第29話 命を繋ぐ線
血液検査の結果でもない。汚れのない紙に数字やら何かの文字列やらが運動会の整列のようにまっすぐに伸びている。特別なときだけ、妙に背中がピンと伸びるものだ。今の俺も、難しい言葉の数々に背筋が天井に向かっている。
「……………………」
「どう?」
「…………パーフェクト」
「おっしゃ!」
チェックマークだらけの答案用紙。今回、正解した数だ。ドイルさんを雇って数か月が過ぎ、定期的に行われるテストも、それなりの結果を残しつつある。
撫でられる頭は心地良く感じながらも、最近帰りが遅いアルネスに疑問を口にした。
「例のドラッグの使用者が増え、体調の悪化を訴える者が増加した」
「全然解決できないのか……」
「一区にも広がりつつある。早めに対策を打っていても、ウィルスの如く流行が早い」
一区にまで、とは初めて聞いた。元々三区にしか生えない植物で作られ、三区のアンドロイドたちが秘密裏に匂わせていたはずだ。
「とは言っても、下っ端を捕まえた。時間の問題だろう」
「早く解決に至るといいな。アルネスの負担も大きくなるし」
空のカップにお茶を注ぎ、ついでに無くなりそうなシュガービーツも新しく出した。育てやすく、すぐに大きくなる野菜が好物で良かったと思う。これだけ食べても体型を維持できるのは、元々そういう身体なのか、頭を使うからカロリーが消費されているからなのか。
「早く解決してもらいたいよ。シェリフがうろついてると、俺も外に出られないし」
「そうだな」
「この世界を壊して、アルネスがトップに立ったら平和なんじゃないのか?」
「何を突然」
「ずっと考えていたことなんだって。シェリフ派とアルネス派に別れてるって、ハクが言ってたからさ」
ハクの名前を出すと、胸の奥がズキズキと痛む。身体を傷つけられていないだろうか。お腹が減っていないだろうか。
「政府も、最初は今のような国を作りたかったわけではかい。争いも避けた結果が、戦争となった」
「なにそれ」
「犠牲を最小限に抑えるためにそれぞれの国が一番自国を守る方法を決断し、やがて惑星最大の戦乱が起こった。私も、シェリフも、政府も、正義同士のぶつかり合いだ。私がトップに立ったところで、戦争が起こらないとも限らん。もし、お前が人質にでもされた場合、この惑星に生き残っている億単位の人類を見捨てでも、私はお前を助ける。お前にとっては私はヒーローとなり得るかもしれないが、他の奴らからすればただの独裁者だ。政府と何ら変わらん」
分かりやすい説明に親の愛の重さも知り、入れたばかりのお茶が喉を通らない。
「先の未来など私は責任を持つつもりはない。ただ、お前と平和に過ごしたいだけだ」
「それは俺も同じだよ、アルネス」
名前を呼ぶと、アルネスは子供のような無邪気な目になった気がした。
目の前にある生き物に、対して驚きはない。台の上に寝こけっている生き物は、俺たちが口にする肉の根元だ。穏やかな安らぎを奪おうとする行為は申し訳ないが、それは口にしてはいけない。
「心臓移植手術を行う。患者はこれ」
患者をこれ扱いし、指を差す生物は、耳が大きく真っ白な兎。なぜこうも牙が発達してしまったのか、摩訶不思議。
「し、失敗したらどうしよう……」
「問題ない。肉になるだけだ」
「ええ…………」
「成功しても肉になるだけだ」
「兎も浮かばれると思う……」
違う、そうじゃないとは言ってはいけない。けれどそうじゃない。声に出せない分、心の中で復唱した。
「心臓が小さすぎる!」
「そういうものだ。始めようか」
横向きにされた兎は、今の現状を知らない。心臓が悪いわけでもない。成功しても……もしものことがあっても、この生き物の命は俺たちに奪われる。
アルネスが言っていた、独裁者という言葉がいやに頭を木霊する。兎の世界からすれば、今の我々が独裁国家を築き上げているのだろう。やっていることは、政府と同じだ。そう思うと、エンジンがかかったように足の先から震えが起こった。別のエンジンをかけねばならないのに。
「凪、絶対に失敗は許されない」
