五章 不在の殺人 3—2


 それにしても、老人たちは落ちついてるなあ。わめかず、さわがず、まったく動じてない。


「血があわんだったとまっしゃいね」

「だけん、村のしにすればいいに」

「だんさん(旦那衆)やつには考えが、ああだわね」

「そげだ。そげだ。わあやつは、オキテさえ守っちょればいいが」


 超難解な出雲弁で、のんびり、そんなこと話しながら、散歩みたいに帰っていく。

 なんでだ。

 年とると、人間の死体ごときでは驚かなくなるのか?


「兄ちゃん……」


 僕らはガラすきになった境内に、ぽつねんと立っていた。

 残ったのは、僕らをふくめ、数名。

 龍吾や、村の青年たち、水魚さん、ハ頭さんもいる。


「香名さん。女の人の見るもんじゃない。下におりてて」


 猛に言われて、香名さんも立ち去る。

 それから、猛は社の階段をあがって、入口からなかをのぞきこんだ。

 ほんとはイヤだったんだけど、僕も猛の背中ごしに、こわごわ、のぞいてみた。なにしろ、猛についてないと。ピヨ。


 近くで見ると、さらにインパクト大だ。断じてマネキンなんかじゃない。

 遠くからは見えなかったが、遺体の一部が、祭壇の上にそなえられていた。そう。遺体はバラバラにされていた。


 ひとめ見て、僕は目をそらした。

 こ……怖いよ。夢に出そう。


 あーあ、蘭さん、あとで知ったら、くやしがるだろうなあ。

 こういうのは、蘭さんが一番、好きな死体だ。

 いったい、どうして、こんなことになってるんだろう。昨日の夜中は、こんなじゃなかったのに。僕と猛が見たときは、あずささんはナイフで刺されてる以外、ふつうだった。


 しかし、猛が顔色を変えたのは、なぜだったんだろうか。

 僕みたいに死体が怖いとか言いだすような、やわな神経の持ちぬしじゃないのに。


「ハデにやったもんだのう」


 八頭さんが死体を見ながら、ぶぜんとして言った。


「どうするんだよ。親父」

「どげするも何も、神事は失敗だわな。御子さまのお気に召さんだったか」

「警察を呼びましょう」と言ったのは、水魚さんだ。


 ええッ、犯人と共犯なんじゃないの?


「じゃあ、そげしますか」


 隠ぺいしないの? 隠ぺい。

 おかしい。

 僕の予想は、ことごとくハズレていく。


 父親の命令で、龍吾が警察に電話をかけた。もちろん、ケータイだ。


 警察が来るまで、僕らもその場で待ってるんだとばっかり思ってたのに、猛は僕の肩をたたいて石段をおりていく。


「家に帰ろう」

「う? うん……」


 猛は石段をおりながら、僕の手に蘭さんの指輪をにぎらせてきた。


「これは、おまえが持っててくれ」

「いいけど、なんで?」

「なんでも」


 ふうん。まあ、猛がそう言うなら。

 話していると、うしろから声がした。


「その指輪、わに、ごしならんか(私にくださいませんか?)」


 ふりかえると、安藤くんだ。

 思いつめたような、神妙な顔をしている。


「そうはいかないよ。これは蘭のだから」


 猛に言われて、陰鬱に唇をかみしめた。


「……そこをなんとか」


 猛は首をかしげた。


「なんでそんなに、この指輪が欲しいの?」

「わは悪いことしたけん、あやまらんと……」


 え? 悪いことって、ま、まさか……あずささんを殺したの、安藤くん?

