第4話 騎士訓練場
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形あるモノはなべて、いずれ必ず朽ちるとされている。
それは定型の物体だけではなく、生命や大地、『世界』とて例外ではない。
かつて地上に栄えた巨大な爬虫類たちが跡形もなく滅び去ったように、その後の世界を形成した霊長類も――また、滅びた。
西暦二〇〇〇年代。最終戦争によって、人類が生み出した文明は滅んだ。非力なホモサピエンスが他の自然を支配した”力”たる高度な技術も、ヒト同士が複雑に干渉あって織りなした社会も、地上から消え去った。
しかしその上で、『ヒト』が滅ぶことはなかった。
自分たちの生きる文明を失ってなお、人類という種は地上に生き延びていた。既存の社会を放棄し、かつての繁栄を手放してなお、皮肉にも人類は再び文明を作り上げたのである。
そして、文明の
それぞれの歴史を区別する意味で、かつて滅びた文明は『前史世界』、そこから再発展した現在の文明は『
前史世界においてはニッポンと呼ばれた弓状列島。自然豊かなその場所に、現在は新たな国家が存在していた。
アトラクス帝国――
帝都アースウィルは、そんなアトラクス帝国の軍事と行政の中心的役割を担う、いわば国家の心臓部である。そこには国家元首たる帝国皇族の居城や、帝都騎士の総本部など、帝国の主要施設が揃っていた。
そんな夜分ながら活気の絶えない都市に、今宵はひときわ緊張と熱気の籠った場所があった。
帝都の東側に位置する巨大な訓練場。帝国守衛の担い手にして、成員すべてが英雄と呼ぶに値するとまで言われるエリート――帝都騎士の養成施設である。
この場所は、ヴェルンロード学園の士官学部を卒業した新米の騎士たちがさらなる養成課程を修める場所だ。ここで訓練を受ける者は騎士候補生と呼ばれ、ある日には教官の指導のもと厳しい戦闘訓練が行われ、ある日には実際の騎士の任務に付き従い、その職務を学んでいる。そんな”見習い”の日々を四年過ごし、すべての過程を修了した者が、晴れて正式な帝都騎士となる資格を得るのだ。
とはいえ由緒あるこの場所では、通常であれば常識に則った
にも拘らずこの日、午後十時を回った現在も、野外訓練場で百を超える候補生が複数名の教官のもと訓練を行っていた。
「今年はいつもよりは期待できそうだな。君の手腕か、バルトラ教官長」
訓練場の隅、汗を流す候補生の一団からやや離れた位置。その声は、あちこちで雄々しい掛声が飛び交うこの空間には場違いなほど冷ややかで落ち着いていた。
「恐れ入ります、カリウス殿下。ありがたいことに、今期の候補生には優秀な者が多いものでして」
答えるのは、とうに還暦は過ぎているであろう口ひげを生やした男である。バルトラと呼ばれた彼の声は、まだ二十代の男への返答でありながら、滑稽なほど緊張に震えていた。
それもそのはず、彼の隣に立つのは、カリウス・アトラクス――帝都における全騎士団を統括すると同時に、アトラクス帝国第二皇子という絶対的な地位を有する男だった。歳の差など及びもつかない、絶対的な『身分』の差がそこにはあるのだ。
「しかし悪かったね、視察がこんな時間になって。候補生たちも疲れているんだろう、例年と比べれば優秀なようだが、私のいた時に比べると少し動きが悪い」
「め、滅相もございません。殿下がいらっしゃるということで、彼らも緊張しているのでしょう」
「ふん。まあそういうことにしておこう」
見え見えの媚に鼻を鳴らし、それからカリウスは再び、訓練中の候補生の一団に目を向ける。
実際のところ、候補生たちの動きは万全とは言えない。何しろ普段の訓練をこなした後のこの時間である。彼らの中には温室育ちの貴族出身者も多く、そういった者を筆頭に、傍目からも疲弊が見て取れるほど動きが乱れている者が少なからずいた。
そんな中にふと、他とは一線を画する存在を見て取り、カリウスは僅かに目を見張る。
対人格闘の訓練をしている、十余人の集団。二人一組に分かれて組み手を行う彼らの中に、抜きん出て動きの良い者がいる。
あくまで訓練の最中でありながら、彼の纏う雰囲気はすでに歴戦のそれだった。相手の候補生の攻めを軽々と受け流し、挙動の節々に生まれる小さな隙の一つ一つを見逃さずに攻撃に繋げている。体格はむしろ華奢な部類に入るであろう身でありながら、彼は自分より一回り大きい相手を完全に翻弄していた。
「確かに、優秀な者もいるな。彼は?」
「あ、ああ……ギルバード・ライヘンバッハですな。彼は確かに突出しています。所属は魔術騎士団なのですが、あの通り格闘技術でも右に出る者はおりません。座学は苦手なようですが……」
「ライヘンバッハ、というと?」
「ええ、ジェームズ騎士団長の嫡子です」
それを聞いて、カリウスはどこか物憂げに溜息をついた。
「獅子の子は獅子と言うわけか。……所属は魔術騎士団と言ったが、実地研修は誰の下に?」
「確か、エルリード導師の隊だったかと。最近はペルソナの捜査に駆り出されているようですが」
「ペルソナ、か」
呟きながら、カリウスは不遜な笑みを浮かべた。
「あの殺人鬼、五人もを殺しておきながら未だ手掛かりすら皆無と聞く。おまけにそのうち二人は、近衛騎士の護衛があった上での殺害だったそうだな。たかが一人の鉄砲玉も処理できんとは、皇族直属はよほど無能と見える。あの君の教え子の方が仕事ができるんじゃないか?バルトラ」
「お、恐れ入ります」
冗談めいたカリウスの言葉に、バルトラは冷や汗を流しながら応じる。
「しかし殿下、これまであの殺人鬼に殺されたのは皆、この国の大部分を支える重鎮。ともすれば次には、帝国の象徴たる皇族が直接狙われる可能性も……」
「護衛もつけず呑気に視察というのは危険だと?」
バルトラの不安を臆病風だと言わんばかりに、カリウスは鼻を鳴らした。
「この訓練場には新米とはいえ、ゆくゆくは帝国の安寧を背負う騎士となる猛者たちが集っているんだ。それとも何か、君の候補生たちは、将来仕えるべき主君も守れないような腰抜けなのか?バルトラ教官長」
「そ、そんなことは決して!」
「ならばみっともなく犯罪者風情を恐れるな。――それにいざという時のために、個人的にも腕利きの護衛を雇っている。心配はない」
そう言って、カリウスは空を仰ぐ。
黒色の天上を満月が照らし、人々の営みの光が点々と灯る夜。かつて前史世界では発展しすぎた文明の光によって霞んでいた星々も、この
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