第3話 月影医院
三週間後に、張り紙が広場に出されて。
その後の詳細を光磨が知るのに、更に五日かかった。
というのも、生存者がいる病院に人が殺到したからだ。
森守一族の手によって、壁が築かれ、関係者以外立ち入りを禁止した。
白いタイルを十字架に見立て、それに羽を生やした看板。
達筆な字で【月影医院】。
この村、唯一の病院。
そして、宇宙船に同乗していたのは、五十人と想定。
爆発の衝撃で焼け爛れ、契れた遺体が多かった。
それ故に生存者はたった一人。
名は【ツカサ】。
今年十才になる少年で、黒髪黒目の日本人。
「みんな、ひまだなぁ」
「ぼくたちもその暇人のひとりだよね」
光磨はその後の情報を、思い出しながら病院を見上げた。
五日の間に、同乗者五十人の死体を埋葬するのを手伝った。
墜落現場に慰霊碑を建てるらしい。
遺骨は鍵のかかる公民館に、完成するまで置かれる。
光磨と鼓動は、音喜の口添えで今日、病院に招かれた。
病院には立入禁止の壁があり、それを更に囲む大勢の人。
これ以上、二人は近づけなかった。
「どうする?これじゃあ、入れないよね」
「あー、音喜!いるんだろう、出てこいよ」
首を傾げる鼓動に、光磨は大声で叫ぶ。
叫び声も人々の声にかき消される。
光磨は持っていたスケボーを、発進させようとした。
「帰ろうぜ。時間たたねぇと無理だろう」
「そうしよっか。早起きしたのに残念だね」
鼓動もスケボーを光磨に習って、発進させようとする。
がしゃん、と。
鍵の錠前が外れるような音がした。
「あんたたち、いい加減にしなさい!」
人一人通れるだけの空間が開かれたそこには、一人の女性が立っていた。
金髪を後ろで一つのお団子に、頭にはナースキャップ。
白い襟付きのナース服、腰にレースのエプロン。
人だかりを睨み付ける瞳は、青瞳は晴れた空の色。
手には竹箒を掴み、器用に操りながら彼らに向けた。
「みんな、とっとと散れ!」
童顔に似合わぬ彼女の怒声に、散り散りに皆、逃げていく。
残ったのは鼓動と光磨だけ。
「こんにちわ。コーマくん、鼓動くん。さ、入って」
きゅるん、と効果音付きで二人に微笑む彼女は
【メルディア・クイレル・ミルスティーマ・カナレル】。
この病院の看護婦。
そして病院の名にもなっている【月影】の妻だった。
**
「まったく、みーんな、暇人で困るわよねぇ」
頬に手を添えて困った顔をするメルディアに、二人は苦笑する。
ここは病院の二階へ繋がる階段の上。
二人は、彼女の先導で音喜のいる病室へ向かっている。
あのあと、メルディアに案内されて、壁の内側へ案内された。
二人が入ってすぐ空間は閉じられ、壁を形成する。
「壁はオーちゃんのお父さんが作ったんだけど、夫婦の求めに応じて、開閉できるみたいなのよね」
音喜を【オーちゃん】と呼ぶのは彼女だけ。
とん、とん、と足取り軽く、メルディアは階段を上る。
後を追って二人は階段を上がった。
メルディアはこの国の人間ではない。
『花の国』。
この国を囲む三国のうちの一つ。
名が長いのは、自身の名と母、祖母、曾祖母の名を受け継ぐ国ゆえ。
男だった場合はその逆らしい。
「他人に無関心って、ぜったい、嘘よね!」
二階に上がると、メルディアはくるりと回って腰に手を当てる。
ぷりぷりと怒る様はとても三十代とは思えない。
手には竹箒が握られてて、床をトンと叩く。
「じゃあ、オーちゃんたちは三階に向かう階段の手前よ。仲良くしてあげてね」
光磨のぽんと軽く肩を叩く。
すれ違いざまに、一階へ戻っていくメルディアの後ろ姿を見送る。
「いつも思うけど、目がチカチカする」
「向こうの人は明るい色が多いっていうからね」
階段を上りきり、光磨は目をこする。
病院は三階建てで、三階が夫婦の生活場所、二階が病室、一階が診察所だ。
光磨は、等間隔に並んでいる二階廊下の窓へ視線を向ける。
そこには散り散りになっていた人々が、戻ってきていた。
「みんな、めげないね」
クスクスと耳にくすぐったいような鼓動の声。
日差しが室内へ降り注いでいる。
墜落してから思ったよりも時間が経った。
そろそろ梅雨の季節になる。
「雨、今年は降るかな」
去年は雨はあまり降らなかった。
穀物も一昨年に比べて少なく、身も小さい。
それで生計を立てる光磨の家族にとっては、雨は大事だった。
「大丈夫だといいね。ほら、行こう」
いつの間にか先へ行っていた鼓動に、光磨は頷く。
廊下に病院特有のにおいはなく、むしろ使われていない気配さえある。
最近は大きな怪我で入院する人もいないから、文字通り生存者の貸し切りだった。
「ここだね」
長くもない廊下の端、三階へ上がる階段の手前。
そこにはメルディアの字で【ツカサ】と書かれていた。
「入って」
木のドアをノックすることもなく、内側から開かれる。
そこに立っていたのは、音喜だった。
「なんだよ。いるなら出てこいよ」
「必要ないだろう。そんなの、ほら」
ドアを開け放した。
一人用の部屋。
入ってすぐ窓の下にベッドが横向きで置かれ、枕元にはランプ。
その隣に置いた椅子に、音喜が座った。
「えっと、こんにちわ」
ベッドに、座るのは一人の男の子だった。
短い黒髪は、不揃いで、汚れた部分だけを切ったのであろう。
黒い瞳は、深い夜の色をしていた。
長袖のパジャマ姿で、手首や首元に包帯が巻かれている。
顔の頬には、大きな湿布。
疲れたような笑みを見せる彼が、唯一の生存者。
ツカサだった。
「彼らは、僕の友達だよ。手前がコーマ、隣が鼓動」
簡潔に二人を説明すると、ツカサは少しだけ頭を下げた。
「あぁ、えっと、初めまして、こんにちわ!」
光磨が後頭部をかきながら言うと、鼓動が落ち着いて挨拶を交わした。
近づいていくと、音喜は部屋の端を顎でしゃくる。
怪訝に思ってみると、そこには椅子が二脚置かれていた。
どうやら自分たちに用意してくれたようだ。
二人はそれぞれ椅子をもって、音喜の隣に並んで座った。
光磨は、申し訳ないほどにツカサを見てしまった。
体は華奢で折れそうだし、色も白く、儚い印象を受ける。
身長も光磨と同じぐらいだし、男というより女の子みたいだった。
可愛いと表現される顔立ち。
この世界にはない黒い色のせいか、神秘的だった。
それからツカサから自己紹介と言葉が話せる理由を聞いた。
「訛りがあるみたいだけど、日本語が通じるなんてびっくり」
光磨たちには分からない訛りがあると知って、こっちも驚いた。
「ねぇ、よかったら友達になってくれる?年が近い友達って地球にもいなかったから」
「もちろんだよ。なぁ、鼓動、音喜!」
光磨が二人に同意を求めると、快く頷いてくれた。
「ほんと?嬉しい」
にっこり、と笑うツカサは、かわいかった。
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