七章 不条理の条理 3—2
「研究員二人の動機については、さっき、あんたが言ったとおりなんだろう。二人はよそ者で、この村の特異性を知りながら、なおかつ、村に対する愛着はなかった。それが、二人が命を落とす原因だったんだろうと」
「だから、私がやったんだ」
猛は水魚さんを無視した。
「落合さんは、あずさの死体処理を見られたからだとあんたは言ったが、あれは蘭に遠慮したからじゃないかな。あの人のほんとの脅迫の内容は、少し違ってたんだと思う。おれのせいなんだよな。おれはただ、あの人があんたたちの研究所内部の共犯かもしれないと思って、その疑いをはらすために言ってみただけだ。夜祭の夜、あの人に会ったとき、蘭がほんとは男なんだよって。あの人は本気でおどろいてたから、ああ、グルはないなと思った」
ああ、そんなことあったね。うん。
落合さんのハートがくだける音、聞こえたもんね。
「でも、あの人、あのとき、気づいたんだ。夕方の祭、あの人も来てたから。あのとき出てきた御子が、蘭なんだって。バカだよなあ。せっかく男だって教えてやったんだから、あきらめればいいのに。蘭の場合、あきらめきれないやつが、けっこういるんだよ。いっそ、男でもいいって思ってしまうらしくって。
落合さんが、そういう人だったのか、単に金をゆすりに行ったのかは知らない。が、とにかく、落合さんは、殺人の時間帯に、社で言いあらそう男女の声を聞いたと自分で言っていた。落合さんは、蘭があずさを殺したんだと思い、神社関係者のなかで、もっとも御子に近い位置にいる、あんたを脅迫しに行った。金を出せと言ったのか、蘭に何かさせろと言ったのか」
くすりと、水魚さんは笑う。
「両方だ。欲張りな男だった」
わあ、蘭さん。イヤそう(当然か……)。
「だから、ほどほどにしとけって言ったのに」
「僕のせいですか?」
「そうじゃないが、まどわされた落合さんも哀れだよ。あの人はどこにでもいる、ごくふつうの男だった。ものすごく善良ってわけじゃないが、とくに悪い人でもなかった。ちょっとだけ欲に目がくらんでしまったんだ」
うん、まあ、悪い人じゃなかったな。
むしろ悪いのは、そんなふうに人をまどわせる蘭さんの美貌だ。
「で、警察の追及がこれ以上、自分たちに伸びるのもメンドウだと思ったあんたたちは、落合さんにすべての罪をかぶってもらって殺すことにした。そういうことだろ?」
「そうですよ。さっきから、そう言ってる」
「誰がやったかまでは、あんたは語ってくれないが。まあ、落合さんがどんなふうに殺されたのかは、ちょっと説明がややこしいんで、あとで詳しく話すよ」
猛。僕がこの状態で、長々、説明する気なのか。
どうやら、その気らしく、さきを続ける。
「さて、その落合さんが、じつはあずさの死について、ある重要なヒントを残してくれた。落合さんは夜祭の夜、社のなかで男女が言いあらそっていたと言った。落合さんは、それで蘭の犯行だと思ったが、あれは蘭のしわざじゃない。なあ、蘭?」
蘭さんはうなずいた。
「あの夜は、僕は儀式が終わったら、すぐ、ぬけ穴から床下の通路を使って帰ってしまいましたよ。候補の女はほっとけばいいって聞かされてたから」
あ、そうなんだ。
なんとなく、ホッ。
そうだよね。蘭さんが人殺しなんかするわけないんだ。
「そう。犯人は蘭じゃない。落合さんは自分で言っときながら、その言葉の持つ重大な意味に気づいてなかった。落合さんが言うには、社のなかの女は、相手のことを『このウソつき女』とののしっていた。変だろ? 男女が一人ずつなら、女が自分で自分を罵倒したことになる。
つまり、あの場にいたのは女二人だ。あずさの声は、女にしてはすごく低いから、聞きようによっては男の声にも聞こえる。それで、落合さんは勘違いしたんだな」
たしかに、すごい低音だった……。
「となると、あずさを殺したのは、そのとき『ウソつき女』と言ってた女だ。 知ってのとおり、あの夜、おれと薫も、蘭をさがしにぬけ穴から社に侵入した。そのときには、あずさはすでに殺されてたが、遺体はバラバラではなかった。犯人は逃げたあとだった。
だから、遺体を切断したのは犯人ではない。おれたちが逃げだした直後、やってきた、水魚、あんたたちだ。なぜ、そんなことをしたかと言えば、あれが男の犯行だと、思わせたかったからだろう? 女の力で太い大腿骨とか、切断できないからな。 いかにも、男の荒仕事って印象にしときたかったんだ。
新しく巫子になるはずの女を殺されて、本来なら怒り狂うところだ。なのに、あんたたちは犯人をかばった。犯人を警察に引き渡すわけにいかなかったからだ。
水魚、あんたが、そこまでする必要がある女は少ない。そういえば、巫子候補たちは、巫子の座をあらそって
がーん!
う……ウソだ。あの美咲さんが殺人犯だなんて。
しかし、耳もとで聞こえる、水魚さんの言葉が僕にさとらせた。
「そんなの、なんの証拠もない」
ああ……それは、犯人が言いぬけできないとき、最後に苦しまぎれに言うセリフだ。
そうなんだな。
猛の言うことが正しい。
あずささんを殺したのは、美咲さんなのか。
「証拠はないけど、心理的な要因として、美咲が一番、あやしいんだ。あずさはあのとおり、女の平均から考えれば、かなり身長が高かった。にもかかわらず、あずさは喉を刺されて死んでいた。
ふつう、女が女を刺すとしたら、胸とか腹とか、もっと低い、刺しやすい場所をねらうんじゃないか? けど、じっさいに刺されてたのは喉だ。喉は祭の巫子の衣装をきたとき、肌の露出したなかで、唯一、致命傷になりうる。だから、喉を刺されたんだ。
つまりさ、犯人はあの豪華な衣装を血でよごしたり、刃物で穴をあけたりしたくなかった。なぜなら、後日、その衣装を自分が着るからだ。そんなふうに考えるのは、巫子候補の美咲しかいない」
うーむ。たしかに証拠能力はないけど、一定以上の説得力はある。
「それに、このことは前に、かーくんとは話したけど、あずさが刺されてたあのナイフ。やいばに古い血がこびりついてた。この村で起こった事件で、あと血が流れたのは、蘭がさらわれたときだ。現場に血のあとが残ってた」
「ああ、あれ」と言って、蘭さんは頰をおさえた。
衝撃だ。頰って……蘭さんのこの美貌を傷つけられる人が、この世に存在するのか。
しかも、それが、美咲さん?
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