七章 不条理の条理 4—3


「時間になって現れた落合さんをつきおとしたあとは、折り返しで手首を格子のなかまで戻ってこさせる。切断面にあてがって結合させた。新しい手を生やすのは、それなりの時間が必要だろうからな。でも、その方法なら、ものの数分でもとどおりだ。ただし、流れた血はすぐには戻らないから、貧血にはなる」


 僕は黙って彼を見た。

 あの日、貧血を起こしてたのは彼だ。

 村の青年のなかでも、一番ふつうに見えたんだけどな……。


「じゃあ、彼が……」

「そうだよ。いかに下地があっても、村人も大半はそんなことできないと思う。できるのは、親が御子の水魚たちや、御子本人くらい。彼が御子なんだ。なあ、そうだろ? 池野」


 池野くんは、龍吾や安藤くん、背の高いメンバーの後ろから照れくさそうに顔をだした。


「絶対にバレないと思ったんだけどなあ」


 こがらな少年のような池野くん。

 もしかしたら、体内に御子を宿してるから、その影響で人より成長が遅いのかもしれない。


「かーくん、落合さんが落ちて、さわいでるとき、安藤が途中で悲鳴あげたって言ってたろ。それって、帰ってくる手首でも見たからじゃないのか? おかげで、今の御子が池野だと知った。

 とっさに安藤は池野をかばって、かーくんに気づかれないよう、あれこれ算段したんだ」


 ああ、そういえば、あのとき、二人は強引に僕に見張り押しつけたり、変だったよねえ。


「じゃあ、あのあと、龍吾さんが助けにきてくれたのは、ぐうぜんじゃないんだ?」


「もちろん。だいたい、御子が口にするのは滝の水だけってのウソだろ? 御子が自分の体で存在してたころは、そうだったかもしれないけどな。村人に宿るようになってからは、そんな風習、残ってないはずだ。あれは、とっさに水魚がついたウソにすぎない。滝つぼ裏に閉じこめた蘭に会いに行ったところを、おれたちに見つかったから。龍吾はそのウソを方便に、ぐうぜん通りかかったふりをした」


「あんなにタイミングよく?」


 それには池野くんが答えてくれた。


「ごめん。かーくん。ほんとは、あのとき、ケータイ持ってた。計画が変更になったことをメールで知らせたんだ」

「あ、そうだよねえ。龍吾さん、水くみだけにしては、格子戸のカギ持ってたし」


 猛は肩をすくめて、ちろりと僕をながめる。


「池野にそんなこと思いつかせたのは、たぶん、かーくんだよ。研究所でケガしたとき、一瞬、親指ちぎれたかと思ったって、かーくん、言ってただろ? あれ、ほんとにちぎれたんじゃないか? そのとき、ちぎれても、しばらく動かせるとか、どれくらいの時間で、ふたたび結合するかとかわかったから」


 うっ……そんな大ケガさせてたとは、ほんと、すいません……。

 へこむ僕を見て、猛はポケットをゴソゴソする。


「まあ、池野にはあとで謝っとけよ。あと、下北さんをやったのが誰なのかだけは、推理ではわからなかった。で、はい。念写」


 うわあ……ザツな推理。

 いいのか。それで。念写探偵。


 猛は僕らの前に写真をかざした。遠すぎて、よく見えないよ。

 猛から蘭さんへ、蘭さんから池野くんへまわされ、龍吾、安藤くん。

 僕と水魚さんの前には、大西くんがかざす。


 滝つぼへ下北さんをつきおとす、大西くんが写っている。

 三枚めのやつらしく、だいぶ、ぼやけてる。


「こう(これ)は言いのがれできんが。まあ、そぎゃんことだわ(そういうことさ)。わやつ(われわれ)は運命共同体だけん。やあなら(やるなら)一蓮托生だがね。一人が一人ずつ、やあのが(もしかして、殺るって意味か?)一番だけんて話しあったわね」


 大西くんが白状する。

 今回の犯人さんは、みんな、従順ですね……。


「そういえば、五件の殺人で、犯人は全部、ちがうんだ」


 それをまとめてたのが、水魚さんってことか。


「でも、それにしても、大西くんはなんで加担してるの?」

「わは(私は)村一番の長老だけん。生まれは享保だわね」


 ええッ! 驚異の三百歳!


「名前も六ぺんぐらい変えたかいねえ。親が御子なうえに、わも御子だったけん、よけのこと(よけいに)長生きだに」


 それで、その訛り……。


 水魚さんが、ため息をついた。


「念写はズルイですよ。威さんにもヒモでつるした筆で、絵や文字を書く変な力があったけど。離れた場所や、これから先に起こることを、その力で知ることができた」


「へえ。それは初耳だなあ。じゃあ、この力って家系なんだ」と、猛。


 いいなあ。じいちゃんも、兄ちゃんも。

 僕には、そんな力ない。

 もしかして、ひろわれっ子なのか? 僕。


 めげてる僕に、さらりと水魚さんの指がナイフの切っ先を押しあてる。


 えっ、えっ。なんで? この流れで?


「しかたないな。そこまで知られたら、あなたと薫さんにも死んでもらおう」


 そんなあ……。


「やめてッ。水魚にいさん」

「そうだよ。もういいじゃないか。水魚」

「こうやつ(こいつら)は話せばわかあやつだが」


 みんなの説得にも、水魚さんは耳をかさない。


「でも、あと少しで目的が達成する。ここで秘密をもらすわけにはいかない」


 僕は目をつぶって観念した。

 俎上そじょうの鯉の気持ちっていうのは、こんな感じか。

 カルガモの気持ちのほうがいいな……。


 すると、僕の頼みの綱(猛)の声がする。


「おれも薫もこの村の秘密をばくろする気なんか、さらさらないよ。第一、研究者でもないおれたちが、データなしに、そんなことふれまわっても、誰も信じちゃくれない。自分の腕をちょんぎって、リモートコントロールで人を殺しました、なんて言って、誰が信じる? 頭がどうかしてると思われるだけだ。落合さんには悪いけど、このまま彼に冤罪をかぶってもらうのが、誰にとってもおさまりがいい。おれたちは、ただ、大切な友達の蘭をつれて帰りたいだけだ」

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