかい笑みを零して。
マータのボディに頬をすり寄る姿は猫のようで。
徐々に世界が白くなっていく中で、ツカサは。
マータを抱えて、再び毛布を被った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます