五章 不在の殺人 3—1
3
早朝になって太鼓が鳴った。
人を呼び集める、あの音だ。
けれど、今日の叩きかたはゆるやかで、非常時のときとは違っていた。
祭の始まりを告げているのだ。
僕と猛は、その音でとびおきた。
今夜は寝られないと思ってたのに、布団に入ったとたん、あとの記憶がない。疲れてたんだな。すっかり寝入ってた。
「兄ちゃん。行ってみよう」
「ああ」
村の人はまだ知らないが、昨夜の夜祭は大失敗だ。新しく巫子になるはずの人は殺されてしまった。
水魚さんたちが、あの後、どうしたのか知らないが、今日の本祭はどうなってしまうのだろう。
いや、僕らは村人じゃないから、お祭じたいは別にいいんだけど、殺人事件はどうなってしまうのか。
「あ、待ってください。猛さん、かーくん。わたしも行きます」
香名さんが言うので、僕らは三人で神社へ走った。
外へ出ると、村の人たちも続々と神社へ向かっていくところだ。
みんなの目は期待に満ちている。
僕らが悪いわけじゃないのに、この期待が裏切られることになるんだと思うと、うしろめたい気分になった。
「かーくん、猛さん。おはよう。昨日は、よう寝られた?」
田村くんがたずねてきた。
いつも仲よしの安藤くんや池野くん、大西くんもいる。
答えたのは猛だ。
「いやあ、昨日は薫が子どもみたいに興奮して、寝られないとか言いだして(なぬっ)、こっちまでつきあわされたよ。二、三時間も寝たかなあ」
猛って、ほんと、さりげないウソ、うまいよね。
僕の愛想笑いは、たぶん、ひきつっている。
「そ……そうなんだよ。だってさ、ほんとに御子さまの姿が見れるなんて、思ってなかったし、おどろきだよね。二千年を生きた人」
村の青年たちは顔を見あわせた。
「御子? ああ……昨日のあずささんのことか。巫子かいね」
「ちがうよ。シャーマンのほうじゃなくて、ゴッドのほう。昨日の夜祭で廊下あるいて、みすの裏に入ったろ」
青年たちは一様に首をかしげる。
「見えた?」
「いんや(いいや)。見ちょらん」
「わあやつ(おれたち)に御子さまが見えェわけないがね。巫子でも宮司でもないし」
えッ? どういうこと?
「そんなあ。だって、村の人たちだって、みんな『御子さま、御子さま』って叫んでたじゃないか」
「そうは、シャーマンのほうの巫子じゃない?」
大西くんに言われると自信がなくなってくる。
たしかに村人たちは「みこさま」って言ってたけど、だれも巫子か御子かなんて説明してくれなかった。
僕がかってに御子のことじゃないかと思っただけだ。
「ええ……でも、たしかに見たんだけどなあ。平安時代の麻呂っぽい服着て、扇で顔かくしてさ」
あれは蘭さんだったとまでは、僕も言えなかった。
すると、背後から誰かが、ふいに僕の肩をたたいた。
「おまえ、それ、巫子の素質ありだぜ。すげえな。神主の息子のおれだって、一度も御子さま、見たことないのに」
龍吾だ。
ええッ? じゃ……じゃあ、何?
あれって、蘭さんじゃなかったの?
というか、あの場には、じつは被害者のあずささん以外、誰もいなかったんだって?
そ、そんなバカな……。
僕は全身の血が、パキパキと音をたてて凍っていくような気がした。
これまで僕は自分が『見えない』人間だと思っていた。だから、ものすごい怖がりだけど、なんとか平穏に暮らしてこれた。
でも、もし、自分が『見える』人間だってことになったら……。
「ちがーう! 僕は絶対、見える人間じゃないよ! そんなのヤダ。霊能力者でも、霊媒体質でもない。そんなことになったら一人で夜道、歩けないよォ!」
いや、見える人間は昼でも見えるって言うぞ。
こうなったら、一生、猛にひっついてくしかない。ピヨピヨッ!
なんか、猛はツボだったらしい。
涙をこぼして笑ってる。
「それより、上、行こう。ほら、かーくん。兄ちゃんについてこないと、霊に襲われるぞ」
「ぎゃあっ。おいてかないでェ」
僕は二段とばしで石段をあがってく猛に、必死でついていく。
村の青年たちも追ってきた。
境内にはたくさんの村人が、すでに来て待っていた。おかげで今回は、最前列ってわけにはいかない。
太鼓を叩いてたのは、水魚さんだ。僕らが来たときにはバチをおいて、社の前に立っていた。
そのあとも村人が押しよせ、境内は熱気に満ちあふれる。
「いよいよだね。猛」
「ああ」
猛は僕のとなりで、ズボンのポケットに手をつっこんで、ゴソゴソしてたが、急にその手をだして、ひろげてみせた。
なにやってんだァー、この人。
手のひらにころがってるのは、蘭さんの指輪だ。
「わあ、キレイな指輪」
ほら、見つかっちゃった。
香名さんも、やっぱり女の人なんだな。光りものは好きなんだ。
「蘭のだけど、あいつには少し大きいんだ。それで、しょっちゅう落としてしまう」
猛は自分の指に、はめてみせる。
おかげで、まわりの青年たちの注目をあびちゃった。
殺人現場でひろった、証拠物件だってのに、兄ちゃんは何してるんだ?
僕はハラハラして、みんなの顔を見まわした。
ん? 一人、顔色が目に見えて変わったぞ。
龍吾の顔が青い。
「それ、どうした……」
「昨日、ひろったんだ」
猛は平然と答える。
「どこで?」
「え? 気になる?」
龍吾が何か言いかけたとき、
「それでは、みなさん。これより婚儀の成否をうかがいにまいります」
かたずをのんで見物人が見守るなかで、水魚さんが大きな輪っかのカギたばから、一番、大きなカギをだす。
錠前がはずされた。
死体はどうなったんだろう?
ふつうに考えれば、あのあと、水魚さんと誰かが運びだしてしまってるはずだ。でないと、御子が人を殺したことになる。なかは、きっと無人のはず……。
いよいよ、扉がひらかれた。
そこは僕が思ったとおりの無人——むじ……っ、え?
一瞬、僕は自分の見ているものが、信じられなかった。
頭が理解をこばんでいる。
それくらい、ショッキングな光景だった。
社の床がいちめん真っ赤だ。
おかしい。
目の錯覚か?
なんか光のかげんとか。
なんで赤いんだ。
それに……。
あれって、なんだろう。
(ええと、そうか。マネキン! マネキンだ。だから、誰もさわぎたてないんだ)
僕は納得した。
そのときだ。
とつぜん、どこからか「うわあッ」と叫び声が起こった。
それに触発されたように、次々に悲鳴が巻きおこる。
境内は一瞬で、阿鼻叫喚のありさま。
小さな子どもをつれた母親が、わが子をかかえて石段をかけおりていくと、みんなが伝染したように逃げだしていった。
僕と猛は後ろにいたから、どうにか、つきとばされないですんだ。
び、ビックリした。
あれ、マネキンじゃないの?
もしかして、本物?
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