第4話 この星と地球
ツカサは、ベッド脇の窓を開けた。
カーテンが揺れて、外の声が聞こえてくる。
一つ一つは聞き取れないけど。
みんな、ツカサのことを知りたがっている。
「とりあえず、僕に話したことを光磨たちにもう一度、話してくれるか?」
この場を仕切ったのは、音喜だった。
当然の流れだし、不満はない。
「僕の住む地球の環境は最悪でね。空気も淀んでて、一日中マスクが手放せないんだ」
ツカサは、残念そうに開けた窓を再び閉めた。
すると、入った時には気づかなかったけど。
日の暖かさが気持ちよかった。
目を細めるツカサは猫のようで。
「れつあく?な環境から逃げるために僕たち市民は宇宙船を作ったんだ。お金持ちの人が乗るようなのは手が出せないから」
環境が悪化してからか、それ以上前からか。
この地を捨てて逃げようと考える人は、多くいた。
「安いかわりに、事故も多い。だけど、無事にたどり着ければって思ってた」
でも、問題は起こった。
ツカサ以外の人間は、全員骨になった。
「この星に地球人がいることは知ってた。だから、僕たちはここを目指してた」
彼の話にふと、光磨は首を傾げた。
もし地球でこの星のことが知れ渡っているならば、もっと地球人がいてもおかしくない。
事故で片付けてしまうには、人が死にすぎている。
「音喜、そこら辺どうなってんだ?」
もやもやした気持ちをぶつけるように、光磨は聞く。
すると音喜は自分の管理じゃないと否定された。
「僕たちはこの星に落ちた人間を神の元へ案内するだけ。そこから先は、ツカサくんが決めることだよ」
光磨の方を見もせず、ツカサに先を促した。
「あの、もし、可能なら、僕以外に生存者っていうか。残っている人がいるならば、会いたいな!って思って、まして」
尻つぼみになるツカサだったが、最もだと光磨は頷いた。
「それなら、この村にいるし。案内できるぜ」
なぁ、と隣にいる鼓動に同意を求める。
「うん。六十才過ぎたおじいちゃんなんだけどね。この国じゃないんだけど、別の国に落ちて移り住んだ人なんだ」
「結構、変わりもんだってうわさだけどな!」
ケラケラと光磨が笑うと、ツカサはえっと声を上げた。
「変わりもの、なんですか?」
ツカサは音喜に、向き合うと彼はそうだねと腕を組んだ。
「本来、落ちた国で保護されて生活する。だけど、この人はこの国がいいと言って許可が得られたんだ」
「そんなこと、出来るんですね」
そんなことはできない。
この星より遙かに発達した技術を持つ地球人を、他国に譲ることはしない。
神様がいるからと言っても、それ以外は戦時中と変わらない。
落ちても申告しないことも多い。
光磨もそれについて彼に聞きたかったのだが、はぐらかされてしまった。
音喜が、ツカサの身を慮ってのことだろう。
子供の自分でも知っていることを、知らないままでいいのだろうか。
「頭はしっかりしているから。ここからだと、一時間半、ぐらいかな」
スケボーにツカサを乗せれば、もっと早く着けるかもしれない。
「ありがとうございます。よろしく、お願いいたします」
深々と頭を下げるツカサに、光磨は手を顔の前で振った。
「敬語なんて使わなくていいって。普通にしゃべれよ!俺たちより上なんだからさ」
ツカサは肩を落とすと、微笑んだ。
今まで張り詰めていた緊張が、溶けた気がした。
「光磨、鼓動。そろそろ帰れ」
「えぇ!来たばっかだろう」
今まで黙っていた音喜に、光磨は真っ先に反論する。
「一時間もしゃべってねえし。それに、友達にだってまだ、なってないだろう」
「なってるよ」
ツカサの声の、はっきりした声に光磨は振り返った。
「よろしくね。コーマ、リズム、音喜くん」
ツカサが差し伸べてくる手を、光磨はにかっと笑って握った。
「なんで、音喜だけくん付けなんだよ」
***
ひらひらと光磨と鼓動、そして音喜に手を振る。
三人が扉の向こう側へ行き、やがて扉が閉まっていく。
部屋に一人になったツカサは。
ほうっと。
吐息を付くと、そのままベッドに倒れ込んだ。
(きんちょーした)
音喜に説明したことを、改めて説明するだけなのに。
ものすごく、疲れた。
ふわっ、と。
あくびが出る。
慌てて口を押さえて、ツカサは日の光に目を細めた。
地球では見ることのない光と暖かさに、ここは天国かと思う。
目が覚めてからも目まぐるしくて、色々と教えてもらったり、言ったりもした。
ここは、地球じゃないのに。
宇宙船に乗ってやってきたのに。
ここがかつての地球みたいで。
ツカサは懐かしい気持ちになった。
カーンカーンカーン。
鐘の音がする。
看護婦から聞いた鐘の島にあるという鐘の音。
世界中どこにいても聞こえてくるのだという。
ツカサは目が覚めてから数回しか聞いたことがないけれども。
「姉さんにも聞かせてあげたいな」
ぽつりと零れたそれに、ツカサは思わず唇を強く噛みしめた。
「どこに、いるんだよ」
さっきまで幸せな気持ちだったのに。
今は悲しみが襲ってくるから。
ツカサは、腰下まで下がっていた布団を頭まで被った。
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