七章 不条理の条理 4—2


僕が言うと、猛はチェシャ猫みたいにニンマリ笑う。


「ハズレ。安藤は今回の水魚の計画に、最初から参加してたわけじゃない」


「なんで?」

「知らなかったから、あんな失敗してしまったんだ。安藤が御子なら、涼音の腹の子には支障がないだろ」


「そうだけど……でも、わざわざ、僕に口止めに来たり……」

「そりゃ、自分の失敗を吹聴されたくないからな。誰だって」


「じゃあ、蘭さんの指輪は? 安藤くんに渡したら、いつのまにか蘭さんのもとに戻ってた。安藤くんが御子で、蘭さんに手渡したからじゃないの?」


おずおずと口をだしたのは、とうの安藤くん。


「おれ、悪いことしたけん、一生かけても償わんと。涼音さんが死んだあと、龍吾さんに問いつめられて、初めて自分が大変なことしてしまったと知って……」


「龍吾が指輪に興味を見せたから、龍吾に渡そうと思って、おれたちのとこに受けとりに来たんだよな?」


安藤くんは、うなずく。


「龍吾さんは自分じゃ行けんみたいだったし。これで少しは挽回なるかと思って……」

「龍吾は計画の参加者だから、あの指輪が殺人現場に蘭が落としたものだと知っていた。とりもどしたかったが、自分が水魚の共犯者だと、おれたちに知られるわけにはいかなかった」


で、僕は言った。


「そうか! 龍吾だ。あ、いや、龍吾さんだ。龍吾さんなら青年団を自由に使えるし、殺人現場なんかもウロチョロしてたし、怪しいよね」


しかし、今度も猛は、

「ハズレ。たしかに龍吾は村で力を持ってる。その立場を利用して、水魚に協力できるよ。でも、御子じゃない」


ええ……また違うのォ?


「なんで、そんなことわかるんだよ? だって……そうだよ! 涼音さんが殺されたとき、みんなは夜祭の準備で、ずっと境内にいた。あのときのアリバイないの、一人だけ遅れて日没前に来た、龍吾さんだけだよ」

「おれはその場にいなかったからな。ちょっと、くわしく話してみ」


なんでナイフつきつけられた、この状況で、こんな説明してやらなきゃならないのか……。

けど、けっきょく、しちゃうんだよねぇ。

にしても、よく水魚さんは僕らが会話するの、ゆるしてくれてるよね。

やっぱり、じいちゃんへの遠慮か?


「……ああ、そういうこと。なら、涼音を池につきおとした実行犯は、龍吾なんだろうな。もちろん、水魚たちと共謀のうえで」


と、僕の話を聞いて、猛は言う。


「御子か誰かの名前で、涼音を呼びだしておいたんだ。そうだろ? 龍吾」


龍吾は黙ってうなずいた。

ううむ。村が犯人だらけになっていく。


「じゃあ、なんで龍吾さんが御子じゃないって断言できるの? 前に猛が言ってた、夜祭のときの御子のアリバイだけじゃ、外せるのは大西くんだけだよ? あのとき、大西くんだけは姿が見えなかった」


ブータレる僕に、猛は涼しい顔で告げる。


「決定的なのは、落合さんの死にかたと、その前後の状況だ。それに彼は以前、かーくんが負わせたケガが瞬時に治ってる」


うん? 僕、誰かにケガさせました?


「あのときは、まさか、おれも、そんな驚異の再生能力をもつ人間がいるなんて思ってもなかった。まったく、気にもとめてなかったよ。でも、あれがヒントだった。かーくんが研究所につれてってもらったときのこと」


研究所……そういえば、そんなことがあったかな。僕の脳裏にキャベツの映像が……。


猛は宣言する。


「今、ここにいるメンバーは全員、誰が御子か知っている。だから、遠慮なく言わせてもらう。落合さんが川に落ちるとき、まわりには誰もいなかった。そのことは、かーくん、安藤、池野の三人が、滝つぼ裏の洞くつから見てる。遺書も残ってるし、ふつうなら自殺としか考えられない。

だけど、あのときの状況で、二、三、かーくんが妙なこと言ってた。落合さんが川に落ちる前後、血の匂いがしたとか。さらには、落合さんは悲鳴をあげながら落ちたと。そのあと、ある人物の手をさわると氷のように冷たかった、とも言った。

なんで、そんなに冷たかったんだろう? その人物は落合さんを発見する少し前から、一人で見張りをしてた。そして、人がいると言って、かーくんたちを呼んだときには、すでに気分が悪そうだった。それは、その人が血の流れるようなことをしたから、具合が悪くなったんじゃないか? 手が冷たかったのは、しばらくのあいだ、血が循環してなかったからじゃ? つまり、自分で自分の腕を切断したからじゃ?」


「そんなバカな!」


僕は叫んだね。

猛は頭いいし、カッコイイし、なんでもできる自慢の兄だ。

けど、こんなムチャクチャな推理をさせとくわけにはいかない。


「そんなのありえないよ。自分の腕なんか切って、そのあと、どうするんだよ。だって、ここにいる全員、ちゃんと腕があるじゃないか。自分の腕が……」


反論してるうちに、だんだん、猛の言わんとしてることが脳ミソに浸透してくる。

待てよ。

御子や巫子や、ひいては、この村の大半の人たちは、常人にはない再生能力を持ってるんだっけ……。


「おかしくはないよ。御子の再生能力があれば、切断した腕はもとどおり生えてくる」


「え? ちょっと……でも、それじゃ、なんのために……ていうか、落合さんを殺すためなんだよね? でも、腕一本で、何ができるの?」


「たぶん、切断しても、しばらくは自分の意思で動かせるんだ。おまえたちのいた格子戸のなかから、できるだけ遠くに切断した腕をなげる。そこからさきは、落合さんがいる場所まで這っていかせる。ちょっとホラーだよな」


やめてェっ。


「そんなの……腕一本じゃ、大人ひとり、川につきおとす威力はないよ」

「スタンガンがあるよ。蘭のやつ」

「あ、そうか」


それなら可能だ。

スタンガンを足元にでも押しつければ、落合さんはバランスをくずして、自分で川に落ちてくれる。

しかも足元なんて暗いから、僕らの場所から襲撃者の姿は見えない。


「つまりな。あの日、彼らは脅迫してきた落合さんを犯人に仕立てあげて殺す計画をたてた。なのに、かーくんが、落合さんを呼びだした時間帯に、指定した場所へ向かっていく。しかたなく、あとを追い、そこで急遽きゅうきょ、ある作戦を思いついた。自分ごと、かーくんを滝つぼ裏の洞くつに閉じこめておく作戦だ。そうしとけば自分にもアリバイができるし、一石二鳥だ。

スタンガンやナイフは、殺害のために前もって用意してあったんだ。ナイフは今、水魚の手にあるやつ。あずさの殺害に使われたやつだ。落合さんの犯行を裏づける物証にするため、死体のポケットにでも入れとくつもりだった。けっきょく、そのナイフで自分の腕を切ることになったんだが」


「……たしかに、あの格子のすきまなら、腕は通るよね」


「スタンガンは、かーくんを追って滝つぼに向かってるあいだに、指定場所近くに置いといたんだろ。じゃないと、スタンガン握ったまま、手首の力だけで這うことは難しいし」


うーん……ホラー。

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