四章 不連続な殺人 1—2
ロリータの手をふりきって、僕が逃げだすと、社の前で美咲さんが笑っていた。美咲さんも来てたんだ。
「意外。ヘタレっぽく見えるのに、あんがい、しっかりしてるんだ」
「あ、どうも」
見られてたか。
だから浮気とか、不倫とか、油断ならないんだよね。けっこう知り合いに見られてたりする。
「いや、ほんと。いくじなしなんですよ。人間関係に波風たてるの、イヤじゃないですか」
「そんな感じだよね。でも、それって、いくじなしとは違うと思うよ」
パンッと背中をたたかれて、ちょっと痛かったけど、でも、うれしい。
香名さんもいいけど、美咲さんもいいよね……とか考えたりして。
「まあ、涼音は巫子になっちゃったら遊べないから、今のうちに遊んどくつもりなんだろうけど。あの子、すごいメンクイだから」
「へえ。そうなんだ」
「この前、あなたたちが帰ったあと、あなたの友達のこと、キャアキャア言ってたよ。ノーメイクでビジュアル系だって」
「ああ、蘭さんはね。特別なんだよね」
「あの子が衣装あわせするの見てても、おもしろくないなあ。見た? お祭の巫子の衣装。すごい豪華な
「あ、そうだね。みんな、いい人たちだよ」
「そうなの? あたしたち、村の人と会うこと、ほとんどなかったから」
「じゃ、行こうよ」
で、そのあと、僕らは提灯(電気式)をさげたり、床下をかくすように、社のまわりに幕を張ったりするのを手伝った。
五時ごろには終わる。
そのまま、青年団のみんなは、祭ばやしの練習をするという。
「じゃあ、僕はこれで。うち帰ってハンバーグ作らなきゃ。つけあわせにフライドポテト出さないと、猛がウルサイんだよね」
僕が帰りかけたときだ。
龍吾が石段をのぼってくる。
じつは龍吾は、青年団の団長。
おはやしのけいこのために、やってきたのだ。
「美咲、おまえ、そろそろ帰れよ。暗くなるぞ」
あ、なんだ。
やっぱり最初に思ったより、いい人なんだな。ちゃんと、女子を気づかうのか。
「じゃ、かーくん。送ってよ」と、美咲さん。
「うん。いいよ」
僕らがならんで歩きかけたとき、龍吾が言った。
「あれ? 涼音は?」
「涼音なら、さっき帰ったけど。ていうか、だいぶ前だった?」
「衣装あわせ、終わったあとじゃなかった?」
三十分……いや、一時間は前だったように思う。
「え? まだ帰ってなかったぜ。あずさは、ずっといたけど」
僕は美咲さんと顔をあわせた。
まさか、また浮気か?
しかし、安藤くんはそこにいた。
ま……まさか、ほかの人を誘ったのか?
たしかに、この村はアイドル顔の男子、多いよ。なまりアイドルとか、池野美少年とか。
けど、見まわしてみると、青年団のメンバーでいなくなっている人はなかった。
「この忙しいときに何やってるんだよなあ。あいつ、ちょっと、いいかげんすぎ。みんな、心配するだろ」
かと言って、そういう龍吾は本気で心配しているようには見えなかった。蘭さんのときのほうが、よっぽど動揺していた。
「心配しなくても、そのうち自分で帰るんじゃない? あの子、あれでけっこう、したたかよ」
美咲さんが言う。
女の人は、女の人に対して
僕たちは、それで、ひとまず別れた。僕は美咲さんをとなりの豪邸まで送った。
が、その二時間後だ。
村のなかに
あの太鼓は青年団が人をよび集めるときに使うものだ。前に、蘭さんをさがすときにも聞いた。
村のなかで何かが起こったと、僕は直感した。
そのとき、僕らは夕食をすまして、くつろいでいた。僕は食器をあらい、猛はテレビでニュース。香名さんは入浴ちゅう。
「おかしいね。何かあったのかな」
何かってのは、蘭さんの身に何かあったんじゃないか。
つまり、考えたくないけど、蘭さんの……死体が見つかったとか。
