第6話 宇宙船墜落跡
宇宙船が落下したことで焦土となった森は。
ツカサの病状が回復するのに合わせて、芽を出し、緑で地面を覆っていく。
森守一族の力で、草木が育まれる速度が加速される。
加速されれば、枯渇するみどりは。
彼らの手によって守られる。
そうやって作られた場所は。
静かな夜の中に、ある。
宇宙船が落ちたとされる場所は、埋められることなく現状保存。
機体は首都の方で期間限定で展示されるそうな。
ぐるりと縄で囲われ、立入禁止の看板が立ててある。
高い木は未だなく、牧草地となったその場所は。
草木が微睡むように揺れ、宇宙船が落ちたことなどなかったように。
平穏だった。
そこに、紙がこすれるような音がする。
夜行性の動物が立てる物音とは違う。
音は、宇宙船が落ちた穴の方からだった。
穴の中央、土がぼこぼこと押し上げる。
モグラの仕業に似た土山は、やがて重みに耐えかねて崩れていく。
そこから見えたのはカニの手だった。
ぼっこん。
ふるふると掘られた土があたりに散らばる。
そこから顔を出したのはやはり、カニだった。
色の赤いカニは、子供が両手で抱えられる大きさだったが。
動きはどことなく、機械っぽい。
機械カニは、全体的に子供が描いたような可愛らしさがある。
それは、目の部分をあちらこちらに動かした。
辺りの様子を探っているようだ。
しゃかしゃかとカニは動くと、穴の斜面にたどり着く。
思案するかのように目を伸ばし、首を傾げるような動作もする。
やがて、手の一部がにゅっと伸びて縁に引っかけられた。
それを使って器用に、登っていく。
登るたびに、しゅるしゅると、巻き取る音がして、手が短くなっていく。
「……Pi pi……do」
出られてよかった、とばかりにほっとするカニ。
そして、何かを思い出したのかしゃかしゃかと歩き出した。
***
音喜の夜の日課は、父と一緒に夜の森の調査である。
動植物の発育や水分状態など、土や木々の感触や匂いや音。
それら一つ一つを確かめながら地道な作業だ。
彼も父に教わりながら、それを自分のものにしていく作業。
感覚は人それぞれと言われるそれを、共通認識できる彼らしかできない。
だがそれも訓練を重ねなければできないこと。
出来るようにならなければならない。
いずれ、音喜が管理することになるのだから。
「父さん」
短く父の名を呼んだのは、誇張でもなく、異変を感じたからだった。
自分の一歩先を行く父が不思議そうに振り返るのを見て。
少しだけ嬉しく思いながら言葉を発した。
「なにか、妙な音がしました。宇宙船が落ちた方です」
「そうか。なら、行こうか」
親子なのに、他人行儀な口調と態度だった。
音喜が先導して、父が続く。
試されている、と分かって。
少しだけ浮き立つ気持ちがある。
高揚感。
そうやってたどり着いた、牧草地に二人は並ぶ。
穴の中央、不自然に空いた丸い穴が一つ。
懐中電灯などなく、月明かりのみの光で。
そこだけ照明が当てられたように、浮かび上がっていた。
「遅かったようだな」
父に断言されて、そのまま膝から崩れ落ちなかった自分を誰か褒めてほしい。
せっかく、父に褒めてもらえると思ったのに。
音喜の落胆は、涙を誘うほど。
「あまり気にするな。父さんも気付けなかった」
息子のあんまりな姿に、同情したのか父は砕けた口調で苦笑いした。
「うれしくない。全然うれしくない!」
学校ではクールと呼び声高い音喜だが、本当はその逆。
表面上だけでも取り繕っておかないと周りがひくから。
という両親祖父母のありがたい助言ゆえ。
身内以外で知っているのは、光磨と鼓動だけ。
「それにしても、この穴はなんだ?宇宙船を撤去したときにはなかった、よな」
苦笑いの父に音喜は、涙目で頷く。
首都の人間が来ての撤去作業を、二人は家族と共に見守った。
宇宙船が墜落した次の日の来訪だったが。
人払いはしてあったし、村長もいたから、間違いないと思う。
もし、地中に何か埋められたとしたら。
「分からない。じゃあ、すまされないな」
透視能力を持つ者もいるが、少数。
音喜は、父の言葉を聞きながら柵の周りを一人歩く。
もし何かあればいいと思っていた。
「あし、あと?」
ほどなくして、音喜が見つけたのは等間隔に続くものだった。
暗い地面にザッと、線を引いたようなもの。
「カニの足跡に、似てるとは思うけど………」
「どうした、音喜」
後を歩いてきた父を振り返り、足跡を指さした。
父は、顎に手をやって首を傾げる。
「カニかぁ。海は、遠い、し………やっぱり、宇宙船の漂流物か」
規定では、宇宙船などの漂流物は首都に届けなくてはならない。
「お前は明日、てか、もう今日か。ツカサくんのところに行くんだろう?」
そのときに聞いてみてくれ、と言われて無言で頷く。
「そういえば、そろそろ外出許可が出るから。この村を案内してやってくれ。あと、彼の所にもな」
それ重要。
父は内緒話でもするかのように、声を潜める。
そして、音喜は夜空を見上げながら気持ちを切り替えた。
ツカサに話すネタも尽きてきたところだから、父の申し出はありがたい。
それに、光磨が彼に取られたような気持ちもするから、余計に。
珍しいのも分かるし、自分だってそうだ。
だけど。
顔に出ていた音喜を見ていた父が小さく吹き出した。
「俺もお前の母さん相手にそんな顔をしてたなぁ」
「えっ、急にのろけられても困るんだけど」
頬をぽりぽりかく音喜に、父はただカラカラと笑っただけだった。
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