第15話 偽アンドロイド

「タイラーに初めて会ったとき、人間だって言われて殴られたんだよ。アンドロイドからしたら人間かアンドロイドかって判別できるのか?」

「できる。匂いで判る」

「じゃあ匂いをなんとかして、毒素が身体に回らないようにしたら外の世界を動き回れそうだな」

「……その話は保留だ。もう少し待て」

 我慢できずに聞いてから、もう二週間になる。あと何日待てばいい。疑問がやがて苛立ちや焦りに変わり、頭から追いやろうと武道の型を披露する。記憶に障害があっても、身体はしっかりと覚えていた。

 少しずつ身体が火照り、比例して見えないストレスも徐々に風船のように萎んでいく。焦っては駄目だ。今頃タイラーたちも動き回っているだろう。信じて待つのも、友人としての努めだ。

「いるんならいるって声を掛けてくれよ」

「……扉を開けっ放しにするな」

 隙間から入ってきたアルネスは、腕まくりをしている。止血テープはとっくに取れ、傷ひとつ残っていない滑らかな肌だ。

「もう問題ないか?」

「ああ」

 ひんやりとした肌だが、吸いつくように弾力がある。触れても、アルネスはしたいようにさせていた。

「私の被験者になる気はないか?」

「ある」

「……少しは遠慮しろ」

 唐突の話でも、わざわざ部屋に出向いてきただけに眉間に固さが残っている。心配で、腕に触れていた指を眉間に触れた。

「大丈夫か?」

「……お前は、自分の心配を」

「いや、俺は平気だって。そうだ。マッサージでもしてやろうか?」

「……凝りというものは、筋力の低下により血の巡りが悪化することからなる。私は身体に老化現象は訪れない」

「凝ってないってことだな! でも疲れは出るだろ?」

「………………」

「疲れない?」

「……疲労は、溜まる。今はその話は却下だ」

「了解。話が逸れたな。で、なに?」

「お前の血を分けてもらいたい」

「オッケー」

「………………」

 何とも難しい顔だ。成長しすぎて甘みが逃げたシュガービーツを食したときのような顔をしている。知らずに一度食卓に出したら、説教された。

 二度、目覚めた部屋だ。相変わらず大きなカプセルが鎮座していて、我が物顔で場所を陣取っている。けれどお世話になった命の恩人のようなもので、カプセルを撫でた。怪訝な目で見られようとも、愛情を込めてさすった。

「そこに座ってくれ」

 てきぱきと要領よく準備を進めていく。俺も袖をまくり、来たる小さな痛みに備えた。

「っ……刺す前に言ってくれよ」

「血は平気なんだろう?」

「そうだけどさあ」

「刺しています」

 溜まっていく赤黒い血は、生きている証でもあり、人間にとって必要不可欠なもの。

 溜まった血液をふたつに分け、ひとつは機械にセットする。

「……他のアンドロイドに血など分けてやるなよ。売ろうとも考えるな」

「お前に全信頼を寄せてるから、大丈夫」

「なぜ、会ってまもない相手を信頼できる?」

 口を動かしながらも、相変わらずアルネスは手も動く。無駄がない。

「なんとなくかなあ……そこまでお前のこと知ってるわけじゃないけど」

「……視力の計測を行う」

「ラジャー、ボス」

 結果、両目ともかなり良い数値を叩き出した。これにはアルネスも眉を上げ、しげしげと数値を見つめている。

「俺、すごい」

「自慢の種が増えたな。喜ばしいことだ」

「ならもうちょっと喜んでくれよ!」

「生憎、視力は私の方が上だ」

「視力も低下しないのかあ……」

「薬を作る。お前は食事の準備を」

「オッケー。今日はコロッケにしようかな」

 一瞬、ほんの一瞬だが、アルネスの目が宙に浮いた。

「イモを少し収穫してもいい?ジャガイモを使った料理だよ」

「シュガービーツは……」

「使わない。生のままでご提供します」

 恭しく礼をすると、アルネスはくるりと反対側を向き、あるべき仕事に集中してしまった。アルネスはこれでいいのだ。ここから先はアルネスの領域。むやみやたらに入るべき場所じゃない。ならば、今しなければならないことは一つ。