猛はテレビをリモコンで消すと(あ、クラッシュ……せずにすんだか。ほっ)、すばやく立ちあがった。
「ようす、見てくる」
「僕も行く」
「じゃあ、水田さんに伝えてこいよ」
「そうだね」
おふろからあがったら無人になってましたってんじゃ、あらビックリだからね。
僕は急いで離れの浴室へかけていった。のぞいてると思われたらイヤなので、だいぶ離れたところから大声をだす。
「香名さーん。なんか外がさわがしいので、猛と見てきまーす」
窓があいて、香名さんが顔をだす。
「火事じゃないですよね?」
「ケムリはあがってないです。懐中電灯、かりてきまーす」
この村では懐中電灯は必須。
なにしろ村のほとんどに外灯がない。夜ともなると、まっくら。
うわっ。夜って、こんなに暗いのか。なんて星だ。天の川みえますぅ——と、初日には大はしゃぎしたものだ。
とはいえ、夜間に庭以上に出ていくのは初めて。
道の両側、まっくろな田んぼ。
田植え前で水が張ってないから、おちてもドロんこになる心配はないが、なんにも見えないって、ほんと怖い。
今はまだ、ぽつぽつと家庭の灯があるからマシだけど、深夜ならそれもないわけだ。
ああ……キモだめしみたい。
ほんと、村の人たち、なんでこれが平気なんだ。
しかも、こんなときにかぎって、前に聞いた村の怪談が脳裏をよぎる。
僕は懐中電灯をもって、前を歩く猛に、ひっついていった。
兄ちゃん、絶対、離れないでよね。
僕はカルガモのひなの気持ち。
どこまでも、猛についてくぞ。
「ねえ、猛。今日はどこ調べてたの? ていうか、蘭さんの居場所って見当ついてるの? やっぱり、あの井戸?」
猛が答えかけたとき、十字路になった、あぜ道の向こうから、懐中電灯の光がいくつか近づいてきた。
光の輪のなかに、田村くん、池野くんの姿が見えた。そういえば、二人は家が村の西側だ。
「ああ、かーくん。猛さん。来たんだ」
「あの音、なんですか?」
「わからん。でも、あれは火事や事故の緊急時のよびだしだわ」
「火事じゃないみたいだけん、事故じゃねか? 火事だったら有線入るでしょ(この村には有線放送がある)」
十字路で話していると、うしろから安藤くんが追いついてきた。
「おーい、みんな」
「うん。行くか」
太鼓がたたかれていたのは、八頭家の門前だ。たたいているのは龍吾。となりに当主も立っている。
「八頭さん。どげしましたか?」
「涼音が、まだ帰ってこらん。どっかで道に迷っちょうだけならいいが」
みんなが黙りこんだのは、蘭さんのことを思いだしたからだろう。一晩じゅう、さがしても、蘭さんは見つからなかった。
今度もまた、蘭さんのように、そのまま行方不明になるんじゃないかと思ったのだ。
「さっき、将志(なまりアイドルか)が、若いのつれて東を調べに行った。おまえやつは西に行ってごせ。ヨシミ、おまえが班長な」
義美は、たしか、田村くんの下の名前。田村くんは青年団のなかでは副団長っぽい立ち位置らしい。
「そうはいいけど、龍吾さん。トンネルは? もう村から出てしまったんじゃ?」
「トンネルは最初に、瀬戸やつに頼んだ」
僕は彼らの会話に疑問をもって、たずねてみた。
「なんで涼音さんが自分で村を出てくんですか? 今日ちょっと話したけど、あの人、巫子になれて、すごく喜んでましたよ」
言ってから、あ、しまったと思った。
無神経なことしてしまった。
これは安藤くんに、「彼女は君のこと、遊びだったよ」と言ったも同然じゃないか。安藤くんが本気だったんなら傷つくよね……。
しかし、僕が言った瞬間の村人たちの反応は、どうも、安藤くんに対する僕の気づかいのなさに、あきれたって感じじゃなかった。
もっと硬質な緊迫した空気が、一瞬、場を支配した。
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