四章 不連続な殺人 1—3
「え? な、なに……?」
僕は思わず、猛の背中にかくれた。
ああ、兄ちゃんといっしょでよかった。じゃないと、ボコられてたかも。
すると、みんなを叱責するように、八頭さんが、
「そぎゃんこと(そんなこと)は、いいが。はやに(早く)さがしに行くだ」
もっともな意見だが、もしかしたら話をそらしたのかもしれない。そんな、ふんいきがあった。
「おれたちも行ってみようぜ」
猛が言うので僕はついていった。カルガモ。カルガモ。
「まず、滝つぼのほうから、だんだん南に向かってみいか」
「あんがい、散歩中に足すべらしたかもしれんけんな」
などと話している田村くんたちの後ろを歩きながら、猛がたずねた。
「滝つぼがあるの?」
ふりかえったのは田村くん。
よかった。さっきの緊迫した空気は気のせいか。
みんなの態度はふつう。
「滝つぼって言っても、ぜんぜん、こまい(小さい)けどね。あすこらへんは村のもんは近づかんけん」
「なんで?」
「滝は神域だけん、村のもんは入ったらいけんことになっちょう」
「ふうん」
「まあ、行ってもなんもないし。裏に八頭さんとこのマツタケ山があるだけで」
マツタケ……いいな。
去年は蘭さんがおごってくれたっけ。
僕らは八頭家の前の道を、西へむかっていった。屋敷の外の松林が切れたところで、北へ行く細いアゼ道に入る。
周囲に田畑はあるが、人家はない。
あぜ道は、どんどん細くなる。
やがて景色は、裏山のすそ野に広がる雑木林へ変化していく。
水音がした。小川のせせらぎだ。
さらに歩くと、水音は激しさをましていく。
急カーブをまがると、道のわきに、けっこう水量のある川があらわれた。
懐中電灯の光をうけて、黒い水面がキラキラ光る。
「この川が村の用水路に流れちょうだ(流れてるんだ)。村の井戸もここからの湧き水みたいだ」
今度は池野くんが説明してくれた。
「この川が滝つぼからつながってるの?」と、僕。
「うん。山の雪どけ水が、最初に村に入ってくるとこが、滝だけん。昔から、滝の水は神様のために使うもんで、村の人間は近づいたらいけんことに、なっちょったらしいよ。まあ、今では市の水道がかよっちょうけん、わざわざ来る必要もないしね」
ということは、ほぼ放置されてるはずの道だ。なのに、細いながらも草木に
誰かが今も管理してるのか。
マツタケをとりに行くために、八頭家かな。
奥へむかうと、そのうち滝が見えてきた。滝と言っても、ほんとに小さく、決して華厳の滝みたいなのを想像してはいけない。じゃぐちを強く、ひねったときくらいの水が、上のほうから岩場に流れているだけだ。
でも、滝つぼは深そう。
「あっ、誰か、おる」
先頭の田村くんが前方をさした。
白っぽい姿が、滝のそばに立っていた。
「あれじゃないか?」
「さあ。行ってみらんと、よくわからん」
だけど、涼音さんにしては、背が高い気がした。
僕らが近づいていくと、その人はふりかえった。
白っぽく見えたのは、白い着物をきてたからだ。
涼音さんではなかった。
背が高く見えたはずだ。
水魚さんである。
百年、老いない神秘の巫子を、暗闇で見るのは迫力あるなあ。
「なんですか。あなたがたは。ここは、私たち巫子しか入ることをゆるされない場所ですよ」
「す……すみません。だけど、明日、巫子にならい(なる)人が、姿が見えんで。こっちに来ちょらんかと思って……」
「ああ、涼音がね。残念ながら、ここにはいません。人が立ち入っていれば、私にはわかる。さあ、私も帰るところでした。引き返しましょう」
というわけで、僕らはUターン。
水魚さんは最後尾の僕のとなりに立った。
「水魚さんはこんな時間に、あそこで何してたんですか?」
「水をくみに。御子にささげる供物は、ここの水を使いますから」
「ふうん」
そう言えば、二リットルのペットボトルを持ってる。
ペットボトルってとこが現実的だけど、あんなんじゃ、すぐなくなっちゃう。水道の水でいいじゃん、ってわけにはいかないのか。
そんなことを話してたら、なんか、前を歩く猛の歩調がおそくなって、村の青年たちから離れていく。
ちょっと、ちょっと。
あ、でも、これって、ちょうどいい機会なんだ。
今なら他人の耳を気にせず、水魚さんと話せる。
さっそく、僕は聞いてみた。
「水魚さん、聞きたかったんです。僕らの大切なものをあげたら、かわりに、僕らに長生きのもとをくれるって言ったでしょ? あれって、なんのことですか?」
「ああ。あれね。たしかに貰いました。お礼をしなければね。私も祭のあいだは忙しいので、そのあとで。八頭家に来てくだされば、通してくれるよう話しておきます」
すると急に、猛が立ちどまった。
「そんなもの、いらない。おれたちのものを返してくれ」
猛の背中にオデコぶつけて、さすってた僕はビックリだ。
なにが始まったんだ?
「それは、もうムリです」
「何かしたのか?」
「まあね。彼は傷ついてたから、
猛は黙りこんだ。
ショックだったみたいだ。
え? 彼とか、籠絡とか、まさか……?
「ら……蘭さんのことじゃないよね? 蘭さんは僕らの大切な友だちだよ」
猛や水魚さんがなんていうのか、僕はすごく気になった。
だけど、ちょうどそのとき、前のほうから池野くんが引き返してきた。
「どげした? あんま離れえと迷うよ」
「なんでもありません」
水魚さんが言って、猛のわきをすりぬけた。
そのあとは話すチャンスがなくなってしまった。
広い道に出たところで、水魚さんは八頭家に帰っていった。
ほんとは猛、追っていきたかったんだろうけど、屋敷の門前には龍吾たちがいたしね。どうせ、ひきとめられる。
僕らは涼音さんの捜索に、ただ惰性で、ついて歩いてるだけになってしまった。
だんだん南下して、前に見た池の近くまで来たものの、猛は上の空だ。蘭さんのことを考えてるんだ。
僕が腕時計をみると、十時をすぎていた。なんの役にも立ってないし、水田家へ帰ったほうがいいんじゃないだろうか。
「ねえ、猛。香名さん、一人で心細いんじゃない? もう帰ったほうが——」
僕が言いかけたときだ。
とつぜん、前のほうで悲鳴が聞こえた。
「どうしたの?」
すぐさま、僕らは悲鳴のしたほうに走った。
池のほとりで、田村くんが腰をぬかしている。かたわらの安藤くんも、ハンサムな顔をひきつらせて声も出ない。
二人の指さすほうに、いくつかの懐中電灯の光が、スポットライトのように集中する。
暗い池の表面につきだしたものを見て、僕も深刻な事態をさとった。
それは人間の腕だ。
女の人の細い手が、こわばり、異様な形で空をつかんでいる……。
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