 水耕栽培の行われる部屋に行き、シュガービーツに陣取られ、端へと追いやられたジャガイモを数個抜き取る。土が無く、綺麗なものだ。ついでにシュガービーツも収穫する。

 水に玉ねぎをさらしている間、沸騰したお湯にジャガイモを投入する。ある程度茹で上がったところでジャガイモをザルにあげた。

「あち……」

 冷水につけたジャガイモの皮を剥いた。水分をしっかり取った玉ねぎとジャガイモをボウルに入れ、潰していく。乾燥棚に干し肉があるが、貴重な肉をここで使うわけにはいかない。シンプルに、塩と胡椒で味を整える。

 貴重なのは干し肉だけではなく、卵もだ。小麦粉にコロッケの表面を綺麗に化粧をし、パン粉をつける。

 揚げるというより、焼くに近い。油も貴重なものだ。薄くしいて、こんがりと焼き上げた。

 シュガービーツを薄く切り、余っている野菜を炒め、パンを温めれば本日の夕食は完成となる。

 出来上がりの頃にアルネスもやってきて、夕食の時間となった。

「熱いから気をつけろよ」

「……先に言ってくれ」

 アルネスはグラスの水を口に含み、中に残る残骸と共に飲み込んだ。心なしか、目元が赤い。

「あと一週間、お前は耐えられるか?」

「一週間……」

「薬を一週間で完成させるための、私自分への戒めの意味もある。その間、お前は黙って待ち続けていられるか」

「いるしかないんだろ?俺はお前を信じてるよ。何か、すべきことはある?」

「……今まで通りの生活を送る。それと、後で見せたいものがある」

「おう」

 医学の本だろうと、このときは予想していた。

 食事を終え、片付けをこなし、ソファーで待っていると、アルネスは数冊の本を手に隣に座った。

「お前にとって、味方とは?」

「アルネス。あとタイラーとハクとシルヴィエかな」

 悩まなかったし、悩む必要はない。

「半分はそれでいい。だが、敵に回ったとしたら?」

「アルネスが? あり得るのか?」

「私はお前の敵にはならない」

「だろ? 不毛な質問だよ」

「……質問を変える。ハクに銃口を向けられたとき、なぜ何もしなかった?」

 息を呑み、美しき惑星に似た色を持つ目を見た。碧く光り、怒りに近い感情が露わになっている。

「ハクは銃の扱いはそれほど上手いわけではない。人殺しを趣味としない彼女は、必要な分だけ扱いを覚えた。お前の傷口を見ると、お前が動いた形跡は見当たらなかった」

「そんなことまでわかるのか……」

「それぞれの身長や腕を上げた位置を考慮に入れる。人間は嘘にまみれていても、傷は嘘を吐かない」

「肝に免じておくよ」

「……先ほどの質問の答えを」

「あ、うーんと……」

 微動だにしないアルネスは、瞬きもせずに答えを待った。

「恐怖で動けなかったのと、撃たれる直前までハクを信じた。撃たれたら、すぐに意識が遠くなって、起きたら此処にいた」

「……そうか」

「聞きたいことなら俺もある。普段は此処は開かないだろ?なんで開いたんだ?」

「外の扉が開いているにもかかわらず、地下に通じる扉が開いた。誤作動は初めての経験だ。だがこのような事態も常に備えておかねばならない」

「その間、アルネスは何処に行ってたんだ?」

「政府に連行されていた」

「……なんで?」

「孤塔から逃げ出したネズミの居場所を突き止めるために政府の連中がやってきて、ひと悶着あり、地上の診療所を離れていた」

「じゃあその間に政府の奴らが何らかの仕掛けをして、地下に通じる扉を開いた可能性もあるのか」

「可能性を言えば、無いとは言えない」

「でも政府が来てタイミング良く誤作動なんて起こすか?」

「タイミングは起こるからタイミングというのだ。限りなくゼロに近いが」

 誤作動とはほぼ考えていないようだ。長い足を邪魔そうに組み直し、数冊あるうちの一冊を開いた。

「うわ……」

 家畜部屋にいる山羊や鶏など可愛らしく見えてしまう。開いたページには、見たこともないような狂った怪物の絵。細かな記載はすべて手書きによるものだ。

「我々はキメラと呼んでいる」

「これも、政府の奴らが?」

