終章
終章 1
その夜の祭はとどこおりなく終わったようだ。
僕らは見物に行かなかった。
アイちゃんや、帰ってきた香名さんと、豪儀な晩さんをたいらげた。
次の日の本祭は、朝から三人で見に行った。
みこしに乗せられて村中をねり歩く美咲さん、キレイだったなあ。
あの人が、あずささんを殺したのにも、ただ欲のためだけではない何かがあったのかな。
孤独とか、悲しみとか。
そうだと信じておきたい。
猛が言うには、巫子になれば、美咲さんも研究の対象になる。
美咲さんは覚悟のうえで、拷問のような日々にみずから飛びこんでいった。
だから、もう罰されているという。
ちなみに、あずささんを殺した夜のこと。
美咲さんは祭の仕度が終わる直前、こっそり物置のつづらのなかに隠れたらしい。
密室に忍びこむことができたのは、そういうわけだ。
華やかな祭の儀式がすべて終わると、村人たちは神社のまわりで飲み始めた。ごちそうがたっぷり用意されて、飲みほうだいの食べほうだい。
なんでか知らないが、まぎれこんだよそ者の僕らを、村の人たちはすごく歓待してくれた。
というか、蘭さんをか?
蘭さんが『最後の完全な御子』に選ばれた人であることを知っているかのように。
まさか、みんな、知ってたのか?
いや、そんなはずないよね。
蘭さんが美しいからだ。
たしかに、誰もがひとめで好きになってしまう。
きっと、それだけの理由だったんだ。
「蘭さあーん。わあの嫁さんになってごしなはい。一生、大事にすうよ?」
「なに言っちょうかね。蘭さんは、わのとこに来るんだけんね」
「みなさん、このペッタンコの胸が見えないほど酔ってるんですねえ」
「胸ぐらい、いいがね。わは貧乳も好きだけん」
ダメだこりゃ、というほど酔っぱらった連中をけちらして、蘭さんの肩を抱いたのは龍吾。
うーん、やっぱり、どう見てもアラウンドサーティー。これで、ほんとは七十代か。年の離れた弟は、じつは孫なんだそうだ。ていうか、弟いたのか。
「蘭さんはおれの嫁さんだけん、おまえやつは手ェ出したらいけん。ねえ、蘭さん。明日、おれの車でドライブしよう」
「そうですねえ……猛さん、京都には、いつ帰るんですか?」
「そうだなあ。祭も終わったし、明日には帰ろう。ミャーコも会いたがってるだろうから」
ミャーコは猛がいなくてホッとしてると思うけどね。
「じゃあ、龍吾さん、町まで送ってくださいよ」
「送っ……そんなさびしいことを……まあ、送るけど」
その夜は遅くまで飲ませられた。
蘭さんは水魚さんをさがしてたみたいだけど、祭が終わったからだろう。
水魚さんの姿は見えなかった。
翌朝、僕ら三人は村の人たちに見送られて、藤村をあとにした。
安藤くん、池野くん、大西くん、田村くん。
それに、香名さん。
みんな、なごりおしげに手をふった。
やっぱり、水魚さんは来てなかった。
「また来てくださいね。かならずですよ」
香名さんの涙が胸に刺さる。
香名さんは、また、あの家で一人、暮らすのか。
一人で住むには、あの家は暗すぎる。
「香名さんは水魚さんと兄妹なんでしょ? なんで、いっしょに暮らさないんだろう」
赤いオープンカーのなかで、僕は誰にともなくつぶやいた。
「そりゃあ、研究所に二人の関係、知られたら、妹も実験材料にされるじゃないか」
まがりくねった山道に危なげなくオープンカーを走らせながら、龍吾が言った。
「なるほど。たしかに」
「水魚と茜が矢面に立ってくれたから、おれたち村民は秘密を知られることなく平穏な暮らしを続けてられた。だから、あいつが言いだした計画に、おれたちは乗ったんだ。あいつだけ鬼神にしてられないじゃないか」
僕のとなりで、猛が問いかける。
ちなみに、蘭さんは助手席。
「あんたは神主という立場で御子のこと知ってたから、計画にくわわった。落合さんが殺されたあと、現場に落ちてたスタンガンをひろったり、靴と偽造遺書を川辺に置いといたりしたの、あんただよな? そして遺体を見つけたとき、靴をぬがせておいて、自殺に見せかけた。いっしょに死体の捜索してた青年団の連中は変に思ったかもしれないが、あんたのやることに文句言うやつは一人もいない」
ああ、あのときウロウロしてたほんとの理由は、それか。
「そう。水魚といっしょに、あずさの死体をバラしたのも、おれ。あずさを殺したって、美咲が青い顔で帰ってきてさ。夜中に池野や大西、呼びだせないだろ。おれなら、別棟から例の地下通路使って、誰にも見られずに社へ行ける。あとで蘭さんが指輪なくしたって、池野から聞いてあせったけど」
猛はミラー越しに、龍吾を見る。
「一つだけ、わからないことがあるんだ。なぜ水魚は、こんなに今回の祭にこだわったんだろう。御子が蘭を宿主に欲しがったからってのはわかる。でも、巫子候補が生んだ子どもを、御子と偽ったとしてもだ。村のなかに本物の御子がいるかぎり、研究所のやつらに正体を知られる危険性を、つねに
つかのま、龍吾は迷っていた。
「これは、あんたたちに言ってもいいのかな。まあ、蘭さんのことも心配だし、打ち明けといたほうがいいんだろうな。おれは直接、予言の巫子から聞いたわけじゃないし、水魚ほど詳しくは知らないんだが」
なんか、いやな感じに前置きするなあ……。
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