 そういえば、安藤くんは涼音さんのときにも動機があったりして、ちょっと怪しかったっけ……。


 僕が考えていると、猛は何を思ったのか、にっこり笑って、僕の手から指輪をとりあげた。安藤くんの手にのせる。


「じゃあ、あずける」

「おおきに。だんだん(ありがとう)」


 安藤くんは感動して指輪をにぎりしめ、石段をかけあがっていった。

 あれ? なんで、また上がっていくんだろう。


「へえ。このへんも、ありがとうってときに、おおきにって言うんだなあ。関西だけかと思ってた」

「安藤くんちは、おばあちゃんが若いころ大阪にいたらしいから」

「へえ」


 そんなノンキなこと言ってる場合か? 猛。


「あれ、蘭さんのだよ。蘭さん、気に入ってたのに——」

「だから、あずけたんだって」

「あずけたって言ったって、ちゃんと返ってくるんだかどうか。女の子、くどくのに使うかもしれないじゃないか。相手はあの安藤くんだし」

「そこは信用してやれよ」


 石段をおりたところで、香名さんが一人、立っていた。もう他の村人は誰もいない。


「香名さんは、おれたちの味方なのかな?」


 猛は急に変なことを言いだす。


「もちろんです」

「じゃあ、おれがいないあいだ、薫のこと、たのみます」


 いないあいだって、なに言ってるんだよぉ。

 そんなの困るよ。

 ついてく人が、いなくなっちゃうじゃないか。


「兄ちゃん、どっか行くの?」

「行きたくないけど、しょうがないよ。警察から迎えが来ると思うから」

「警察?」

「二、三日は拘束されるかな?」

「えッ? なんで?」


 猛は吐息をつきながら苦笑する。

「ウッカリしてたよな。昨日の夜、ノコギリ置いたまま、忘れてたろ」


 ああ、そういえば、社に侵入するとき、地面に置いといて……帰りは急いで、水魚さんたちから逃げたから……。


「うん。そうだったね。ノコギリがどうかした?」

「なんだ。薫。ちゃんと見てなかったのか? 祭壇に遺体といっしょに置かれてたろ。解体に使われたんだよ。あれには、おれの指紋、バッチリ残ってる」


 あああッー!


「兄ちゃん……」

「大丈夫。ねえ、香名さん。大丈夫ですよね? おれ、御子の秘密に気づいたと思うんだけど、ちゃんと帰ってこれるなら、警察では言わないつもりです」


 なんで、そんなこと、香名さんに言うんだ。


 香名さんはうつむいて、猛の言葉を聞いている。


「御子の秘密って? ねえ、もしかして、それ、村人の誰かってこと?(霊じゃなかったのか?)そうか。昨日の夜、水魚さんと話してた人が…」

「御子はおれたちも知ってる誰かだよ」

「知ってるって……蘭さんじゃないよね?」


 蘭さんが御子?

 じゃあ、あずささんを殺したのは、やっぱり、蘭さん?

 そりゃ、たしかに、あの死体の状態は、もろ蘭さん好み。

 僕はついつい、蘭さんが麗しいおもてに背徳的な笑みをうかべて、狂喜乱舞しながら、美女の遺体を切りきざんでるところを想像してしまった。

 うーん。絵になるんだよね。

 困ったことに。


「まあ、かーくんも考えてみろよ。ヒントは、そうだなあ。昨日の夜祭。あれはさ、おれとおまえに対するパフォーマンスだったんだ」

「え? どういうこと?」

「人前に御子が姿を見せてるとき、その場にいるやつは御子じゃない。だろ?」


 ええと、つまり、蘭さんを代役に立てることによって、御子本人のアリバイを作ったってことか?

 てことは、あのとき、あの場にいた人たちこそ、怪しいってことに……でも、たいがい、みんな、いたけどね。


 猛がそれ以上、種明かししないので、僕らは水田家に帰った。

 香名さんは、その足でまた出ていってしまったけど。

 祭のことを近所に聞いてくるとか言ってたけど、ほんとかな?


「薫。警察が来たら、おまえは何も知らないって言っとけよ。昨日はずっと家にいたって」

「でも……」

「おまえはウソつくのヘタだから、よけいなことは言うな。兄ちゃんに任せとけばいいんだ」


 そんなこと言われたって、じつの兄が殺人容疑で、ひっくくられるかもってなれば、だれだって心配するよ。

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