「そうだ。危険指定区域と呼ばれる地域が多数ある。アンドロイドが住む地域から離れているが、こんなものが存在している」

 ライオンに翼が生えた生き物、彩り豊かな蛇、人を飲み込んでしまいそうなほど大きな蜂。

「山羊も羽が生えてるよな」

「生物に翼を生やす実験が流行り、その末路だ。大方、空からの攻撃を考えた結果なのだろう。嘆かわしい」

「育てられなくなって、捨てられたのか?」

「ああ」

「外の野生動物は食べられないって言ってた理由がわかったよ……」

 万が一ステーキとして用意されたとしても、薬物が回っていそうで、こんな絵を見せられた後はとても口にできる気がしない。

「こんな野生動物がうじゃうじゃ存在している。体内に毒を持つもの、歯が異常に発達したもの、翼が生えたもの。外を出歩くには、最低限の知識は必要だ。頭に叩き込んでくれ」

「うす。弱点までしっかり書いているあたり、千年分の知識は伊達じゃないな」

 ペラペラとページをめくり、最後には一度見た人間の姿だ。ガスマスクと完全防備の服は、いかに外が危険かを教えてくれる。

「他に注意すべきことは?」

「人間はみな信用するな。他のアンドロイドたちもだ」

「なんで?」

「……お前はハクやタイラー、シルヴィエくらいしか会ったことはない。それは、私が信用できる者しかお前に会わせていないからだ。中には政府と組み、こちらの世界を筒抜けにしているアンドロイドもいる。人好きのする仮面を被った、愚かなアンドロイドは千年の間に何度も見てきた」

「わかったよ」

「なぜ私がしつこく同じ言葉を繰り返すのか。それは、お前は悪い意味でも人が良い。例えば、道端で倒れているアンドロイドがいたとする。お前はどうする?」

 悪い意味で『も』。

「も?うわーまじで?」

「………………」

「ありがとな!」

 人間ではなくアンドロイド、だ。俺の知る世界とは、まったく異なる世界。惑星から惑星へ移動したと言われなければ、信じられない領域。

「質問に……」

「答えるよ。そりゃあ、助ける」

「……今の会話は罠が仕掛けられている。倒れているアンドロイドは政府の一味で、近づいた途端に銃口を向けられ、命が危ぶまれる可能性だってある。恐らく、お前はそれに近しいことを考えたはずだ」

「まあね、確かに。けど、アンドロイドの正体は誰とは言ってないじゃん」

「は……?」

「俺、お前が倒れてるの想像したもん」

「………………」

「お前だってアンドロイドだろ?」

「………………」

「全力で助けるよ。お前と違って、医者の腕はないし、ハクが連れて来られたときみたいにパニック起こすかもしんないけどさ、それでも助ける。具体的にどうやってとか言うなよ?」

 切らないのかという質問を毎日し損ねている長髪が顔にかかり、表情が見えなくなった。熱い視線をものともせず、アルネスは微動だにしない。

「アルネス?」

「……何でもない。緊急を要した」

「え?」

「私に必要なものは、どうやら凪との意思伝達らしい」

「うわー、久々に凪って呼ばれた気がする」

「……お前は時々、計り知れない何かを持ち、それを私に伝えようとする。だがお前は私が千年の間に出会った生物の中でも極めて特殊で、異質で、報ずる言葉は同じでも、受信をする私の態勢が整わない」

「要は感情的に話すかどうか、理論的に話すかどうかの違いってことだろ? アルネスの言葉は理論的で物事の組み立てが出来てて、俺好きだよ」

「……簡単にそのような言葉を口にするな。身を滅ぼす」

「ええ……そんな暴挙な言論になるの? 人間だから駄目ってこと?」

「種族の話ではない」

 手に次々と乗せられる手作りの本は、責任と命を守るための使命感だ。もし、この本に載る怪物に出会ったとしたら? 戦う羽目になったとしたら? 考えても答えは返ってこない。ならば、今すべき問題は目の前にある。

 一週間後、新しい未来を切り開くために、まずは目の前の本を開いた。

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