七章 不条理の条理 3—1

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 僕が意識をとりもどしたとき、目の前に、猛と蘭さんが立っていた。

 わーい、蘭さんだ——と、僕は思うのだが、それにしても二人の顔色は青い。

 だいたい、この病院みたいな白い部屋は、どこ?


 なにげに頭をめぐらせようとした僕は硬直した。


 イタイッ!

 なんなんだ。今、喉のとこ、チクンとしたけど……。


 恐る恐る、自分の喉もとに目をやって、僕は泣きそうになった。

 ウソだよねえ。

 変なもの、見えるんですけど。

 これって、まさか……まさか、ナイフじゃないよね?


 僕は「違う。それはマボロシだ」と言ってもらいたくて、猛たちを見る。

 けど、二人の顔は、どう見ても「それは本物」だと告げていた。


「さあ、蘭。こっちに来るんだ。彼と君をトレードしよう」


 うっ。耳もとで声がする。

 この声は、水魚さんか。

 そうだった。

 僕はドジふんで、スタンガンの洗礼をうけたのだ。

 みじめ! しっかり足、ひっぱっちゃってる。


「ごめん。猛……」

「おまえはいいよ。だまってろ」


 はい。すいません。


「おや、気がつきましたか。薫さん。ケガしたくなかったら動かないで」


 はい。承知しました。

 僕は言われるままに、おとなしく人質になっていた。


 そんな僕を見て、蘭さんが決心したように、一歩、ふみだす。


「僕が行けばいいんだろう? かーくんを放してあげてください」

「いい子だ。蘭。さあ、こっちへ」


 蘭さんは、かたく唇をむすんだまま、歩きだした。


 せっかく再会できたのに、もう終わり?

 こんな形で、あっさりお別れなのか?


 と、そのときだ。

 とつぜん、猛が蘭さんの手をとって引きとめる。


「行く必要はないよ。蘭」


 え? 僕は見殺しですか?

 うらむよ。猛。


 水魚さんは死体だってバラしちゃう人なんだぞ。

 ていうか、殺人犯ではないのか?

 富永さん、下北さん、涼音さん、あずささん。

 きっと、みんな、水魚さんが御子だってことを知ったから、殺されたんだ——


「そうまでして、あんたが守りたいのは御子か? この村か? それとも大切な人?」

「すべてですよ。私はもう、どれだけ汚れてもいい。私一人の犠牲ですむなら、なんだってする」

「だから、富永さんを殺したのか?」


 や、やっぱり?


「富永はね、私たちを裏切ったんですよ」


「富永さんは、研究所の職員だった。つまり、あんたたちの秘密を知っていた。下北さんが言うには、富永さんは研究のデータをおおやけにするつもりだったらしい。あんたには……いや、この村にとって、それはとても困ることだった」


「富永は最初、私たちの境遇に同情してくれたんだ。そう。すべての始まりは二十年前。予言の巫子の予知により、私たちの存在を知った、あの連中がやってきた」と、水魚さんは、語りだす。


「村人の身柄を盾に、私と茜を実験動物にした。ばかりか、私たちの体を臓器培養器がわりにした。茜のあの姿は、そのせいだ。新しい手足が欲しい連中にくれてやって、自身はあのザマだ。

 さすがに研究所のなかにも、あわれに思う人間があらわれた。なかでも富永は同情的だった。私の計画に、研究員の立場から協力してくれた。

 私たちも、研究所の持つ我々のデータがほしかった。富永の紹介で、姓名をいつわった村人を研究員として送りこめるのも利点だった。

 だが、富永は恋人ができたことで心変わりした。私の計画の最終目標を知って、恐れをなしたのかもしれないが。研究データを持ち逃げして、アメリカへ逃亡しようとした。恋人をつれてね。私たちの遺伝子情報が、世界に知れ渡ってしまえば、私の計画を阻止できると考えたのだろう。

 だが、私は懐疑的だった。アメリカだって、日本だって、ほかのどんな国だって関係ない。私たちの存在を知れば、その情報と能力を独占しようとする。アメリカのほうが国力があるから、さらに事態が悪化するだけだ。絶対に、富永を行かせるわけにはいかなかった」


「だから富永さんを殺し、それに気づいた下北さんをも殺害したと?」

「そう」


「じゃあ、巫子候補の二人は?」

「彼女たちは、巫子にするには不適切なことがわかったので」


「一度は決めたのに?」

「そのあと、わかったんだ」


「落合さんは?」

「落合は私が、あずさをバラバラにするところを見て脅迫してきたんです」


「全部、あんた一人でやったんだと?」

「もちろん」


 猛はため息をついた。


「ウソをつくなよ。あんたはただの一人も殺しちゃいない」


 ええッ? そうなの?

 かえって、僕はおどろいたよ。

 思わず、くちばしる。


「ほかに怪しい人なんかいなかったよ?」


 猛は苦笑する。


「だから、かーくんは不注意なんだって。怪しいやつは、いっぱいいたよ。いすぎて、しぼりこむのに手間どった」

「ええ……?」


 水魚さんが僕らをさえぎる。


「違う。私が一人でやったんだ。私は御子だから、村を守らなければ」


 蘭さんが妙な表情で、水魚さんを見つめた。

 そうか。

 蘭さんは捕まってたあいだに、御子が誰なのか知ったんだな。


「水魚……」

「蘭はだまってて。今でも私の弟になりたいのなら」


 蘭さんは黙った。

 そうか。なりたいのか、弟。

 ちょっと、ジェラシー。


 猛は動じたふうもなく続ける。


「怪しいやつらが多いのは、しょうがないんだよ。この村は一つの共同体なんだ。村ぐるみで、ある事実をかくしてる。おかげで、なんでもないやつが、やけに怪しく見えたり、犯人をかばったり、撹乱かくらんしてくれた。まあ、一番、撹乱してくれたのは、水魚、あんたなんだけどな」


 そう言って、猛は水魚さんに対峙する。

 よっ、長男! カッコイイ(って、僕、人質……)。


「おれの推理を話そうか? 水魚」

「その必要はない。私が一人でやったんだ」


「それはムリだ。たとえば、涼音が沼で死んだとき、あんたは夜祭の準備で、ずっと人前にいた。いくら不老長寿のあんたでも、二人に分裂して、一方では祭のしたくをしながら、一方では人を殺すことはできない」


 そう言われれば、そうか。

 僕が美咲さんといっしょに、帰ったあとも、水魚さんは神社に残ってた。

 僕らが、涼音さんの遺体を見つけたときには、死んでからだいぶ時間たってたし、少なくとも、あのとき、水魚さんには殺害は不可能だ。


 水魚さんは反論できないのか、だまりこんだまま口をひらかない。


「今回の一連の事件は、さっき、あんたが言ったように、この村の秘密と、そこに乗りこんできた研究所の存在が根底にある。でも、同一人物が同じ動機のもとに犯行をおこなったにしてはバラつきがあるんだ。事件の統合性に欠けるっていうか。

 それで、考えてみた。被害者は研究員二人に、巫子候補二人、ガードマン一人。彼ら五人が殺される動機として、もっとも、ありうるのは何かって。誰が得をし、誰が損するのかって」


 そう前置きして、猛は推理ショーを始めた。

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