三章 不協和音の連鎖 3—3


 とにかくだ。

 蘭さんが自分から、なかへ入っていけるはずがない。格子戸にはカギがかかってるんだからね。

 蘭さんは、ここのカギを持つ誰かに、つれこまれたってことだ。


「まさか、龍吾じゃないよね? 今朝、ここで蘭さんに迫ってたんだけど」


 猛はため息をついて、ライターを持つ手を、こっちにひっこめた。


「あれは蘭のほうが誘惑したらしいぞ」

「ええッ? そんなわけないよ。あの蘭さんだよ? むちゃくちゃプライド高くて、メンクイで、ドSで、自分に迫ってくる男、ケイベツしきってるし」

「でも、蘭には一つだけ、弱点がある」

「そんなの、あったっけ?」


 猛は僕の頭をぽんぽん叩いて(なんで?)床下から出ていく。

 あわてて僕も追っていった。

 こんな変な場所で置き去りにされて、たまるか。

 井戸から這いだしてきた何かが、僕の足をつかんで……とかなったら、どうするんだよ!


 床下を出たところで、猛は自嘲的な声をだす。


「おれたち、あいつになんかしたかな?」

「なんかって、何? まあ、ようすは変だったけど」

「変だったか?」

「変だったよぉ。元気なかったし、大好物の鯛の塩焼きなのに、半分以上も残ってた」


 もったいないんで、僕、食べちゃった。おいしかったなあ。鯛茶漬け。


「猛は百合花さんのことばっかり考えてるから」


 頭をかかえて、猛はうなる。


「やっぱり、おれのせいか!」

「そうなんじゃないの(よくわかんないけど)」

「とにかく、蘭を見つけないと」


 あせってるところに、二人の男があらわれた。

 石段をあがってきたのは、今朝、ふもとの町から来た刑事さんたちだ。

 ゴマ塩あたまのおじさんと、若い刑事の二人組み。


 刑事さんたちは、敷石に飛びちった血を見て大さわぎした。


「なんだや(なんだろう)。こりゃ、血だないか」

「この血、まだ新しいですよ。おやっさん」


 テレビドラマに出てくる、ものすごくベタな刑事役の人みたい。

 僕が猛に刑事さんたちの身分を明かすと、猛はみずから近づいていった。


「刑事さん。確証はないんですが、その血、おれの友人のものかもしれないんです」


 と、蘭さんがいなくなった経緯を話す。

 けど、なんでか、神社の床下の井戸のことは言わなかった。

 そのかわり、今朝方、龍吾と蘭さんが、もめてたことは打ちあける。


 刑事さんたちが困り顔をしたのは、どうやら村の権力者が容疑者になっているからのようだ。

 この村に入ったら、神主の言うことには逆らわないほうがいいと、署内で言いふくめられているのかもしれない。


「お願いします。刑事さん。いっしょに八頭家に行ってもらえませんか? おれたちだけじゃ相手にしてもらえないだろうし」


 もしかしたら、猛は警察の力をかりて、別棟に入りたかったのかもしれないが、そうはいかなかった。

 しぶる刑事たちと屋敷へ行ったものの、龍吾は蘭さんをさらったこと、全力で否定した。


「おれが、そんな、蘭さんを傷つけて、さらうなんて、そんなことするわけないだろ! それで蘭さんは今どこに?」

「だから、今、それを調べてるんだよ」

「ああッ、蘭さん!」


 うーん。赤くなっり、青くなったり、どうもウソをついてるようには見えない。

 じゃあ、龍吾ではないのか?


「青年団に招集かけて、今すぐ村じゅう、捜させえわ」


 いつもの気どった口調が消え、出雲弁まるだしになるほど動揺している。

 水魚さんが言ってたけど、この人、ほんとに意外とピュアなのかな。


 そのあと、警察の応援も来て、村の青年団とけんめいに捜したが、けっきょく、蘭さんは見つからなかった。




 *


 蘭が気づいたとき、そこは深い闇のなかだった。

 気づいたと言っても、意識が完全に戻ったわけではない。

 半覚醒のこの感じ。おぼえがある。

 水魚の入れたお茶を飲んだときの、あの感じだ。


(薬、盛られて……ここ、どこ?)


 暗くてよく見えないが、外ではないようだ。

 湿ったような空気。

 それに、水音がする……?


 何もかも夢のように、あやふや。

 それともほんとは、自分は昨日から眠り続けて、ずっと夢を見ているのだろうか。

 昨日、別棟のなかで居眠りしたまま……。


 そう。きっと、そうだ。

 だって、猛があんなこと言うわけない。

 蘭が家族じゃないから、だから、どうでもいいとでもいうように。


 そう思いこもうとするのに、蘭の心のさめた部分は、それが夢ではなく事実だということを知っていて、涙がこぼれてくる。


(ただの友人にすがった、僕が愚かだったんだ。猛さんも、かーくんも、僕だけの人じゃないから)


 僕だけの人を見つけなくちゃ。

 急がないと。

 僕が一人になる前に。


(ひろみ……大海に会わなくちゃ。もう一度、帰ってきてと、お願いしなくちゃ)


 大海となら気があうし、ちょっと人に言えない変わった趣味も通じあった。

 ルックスもキレイな少年だった。

 大海となら、ずっと、やっていけると思った。


(でも、なんで大海はいなくなったんだっけ)


(大海は死んだんじゃなかった?)


(そんなはずない。大海は僕を残して死んだりしない)


 誰かが近づいてきた。

 その人の姿が光りかがやくように見えたのは、手にした明かりのせいだろうか。


 こがらな体つき。

 大海だ。

 大海が帰ってきてくれたのだ。


「やっぱり……来てくれたんだ」


 大海。二十歳で死んだ大海。

 僕が会いたいと願ったから、帰ってきてくれたんだね。


 その人は微笑んだ。

 蘭の上に覆いかぶさってくる。


 蘭は彼を抱きしめた。

 今度こそ、放しはしない。

 一つになると約束したのだ。

 永久に、ひとつと。

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