四章 不連続な殺人

四章 不連続な殺人 1—1

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 蘭さんが見つからない。

 今日で何日になるだろうか。

 この前、二十七日に行方が知れなくなって、今日は四月二日だから、もう五日か。


 全国的には散りかけた桜が、村ではいよいよ開花だ。


 週末にはアイちゃんが新鮮な魚をもってきてくれたのに、ほんとに蘭さんはどこに行っちゃったのか。

 ぶじなのかなあ。やっぱり、井戸に打ちすてられて? 心配……。


 僕らの調査にはなんの進展もないんだけど、村にはちょっとした変化があった。


 例のお祭がついに開催される。

 ほんとかどうか知らないが、ご神託があったらしい。

 それで、巫子は涼音さん(ロリータ)に決まった。

 あの三人のなかでは、僕なら美咲さんっていう、ショートヘアの人が爽やかでいいかなって思うんだけどな。

 こればっかりは神様の好みだからね。


 明日の夜に宵山(この村では夜祭って言うらしい)で、翌四日が本祭だ。

 ちょうど桜の見ごろだ。僕らが観光目的なら最高だったろう。

 じっさいには僕も猛も、とてもそんな気分じゃなかったが。


「神社のかざりつけ、始めるんだってさ。桜並木に提灯ちょうちんかけて、ノボリたてたり、幕張ったり。これで、あそこも調べられなくなっちゃうね」

「ああ……」


 蘭さんがいなくなってから、猛は落ちこんでる。

 まさか、もう蘭さんの身に何かあったんじゃないかって僕がかんぐっていると、その点は猛は否定した。もちろん、念写したんだ。


「大丈夫。まだ生きてる(生きてるんだ。よかった)。でも、このままだと……」


 このままだと、なんだと言うのか。


「とにかく、かーくん。おまえは事件には首つっこむな。いいな?」


 猛はそう言って、昼飯かっこむと出かけていった。


「じゃあ、わたしも八頭さんのところへ行ってきますね」

「あ、食器は僕が洗っとくよ」

「毎日、ありがとう。かーくんのおかげで、ほんとに助かります」

「なんか、僕、専業主夫みたいだよね。香名さんが働きに出て、僕が家事」

「いいですね。楽しそう」


 香名さんは笑って出ていった。


 いいですね、だって。

 やめてくださいよ。

 僕、本気になっちゃうじゃないですか。

 なんか、こういうスローライフも悪くないとか思っちゃって。季節の野菜をそだてながら、のんびり。どうせ、京都、帰ったって、やってることは専業主夫だし。


 ま、マボロシだ。

 猛は僕がいないと生活できないし、蘭さんが危険なめにあってるかもしれないってのに、そんなこと妄想してる場合じゃない。


 僕は専業主夫して(今夜はハンバーグ)、三時前にはヒマができた。

 お祭のかざりつけを見に行くことにする。外でなら、蘭さんの手がかりが見つかるかもしれない。


 それにしても、僕ら、富永さんのことはほったらかしてるけど、いいんだろうか。


 僕が神社へ行くと、青年団のみんなが神社のかざりつけをしていた。


 田村くんや、池野くん、なまりアイドル大西くんも、せっせと提灯を飾っている。あれ? 藤村の松潤こと、安藤くんがいないぞ。


「こんちは」

「あ、かーくん」

「ヒマなんで手伝いに来たよ」

「助かる。じゃあ、提灯、持ってきて。さっき、ミツル(安藤くんか)が、とりに行ったまま、もどらんわ。社の物置にああけん(あるよ)」

「社に行けばいいんだね。わかった」


 僕がホイホイ石段をのぼっていくと、社も人でにぎわっていた。


 おお、初めて見た。 神社の入口がひらいてる。

 神社のなかは十六畳くらいの板の間。奥に一段、高くなった祭壇がプラス四畳ほど。


 物置というのは、入口の階段をあがって、縁側の左手にあった。

 こんな人の出入りするところに物置……設計ミスなんじゃ?

