第1話 始まりは突然やってくる。

 あの日は、星の綺麗な夜だった。

いつものように、部屋の窓から頬杖をついて、星を見ていた。

この広い宇宙のどこかに、自分と同じような人間がいるかもしれない、と。

信じていた。

(行けたら、なぁ)

榛摺(はりずり)色のツンツン髪に、同色の瞳。

九才になる、勉強が嫌いで遊ぶことが大好きな、どこにでもいる普通の少年は。

きっと、この星のどこかにいる人たち。

その人たちに会いたいと思っていた。

こんなつまらない毎日でなく、心の底からびっくりするような毎日が来るのを。

ずっと、少年は待っていた。


カーン、カーン、カーン


朝昼晩と三回、決まった時間に鳴らされる鐘の音。

この音は、少年の村で鳴らされているのではない。

この村よりも、この国からも遠い、島にある鐘の音だ。

それがこの世界中どこにいても、聞こえる。

「かったりぃ」

窓に上半身を乗り出して、落ちないように気を付けながら。

だらん、とさせる。

鐘の音が聞こえたら、島にいる神様に祈らなければならない。

ちっちゃい頃はやっていた。

それが少しだけ、憂鬱で面倒なだけ。

子供なら誰もが聞く昔のおはなし。

少年が産まれるより、数千年前。

この世界に一つだけある大陸の領土争いをしていた。

それを納めたのが、【鐘の神様】だった。

遠い島で祈りを捧げていた一族の願いを聞き届けて、舞い降りた神様。

神様によって争いが終わり、この大陸を五カ国が治めている。

神の名のもとに。

平和をもたらした神に感謝するため、鐘を鳴らし、祈る。

祈り続ければ、素敵な未来が待っている。

平和な毎日を送ることができる。

そう信じられ、物語でも伝える。

不思議だと同時に、おかしいと少年は思う。

神様を見ることができるのは、各国の王のみ。

普通に暮らしている自分たちは、その姿を見ることはできない。

面倒な手続きを踏まないかぎりは。

それに、神様相手に祈ってもしょうがない。

この世界は平和で、悲しむ人なんてどこにもいない。

なんて言われるけど、この世界のどこかで、神様の知らないところで。

誰かが泣いているような気がする。

両親に話したら、優しいんだねって言って、それで終わり。

(いみ、わかんねぇーよ)

少年は、空の星へ手を伸ばす。

これも本を読んで知っている。

この星から何億光年離れたところに【地球】という青い星がある。

地球から飛び立った宇宙船が、空間の歪みに入り込み、この星に不時着した。

奇跡的に生き残った生存者がこの星に、技術を提供した。

その記録が残っているから、少年はこの星以外に世界があると信じていた。

少年は、一つの星の輪郭を撫でる。

星って触ったら柔らかくて、暖かいのかな。

地球から来る宇宙船に出会える確率は、数億分の一。

空間の歪みは、事故が起きやすい。

それで尚、生きている彼らに、会える可能性はゼロだ。

「コーマ、コーマ!」

コーマ(光磨)と呼ばれた少年は、窓の下をのぞき込んだ。

「鼓動(りずむ)。こんな時間にどうしたんだよ」

「星がきれいだからね、さんぽ」

鼓動と呼ばれたのは、三白眼の瞳に肩口でそろえたおかっぱ頭。

夜で見えにくいが、光磨と同じ髪の色をしている。

鼓動は光磨に向かって大きく手を振りながら尋ねる。

「そういえば、祈らないの」

「だれが祈るか、バカ!」

「神様へのお祈りなんだからしなきゃ、ダメだろう」

「それがバカらしいってんだよ!」

窓枠を掴んで叫ぶ光磨に、鼓動は肩を竦めてきた。

彼とは幼なじみだ。

ちっちゃい頃はどっちが兄で、弟かでケンカをした。

今となっては笑い話だが。

「あのさ………」

鼓動が何か言おうとしたので、光磨は今からそっちへ行くことを伝えるため。

叫ぼうとした、刹那。

立ていられないほどの揺れと鼓膜がやぶれるほどの轟音がした。

光磨は思わず、その場にしゃがみ込むと耳を塞ぎ、目をつぶる。

そして昼間と思うほどの光と、鼓動の慌てた声が交じった。

「うぅ………っ」

目がチカチカする。

体が揺れている気がして、その場で収まるのを待つ。

それから光磨は立ち上がって、窓の方へ身を乗り出した。

視界の端に、集落の明かりと人々の慌てた声が風に乗って聞こえる。

光磨の家は集落から離れており、周りを田畑に囲まれている。

もし火が付いたら、光磨は血の気が引いた。

「母さん、父さん!」

室内へ向けて叫ぶと、母が駆け足で現れ、被害はないと伝えてくれた。

安心して、視線を空へ向ける。

尾を引く白煙と焦げ臭い匂いがした。

するとそこには白煙で【SOS】と描かれた文字が夜空に揺れていた。

「なんなんだよ、これ」

「宇宙船からの避難信号だよ!」

鼓動が指さす先に、黒煙を上げて下降していく楕円形の物体がある。

あれが鼓動の言う宇宙船なのだろうか。

やがて、腹の底に響く音に光磨は、顔を庇う。

体が熱い気がする。

森の中で宇宙船が、爆発したのだ。

燃えさかる木々や動物たちの声。

鳥が夜空に飛び立つ姿に、光磨は我知らず興奮していた。

集落から、燃えさかる森へ向けて、馬車を走らせる姿が見える。

スケボーに乗って集落の子供たちが、向かう。

皆どこか、浮き足立っているように見えた。

それを見ていたらいても立ってもいられなくなった。

今ここで、ぐずぐずしていたら一生後悔する。

本や人づてでしか、聞いたこともない宇宙船がある。

生存者に会えるかもしれない。

光磨の胸は、甘酸っぱさと興奮でいっぱいになる。

我慢出来なくて、光磨は室内へ取って返す。

乱暴に階段を駆け下りると、玄関のドアを蹴破って外へ出た。

そして玄関脇に立てかけてあったスケボーを掴むと、地面に放る。

「乗れ、鼓動!」

「あっ、うん!」

光磨はスケボーに乗ると、その後ろに鼓動が乗ったのを確認すると発進させる。

スケボー後輪に付いている銀色の筒から煙が吐き出され、速度が上がった。

風を切り裂くように、平坦な道を疾走する。

「楽しそうだね、コーマ!」

後ろにいる鼓動の大声に、光磨は不適な笑みを見せた。

「あぁ、この時を待ってたんだよ!」

待ってた。

ずっと、待ってた。

泣きたいような笑いたい気持ちで、光磨は瞳を輝かせる。

早く見たい。

一体どんな宇宙船で、どんな人なのか。

もしかしたら、人じゃない可能性もある。

未知との遭遇。

それを考えれば、森が燃えている事はどうでもよかった。

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