意図はくみ取った。あえてのプレッシャーだ。モニターを確認し、メスを握った。
アルネスの言うことは、つまり失敗してもいいと言っている。言葉とは裏腹に、ぽんと叩かれた肩からは、安心しろとテレパシーが伝わってくる。俺の父親は、シュガービーツ百個分以上に甘すぎる。
ガーゼで血を吸い取るのはアルネスの役目だ。的確な指示と慣れた仕草は、手術室の異様な不安はかき消してはくれないが、余計な緊張は和らがせる。
切断された神経には、疑似の神経としてチューブを埋め込み繋いでいく。モニターの音は一定の音を刻んでいるのに、焦りが生じてしまう。
アルネスは手を伸ばし、俺の額に布を当てた。
「そのまま、心臓を」
こんな小さなものが、血液を送るポンプの役割を果たしているのだ。愛しくて、弱い。潰してしまえば、この兎は生きられない。
心臓にチューブ、そして血管と、間違えることなどできやしない。エンジンよかかれと、小声で呟く。
「な、なんで」
モニターから奏でる音は不安を煽る音で、確実に俺を追いつめていく。
「凪、血管が破れている」
「え? ええ?」
「もう一度だ」
焦っていないアルネスの方が不思議なくらいで、淡々と俺に道具を差し出す。額に当てられる布が癒しとなった今は、読んだように押し当てられる。
身体が小さいほどかかる負担も大きくて、一生懸命生きた証は、不穏な音と共に途絶えた。断片的な音ではなく、壊れた機械のように長音が響く。こんな音を聞きたいがために、手術をしたわけじゃない。
「…………よくやった」
何がよくやった、だ。アルネスは何も悪くないのに、八つ当たりで台をおもいっきり殴ってしまった。衝撃で銀色に光る器具が落下する。血が飛び散り、血痕が広がる。
身勝手で、独裁政権を振りかざした俺は、簡単に命を奪ってしまった。
「悔しいほど、心に痛みを背負ったのなら、お前は政治家には向いていないな」
ふと笑い、大きく綺麗な手は血だらけの俺を気にする素振りも見せず抱き寄せた。
「よくやった」
二度、同じ言葉を口にする。
「政治家に向かなくていい。命を奪う痛みを分かる子なれ。お前はお前のやりたいことを成し遂げろ。それが……私の望みだ」
「なら、絶対手術を成功させて、アルネスと一緒に生きるよ。アルネスの側にいたい」
背中にかかる圧が強くなり、血塗れの身体は浄化されているようで、自然と涙が頬を伝った。
「泣くのは結構。なぜミスをしたのか、後でふたりで分析しよう。失敗には必ず原因がある」
目を背けていた兎はぴくりとも動かず、ただの肉片と化した。俺が奪った命は次第に冷たくなり、ごめんと割に合わない謝罪を何度も繰り返した。ごめん。
「というわけで、初めての移植手術は大失敗に終わりました」
謝罪をすべきアンドロイドはもう一人。俺に心臓についての知識を積み込んでくれたドイルさん。蓄えた髭を撫でながら、明後日の方向を見つめている。
「フン。アンドロイドと兎の心臓など大いに違う。失敗して当然だ」
「けどさ…………」
「儂は兎の心臓移植など教えた覚えはない。大方、失敗すると分かっていてやらせたんだろうな。お前に雰囲気だけでも慣れさせるために」
「そうだとしても、やっぱり命を奪ったことには変わりないよ。美味かったけど」
ドイルさんは何か言いたげな顔をして、黙ってしまった。教えてもいない生物への医療行為を非難しているのかもしれない。ここは反省すべきところだが、今になって冷静に考えられるようになり、アルネスの言う通りに行った心臓移植はして良かったと思える。精神面では強くなれた気がするのだ。アルネスは最後まで面倒を見てくれた。なぜ失敗してしまったのか、映像を何度も止め、分かりやすく説明を入れながらここの部位は柔らかくて美味いだの生きる知識まで与えてくれた。父には足を向けて寝られない。
「今度は倉庫にある人体模型を倒しながら本番さながらにやろうってことなった」
「それがいい。しばらくはそうしなさい。儂はそろそろ帰る」
「ありがとうございます」
