第2話 西の森の森守一族
光磨たちの村は、自分たちに必要な土地以外を森に囲まれている。
一度、森に火が付けば逃げ場なく、為す術もない。
今もこうして、光磨たちが暮らしていけるのは森守一族がいるから。
彼らには不思議な力がある。
*
宇宙船が墜落したのは、西の森だった。
西の森は、普段は閑散としている。
動物たちの声や木々のざわめきも、息を潜めているかのような場所。
しかし、光磨たちが見た光景は、夜空に黒煙を上げる森だった。
どこに隠れていたのかと思うほどの動物たちが、逃げ惑う。
彼らの悲鳴と木が爆ぜる音と煙。
それと、森に入ってから咳が止まらない。
火花散るなかを、光磨たちはスケボーで爆走していた。
逃げてくる動物たちを避けながら。
「他の人たちいないね。どうしたんだろう」
咳き込みながら鼓動は、きょろきょろと見回す。
「集落側の入り口、止めたたんだろうよ。俺ら側からもたぶん、止められてる」
進むべき方向を見失わぬよう、光磨は前を見据える。
西の森へ入る入り口は、集落側と光磨たちが来た二カ所。
それ以外の場所は、柵で囲われている。
宇宙船が墜落して、あれから約一時間が経過していた。
火は勢いを増し、木々は炎の衣を纏い、踊るように。
命を散らすように黒くなっていく。
二人を乗せたスケボーはやがて速度を落とし、止まった。
「これ以上は、むりだ」
前方に見えるは、黒く焼け焦げた大地と動物の焼ける匂い。
それに微かな金属の匂いと鼻を突く刺激臭が、何なのか。
光磨は、考えたくなかった。
「ぼくたちも逃げた方がよくない?勢いで来ちゃったけど、音喜くんたちに任せて………」
帰ろうと告げる鼓動に、光磨はそうだな、と灰色の煙が夜空へ流れていくのを眺めた。
すると、ぽつん。
光磨の頬に、水の感触がした。
「水?」
考える暇なく、バケツをひっくり返したような雨が降った。
滝の中に入ったような音、逃げることもできないまま身に受ける。
雨が上がった時、二人は、びしょびしょだった。
「うぅ。風邪でもひいたらどうすんだよ」
「自己責任だよ」
二人以外の声が、後方から聞こえてくる。
振り返るとそこには、着物に似た格好をした光磨と同い年の子供だった。
腰より長い金茶(きんちゃ)色の髪を一つに結び、深碧(しんぺき)色の瞳。
その深く濃い緑色の瞳は、火の消えゆく中で不気味にうつった。
「音喜、いたのかよ」
「いるに決まってる。ほら」
音喜と呼ばれた彼は二人に、乾いたタオルを放る。
暗くて見えなかったが、持ってきてくれたようだ。
「絶対に来ると思ったし、入ってくるのも見た。バカ正直するだろう」
「だってよ。宇宙船がこの村に落ちたなら行くだろう?」
受け取ったタオルで髪を拭きながら、光磨は頬を膨らませる。
「第一、入ってきたのが見えたんなら、もうちっと早く来いよ」
「入り口を封鎖したり、他にやることがあるんだよ」
腕を組み、そっぽを向く音喜。
音喜は、友人で、そして、森守一族の人間だ。
森守一族は、髪の色こそ多岐に渡るものの瞳は、深碧色をしている。
かつて彼らは、各国の兵器として酷使された。
だが立場は逆転した。
彼らが呼び出した【鐘の神】によって。
平和を愛した森守一族は、今。
各国各村や町に派遣され、森を守り、平和を説く。
音喜の家族も、それでこの村に派遣された。
他にも森の維持、災害などの対処、村の冠婚葬祭、話し相手と幅広い。
「今、両方の入り口を父が封鎖している。宇宙船の対処は母と祖母が。祖父は今頃まとめ役に報告ってところかな」
近隣の村々を統括する人のことをまとめ役という。
その人の上司である統括長に連絡し、国の補佐官へと伝わる。
音喜は、指折り数えながら伝える。
本来であれば、年齢が同じだからといって役割を教えたりはしない。
かつての一族の兵器としての立場から、偏見がある。
戦争が終わって平和になったからといって。
彼らの傷が癒えたわけではない。
光磨と鼓動は、彼に対してそんなことはなかった。
大事な友達の一人として見てくれていると分かっているからこそ。
「どれくらいで俺たちに詳細が分かるんだ」
「さぁね。早くて一週間かな」
国の補佐官の次は、国王へ伝わる。
それまでに事故処理などを、音喜たちがしなければならなかった。
「じゃあ、ぼくたちどうやって帰ろう」
鼓動はタオルをきちんと折り畳むと、大事に抱えた。
森守一族には樹木を操るチカラを有する。
チカラによって、二つの入り口を樹木で封鎖した。
そして、黒土となったこの森も二三日すれば元に戻る。
可能とするのは森守一族だけ。
「入り口に隙間を作るからそこから出ればいいよ」
「なぁなぁ。宇宙船に誰か乗ってたか分かるか?」
そういえば、と光磨は音喜に詰め寄った。
肝心なことを忘れてた。
「まだ分からないよ」
「ふーん。でも、このまま帰るのもったいねぇよ」
「ちょっとだけでも、見学できないかな?」
鼓動の見学という言葉に、音喜は盛大なため息をついた。
「ダメだよ。我慢してくれ」
ほら行くよと、二人に背を向けて音喜は歩き出す。
仕方なしに、音喜の背を追った。
一度だけ振り返った大地は、黒くて、所々赤い。
遠くの方まで見渡せて、それが少しだけ悲しかった。
そして今なお、煙は夜空へ上がり続けている。
**
『宇宙船から避難信号により、西の森へ向かった。
しかし宇宙船の残骸が散乱するばかりで、生存者はいないものとされた。
しかし墜落してから一週間後。奇跡的に一人の生存者を発見。
今現在、月影医院に入院。
回復を待って事情を聞き、そののち首都へ移送される』
という。
張り紙が、集落の広場に貼られたのは。
音喜が言っていた一週間ではなく。
三週間後に。
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