第2話 西の森の森守一族

 光磨たちの村は、自分たちに必要な土地以外を森に囲まれている。

一度、森に火が付けば逃げ場なく、為す術もない。

今もこうして、光磨たちが暮らしていけるのは森守一族がいるから。

彼らには不思議な力がある。



宇宙船が墜落したのは、西の森だった。

西の森は、普段は閑散としている。

動物たちの声や木々のざわめきも、息を潜めているかのような場所。

しかし、光磨たちが見た光景は、夜空に黒煙を上げる森だった。

どこに隠れていたのかと思うほどの動物たちが、逃げ惑う。

彼らの悲鳴と木が爆ぜる音と煙。

それと、森に入ってから咳が止まらない。

火花散るなかを、光磨たちはスケボーで爆走していた。

逃げてくる動物たちを避けながら。

「他の人たちいないね。どうしたんだろう」

咳き込みながら鼓動は、きょろきょろと見回す。

「集落側の入り口、止めたたんだろうよ。俺ら側からもたぶん、止められてる」

進むべき方向を見失わぬよう、光磨は前を見据える。

西の森へ入る入り口は、集落側と光磨たちが来た二カ所。

それ以外の場所は、柵で囲われている。

宇宙船が墜落して、あれから約一時間が経過していた。

火は勢いを増し、木々は炎の衣を纏い、踊るように。

命を散らすように黒くなっていく。

二人を乗せたスケボーはやがて速度を落とし、止まった。

「これ以上は、むりだ」

前方に見えるは、黒く焼け焦げた大地と動物の焼ける匂い。

それに微かな金属の匂いと鼻を突く刺激臭が、何なのか。

光磨は、考えたくなかった。

「ぼくたちも逃げた方がよくない?勢いで来ちゃったけど、音喜くんたちに任せて………」

帰ろうと告げる鼓動に、光磨はそうだな、と灰色の煙が夜空へ流れていくのを眺めた。

すると、ぽつん。

光磨の頬に、水の感触がした。

「水?」

考える暇なく、バケツをひっくり返したような雨が降った。

滝の中に入ったような音、逃げることもできないまま身に受ける。

雨が上がった時、二人は、びしょびしょだった。

「うぅ。風邪でもひいたらどうすんだよ」

「自己責任だよ」

二人以外の声が、後方から聞こえてくる。

振り返るとそこには、着物に似た格好をした光磨と同い年の子供だった。

腰より長い金茶(きんちゃ)色の髪を一つに結び、深碧(しんぺき)色の瞳。

その深く濃い緑色の瞳は、火の消えゆく中で不気味にうつった。

「音喜、いたのかよ」

「いるに決まってる。ほら」

音喜と呼ばれた彼は二人に、乾いたタオルを放る。

暗くて見えなかったが、持ってきてくれたようだ。

「絶対に来ると思ったし、入ってくるのも見た。バカ正直するだろう」

「だってよ。宇宙船がこの村に落ちたなら行くだろう?」

受け取ったタオルで髪を拭きながら、光磨は頬を膨らませる。

「第一、入ってきたのが見えたんなら、もうちっと早く来いよ」

「入り口を封鎖したり、他にやることがあるんだよ」

腕を組み、そっぽを向く音喜。

音喜は、友人で、そして、森守一族の人間だ。

森守一族は、髪の色こそ多岐に渡るものの瞳は、深碧色をしている。

かつて彼らは、各国の兵器として酷使された。

だが立場は逆転した。

彼らが呼び出した【鐘の神】によって。

平和を愛した森守一族は、今。

各国各村や町に派遣され、森を守り、平和を説く。

音喜の家族も、それでこの村に派遣された。

他にも森の維持、災害などの対処、村の冠婚葬祭、話し相手と幅広い。

「今、両方の入り口を父が封鎖している。宇宙船の対処は母と祖母が。祖父は今頃まとめ役に報告ってところかな」

近隣の村々を統括する人のことをまとめ役という。

その人の上司である統括長に連絡し、国の補佐官へと伝わる。

音喜は、指折り数えながら伝える。

本来であれば、年齢が同じだからといって役割を教えたりはしない。

かつての一族の兵器としての立場から、偏見がある。

戦争が終わって平和になったからといって。

彼らの傷が癒えたわけではない。

光磨と鼓動は、彼に対してそんなことはなかった。

大事な友達の一人として見てくれていると分かっているからこそ。

「どれくらいで俺たちに詳細が分かるんだ」

「さぁね。早くて一週間かな」

国の補佐官の次は、国王へ伝わる。

それまでに事故処理などを、音喜たちがしなければならなかった。

「じゃあ、ぼくたちどうやって帰ろう」

鼓動はタオルをきちんと折り畳むと、大事に抱えた。

森守一族には樹木を操るチカラを有する。

チカラによって、二つの入り口を樹木で封鎖した。

そして、黒土となったこの森も二三日すれば元に戻る。

可能とするのは森守一族だけ。

「入り口に隙間を作るからそこから出ればいいよ」

「なぁなぁ。宇宙船に誰か乗ってたか分かるか?」

そういえば、と光磨は音喜に詰め寄った。

肝心なことを忘れてた。

「まだ分からないよ」

「ふーん。でも、このまま帰るのもったいねぇよ」

「ちょっとだけでも、見学できないかな?」

鼓動の見学という言葉に、音喜は盛大なため息をついた。

「ダメだよ。我慢してくれ」

ほら行くよと、二人に背を向けて音喜は歩き出す。

仕方なしに、音喜の背を追った。

一度だけ振り返った大地は、黒くて、所々赤い。

遠くの方まで見渡せて、それが少しだけ悲しかった。

そして今なお、煙は夜空へ上がり続けている。


**


『宇宙船から避難信号により、西の森へ向かった。

しかし宇宙船の残骸が散乱するばかりで、生存者はいないものとされた。

しかし墜落してから一週間後。奇跡的に一人の生存者を発見。

今現在、月影医院に入院。

回復を待って事情を聞き、そののち首都へ移送される』

という。

張り紙が、集落の広場に貼られたのは。

音喜が言っていた一週間ではなく。

三週間後に。

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