日本式のお辞儀をすると最初は不思議そうに首を傾げていたドイルさんも、今となっては慣れたのか、俺と同じように頭を下げる。これがちょっと面白いし、嬉しい。
診察室にいる父に許可を取ってから地下に降り、今日の復習をすべくノートを開いた。
ドイルさんが重い口を開いてくれた通りに、血の話が圧倒的に多い。自身が手術失敗の原因だったためか、血の話になると口が動かなくなるときがある。気をつけるに越したことはないが、ドイルさんが失敗したからと言って、俺がそうなるとは限らない。他の方面からくる意外な盲点が成功を遠ざけるものだ。
しぱしぱする目を何度か擦っていても、やってくる船は俺を置いていってはくれない。乗せられた船を漕ぎ、意識を手放していった。
忙しさに追われているような階段をかける音で、目が覚めた。短時間でも深い眠りだとすっきりする。立ち上がると、ちょうどアルネスが入ってくるところだった。
「どうしたんだよ! 怪我したのか?」
白衣が真っ赤に染まり、アルネスの綺麗な顔にまで付着している。何かが擦れた跡だ。
「私の血ではない。手術室に来られそうか?」
「おう」
最悪の事態を想定した中、俺は急いで白衣に袖を通し地上に上った。
手術台に乗せられていたのは、数時間前に別れたはずのドイルさんだった。意識はある。地響きのような低い声を絞り出し、痛い痛いと何度も訴える。聞いている俺まで胸が痛い。
「銃で撃たれた」
「誰に?」
「政府だ」
「なんで」
「さあな。生きていたら聞いてみたらいい。輸血をする」
それは何としてでも生かせと言っているようなものだ。ぐっしょりと濡れた服を切り、弾の正確さにこめかみが動いた。
「良い腕だな」
「なんてひどい……」
「的確に的を狙っている」
撃たれた箇所は中央から左寄りだ。どう見ても、狙ったとしか思えない。
酸素マスクをつけ、麻酔を流していけば、すぐに意識は遠退く。
「アルネス……」
「難しいかもな」
メスを傾ける手に迷いはないものの、珍しく弱気な発言だ。
前回と違うのは手術をするのはアルネスで、俺は助手に回るということ。幾分か気持ちが楽だ。経験を積んだのも大きい。
「見てみろ」
開いた腹部にライトを向けられ、眩しさから目を背けた。
「え……なんだこれ…………」
想像していたものと違う。パソコンで見たものと違う。心臓じゃない。なぜか俺の心臓がおかしくなり、鼓動を鳴らした。
「これと似たようなものが、私の心臓部分に入っている」
心臓ではない何かが入っているとは聞いたものの、実物は恐ろしい、化け物が住み着いていた。
赤黒い人の目のようなものが心臓が在るべき場所を乗っ取り、一定の揺れを波打っている。繋がれた管が骨や内臓、血管に張り付き、離れまいとする意思を主張している。
目が動いた気がした。ぎょろりと俺を見て、ないはずの口がにんまりと笑う。やれるものならやってみろと、俺への宣戦布告だった。上等だ。変な気合いが入り、アルネスは肩の力を抜けと、怪訝に見つめてくる。
俺は溢れる血を、アルネスは眼球付近に刺さる弾を抜き、その間は息をするのもやっとだった。
「……毒が塗られている」
「え? 弾に?」
「ああ」
抜いた弾を見て、アルネスは嘆息を漏らした。ピンセットに掴まれた大きな弾は赤黒く染まっているだけで、俺にはさっぱり分からない。
「毒が塗られた箇所のみ変色を起こしている」
「解毒はできない?」
「調べてみないことには何の毒か把握できない。弾のみに気を取られていた。私のミスだ」
「そんなことは……とにかく取れたんなら縫おう。で、アルネスはすぐに毒の特定に向かってくれ。後は俺が片づけておくから……なに?」
「いや……お前がいて良かった」
「いやいや……俺の方こそ」
これ以上は押し問答になりそうなので、まずはやるべきことに目を向けた。幸い、規則的に鳴り続けたモニター音のおかげで、そしてアルネスの腕前があってこそだが、手術は無事に終えた。
アルネスは慌ただしく手術室を後にし、俺は器具の消毒を行う。直接手術とは関係なくても、大事な作業だ。それと、患者の汚れた身体を拭くこと。アルネスは口にしなかったが、ある疑問が頭をよぎった。