 板の間に通じる二方が引き戸になっている。


「すみません。提灯、とりに来ました」


 社のなかは女の人たちが掃除中。物置からもあれこれ持ちだされている。

 その人たちを指図しているのが、水魚さんだった。

 僕の声をきいて、ふりかえった水魚さんは、一瞬、ふくんだ笑みを見せた。

 哀れむようなっていうか、うしろめたいようなっていうか、なんというか。


「提灯なら、さっき、安藤さんに渡しましたよ。このくらいの箱に入っています」


 手ぶりで示される。


「そうですか。どうも」


 蘭さんはこの人に会いに行ったんだよな。さらったの、この人じゃないのかな。

 それに前、この人、長生きのもとをくれるとか言ってたけど、あれってなんだったんだろう。

 まわりに人がいなければ聞きたかったんだけどね。今はムリ。


 おとなしく、ひきさがった僕は、安藤くんをさがした。

 なにげに神社の奥へまわりこむ横手を見ると……ああッ、箱!

 ちょうど水魚さんの言ってた大きさの桐の箱が、社のかたわらに置かれている。


 こまるなあ。安藤くん。こんなとこに大切なもの、置きっぱなしにして。


 トコトコ近づいていった僕は、そこでギョッとした。

 僕とマトモに目があって、向こうもギョッとした。

 安藤くん、こんなとこにいたのか。社の床下で彼女と密会中だ。

 なにもこんな大勢が集まるなかで、こそこそキスしなくたって……。


 と思ったが、あれっ、いや、彼女じゃないぞ。

 なんと、相手は巫子に決まったロリータだ。

 わあ、知らない。

 見なかったことにしよ。


 僕はくるりときびすをかえした。だが、そのあとをあわてて、安藤くんが追ってくる。


「ち、ちがうけん。向こうが勝手に——」

「あ? そう……? 大丈夫だよ。誰にも言わないから」


 安藤くんは安心したのか、桐箱を持って、すごい勢いで走っていった。


 うーん、やっぱり、こういう村で権力者の嫁さんに手をだしちゃダメだよね。村で暮らせなくなるし。

 いや、もしかしたら、安藤くんのほうが先だったのか? そのあと、巫子に決まっちゃった。それなら、二人ともかわいそうだな。巫子は辞退できないんだろうか。


 僕が考えていると、背後から急に誰かの手がかかる。

 妖怪だと思って、ぞおッとした。

 あやうく、腰ぬかしかける僕の耳に、くすくすと笑い声が。


「だまっててくれるんだ。ありがと」


 妖怪じゃなかった。ロリータだ。


「あ、どうも。災難でしたね。巫子、辞退できないんですか?」


 安藤くんを好きなら、という意味で僕は言ったんだが、ロリータに笑われてしまった。


「やだ。なんで? せっかく選ばれたのに。すず(涼音だからか)、超ラッキー」


 あ、そうですか。

 つまり、安藤くんは遊びね。

 たしかに彼は藤村の松潤だし、カッコイイもんね。

 うちの猛ほどじゃないけど。


「じゃっ」と言って、僕は立ち去ろうとした。


 こういう人は、僕、苦手。

 なんたって、百合花さんと真逆のタイプ。


「待ってよォ。よく見ると(どうせ、よく見るとですよ)、けっこうカワイイ顔してるね。すず、君でもいいよ」

「いや、僕は、そういうのは、ちょっと……」

「いいじゃん。どうせ、すぐ大阪(京都です。人の言うことはちゃんと聞こうよ)帰るんでしょ。ばれないよォ」

「いや、ほんと、こまるんで……」

「いくじなし!」


 彼女、カワイイし、そう言われれば、たいていの男はカッとなって、手、出しちゃうんだろうな。

 でも、ザンネン。

 僕は蘭さんの顔を見なれてる。

 そんじょそこらのカワイイ顔じゃ、動じないぞ(うっ。でも、これって男としてマズイんじゃ……)。


「うんうん。僕、いくじなし。ごめんね。バイバイねえ」

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