身体に複数の傷がある。殴られたような跡は、普段は服に隠れて見えないところにつけられている。どれもこれも新しい。
切った衣服をたたんでいると、ポケットから何かが落ちた。
「なんだ?」
布の小袋は所々血で汚れている。中を開けてみると、信じられない、できれば嘘であってほしいものが現れてしまった。
小袋の中に透明な袋。入っているのは、新世界を見せる魔法の粉。なぜ彼が持っているのだろうか。身体の傷と合わせると、考えられることは一つしか浮かばない。
ドアが開き、アルネスが入ってくる。目ざとく俺の手の中にある真っ白な粉に気づき、俺はアルネスに渡した。
「身体の傷から考えるに、政府から奪った……って思うんだけど」
血を拭き取った綺麗な身体には、無数の傷。星の数ほどというわけではないが、それなりに多い。石につまづいて転びました、なんていう言い訳は通用しない数だ。
「同意見だ。これを打ってくれ」
小袋の代わりに小瓶を渡され、アルネスは二度目の外出だ。中の薬液を注射器に溜め、消毒した皮膚にゆっくりと刺す。今日一日で薬漬けにしすぎだが、こればかりはドイルさんの気力にかけるしかない。今のところ、脈は安定している。
診察室では、アルネスが顕微鏡で調べ物の最中だ。お茶でも入れようかうろうろしていると、外で人の気配がした。
アルネスはここにいる。別の誰かだ。叩き方の強さで、俺は出てはいけない気がした。
「アルネ……」
アルネスは何も喋るなと、俺の口元を覆う。指を向ける方向は地下に通じる隠し扉だ。
「外にロックはかけてある。急げ」
外の扉が閉まっていないと、開かない仕組みになっているためだ。
ドイルさんの持っていた小袋を渡される。維持でも死守しろと、アルネスの目がそう告げている。縁起でもない。不愉快だったが、文句は後で聞くとも目が訴えていた。
遅い夕食は肉を摂取する気になれなくて、たんぱく質は豆で補う。スープに豆と野菜を入れ、柔らかくなるまで煮込み、塩などでシンプルな味付けをする。野菜から旨味が出て、これはこれで美味しい。主食のパンは、ちょっと焦げた。未だに戻ってこないアルネスに心配して、焼き加減を間違えたと言い訳をすることにしよう。
部屋でうろうろしていると、ようやく待ち人が戻ってきた。
「心配したよ! どうした? 手術後よりも疲れた顔してるけど」
「詳しくは明日以降、説明をする。悪いが夕食を食べたらまた地上に戻る。今日は上で過ごすよ」
よほど酷い顔をしているのか、アルネスに肩を数回叩かれた。
「私よりも疲労の蓄積された顔をしている」
「俺は元気だって。ただアルネスが心配なだけで」
「心配は無用だ。……シュガービーツがない」
「シャリシャリの状態を保ちたくて、まだ切ってないんだって。椅子に座ってて」
根っこはお茶用に、薄目に切ったシュガービーツを皿に盛りつける。アルネスは一番最初に手をつけた。
「よっぽど疲れてるんだな……ちゃんとパンも食べてくれよ」
「ああ」
会話らしい会話もなく、淡々と口に運ぶ。唯一、アルネスは美味しいとだけ噛みしめるように呟いた。それでいい。しっかり栄養を摂ってくれさえすれば。
残さず食べてくれた皿を見ると、スープに肉を入れなかったのは正解だ。俺も全部腹に入った。
「朝には戻る」
戻ってきたときより、アルネスの顔色はよくなった気がする。肩を叩く手は義務的なものではなく、愛情がこもっていた。
薬品と血の臭いを荒い流すと、ベッドに横たわった。寝る前はドイルさんが心配だとか、アルネスのこととかいろいろ考えたけれど、一分も経たないうちに目を閉じてしまった。
起床は少し遅めで、けれどすっきりとした目覚めだった。寝過ぎなくらいに寝た。起きてすぐに頭に浮かんだのは、アルネスが無事でいてくれるかどうかだ。そんな不安はすぐに消し飛んだ。廊下に出ると、キッチンから皿の割れる音が聞こえてくる。不安は空っぽになっても、別の不安で満たされていく。
「アルネス、おはよう!」
二度目の皿の割れる音。今のは俺が悪い。
「…………おはよう」
「怪我はないか? 血は出てないか?」
「新しい皿は……今度買ってくる」
「俺が片づけるよ。ドイルさんは?」
「山場は越えた。問題ないが、まだ目が覚めん」
「おお、良かったよ」
ふたりで片づけ、アルネスの心のこもった朝食を取った。昨日多めに作ったスープには、入れなかったはずのピーマンが浮かんでいる。存在感が強い。
今日は仕事は休みにするらしい。朝食後は一度ドイルさんの様子を見に出たものの、すぐに戻ってきた。
「昨日の話だ。凪が地下に向かった後、やってきたのは政府の連中だった」
「あっぶな……俺やばかったな……」
「さすがに私も冷や汗をかいた。彼らの言動も踏まえると、どうやらドイルと揉めたらしい。争いになったと話していた。政府が言うには、たがな」
付け加えた一言がすべてを物語っている。ドイルさんの話はまだ聞いていない。
「でもなんでここに来たの?」
「ドイルを引き渡せの一点張りだ。私は医者であり、命に関わる患者を簡単に引き渡しなどできるはすがない。理由を聞くと、押し黙った」
「ドイルさんが持ってた薬と関係があるのかな」
「可能性は、大いに」
ここでドイルさんを渡してしまったらと思うと、背筋が凍りつき、身震いした。便りがないのは元気な証拠ともいうが、俺としては元気でなくとも連絡がほしい。
「なんとしてもドイルを生かし、問いただす」
容赦のないアルネスの美しい顔立ちに、できれば優しい尋問でありたいと願う。
「奇跡的な回復だな」
「アルネスの腕がいいからだって。良かったね、ドイルさん」
数日間で、目まぐるしい回復を見せたドイルさん。杖の世話になりながらも、立って歩けるまでに回復した。銃で撃たれたのに、アンドロイドってすごい。
「すまなかったな……」
「謝罪は結構。医者として、責務を果たした。私が聞きたいのはただ一つ。政府と何があった?」
意識がなくなる前の記憶を探っているのか、上を向いたり唸ったりを何度も繰り返す。しばらく同じ仕草を繰り返し、重い口を開いた。
「たまたま通りかかった儂を連れ去ろうと暴挙に出た。抵抗したときに殴られ、撃たれた」
「あなたが持っていた小袋は?」
見られたくないものなのか、垂れた瞼が動く。
「政府が落としていった。儂は何とか懐に隠し、騒ぎに気づいてやってきた者に、助けを求めた」
「血痕の跡から、あなたが撃たれた後に動いた理由が分かった」
「ハクもドイルさんも独り身だから、攫いやすいと思ったのかな」
「多分な」
「ハクが攫われたと考えるのか」
「どういうこと?」
「あやつ自らついていったとも捉えられるだろう。元々政府の仲間で、情報を……」
「ドイル」
アルネスは制止した。
「余計な話は無用だ」
「可能性の話をしとるだけだ」
「何それ……ハクが? あり得ないよ、そんなの」
「ハクがあり得ないとでも言ったのか? それこそあり得ないだろう」
あり得ないの連発に、おかしくなりそうだ。何が何に対して、あり得ない。あり得ないの連呼。
「そのくらいにしておけ。ハクの話は後だ。政府はあなたが私の医療室に運ばれたことを知っていて、不遜な態度を崩さなかった。薬が無くなっていることに不信感が募ったのだろう」
「だろうな」
「意識すら取り戻しておらず、生死をさまよっていることになっている」
「お前がここまで親切だと、裏があるとしか思えんな」
なんだろう。医師の顔でも、父の顔でもないアルネスは、今まで見たことのない顔をしている。例えるものがない。人とも違う、アンドロイドの顔。奥に眠っている感情が凍りついている。
「シェリフが徹底して三区の奴らを調べているのに、解決の糸口は見えない」
端から期待は皆無だと、表情が告げていた。
「私はいつだって、裏だらけのアンドロイドだ。表と裏の数が一致しない」
お願いだから、父の顔に戻ってほしい。
数えきれないほど願っても叶えてくれず、時間が立てば立つほど知らない顔になっていく。あれは、覚悟を決めた顔だ。とても、とても怖かった。
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