三章 不協和音の連鎖 1—2


 それは、ありうる。

 百合花さんの予知の精度にもよるけど、猛の念写がハズレたことがないのを考えれば、彼女の予知だって百発百中なのかも。


「問題は移されたさきだよな。うんと遠いのか、それとも、まだこの村のどこかにいるのか」


 兄ちゃん、必死だ。

 そうだよね。助けたいよね。

 一度も会ったことはないけど、ずっと前から知ってる女の子。

 二人だけの持つ特別な力でつながった、運命の人。


「百合花さん自身も、当然、猛が村に来ることを知ってたはず。何か手がかりを残してるんじゃないの? メッセージとか」

「そうだな」


 そう言って、猛は立ちあがった。

 僕らは囲炉裏のとこで話してたんだけど、猛がとなりの八畳間の襖をあけると、そこに蘭さんが立っていた。

 眠りこんでたから布団に寝かせてたのに、いつのまに目をさましてたんだろう。


「気づいたのか」


 猛は蘭さんの肩をたたいて、八畳間へ入っていく。いつものポラロイドカメラをとりに行ったのだ。

 蘭さんが入れかわりに囲炉裏のそばにやってきた。僕のとなりに、すとんと座る。


「百合花って?」

「兄ちゃんの捜してる女の人だよ。運命の恋人っていうか」


 蘭さんは、なんだか元気がない。


「じゃあ、あれ、ジョークじゃなかったんだ」

「ふうん。蘭さんにも話してたんだ」

「最初に会ったときに。でも、本気だと思ってなかった」


 蘭さん、大丈夫なのかな。ちょっと顔色も悪いけど。


「蘭さん? 変なことされたんじゃないよね? (改造手術とか)」


 僕が聞いても、蘭さんはあいまいに笑うばかりだ。

 ほんとに、なんかされたんじゃないのか? 寝つきかたも普通じゃなかったし……。


 そこへ猛が帰ってきて、ポラロイドを両手にのせ、念写した。

 一枚めだから鮮明。

 そこには、くっきり、あるものが写っていた。


「これ、百合花さんの人形だね。今日もあの部屋にあった」


 この人形に手がかりが残されているのか?


「こいつを手に入れなきゃ。どうにかして、もう一度、あの場所に忍びこんで」


 本当なら、今日は絶好のチャンスだった。

 僕はあの人形を手にとりさえしたのに。見た感じ、とくに変わった点はなかったけど。


「だけど、あそこ、ふだんは外の人間を入れないって言ってたよね。窓も全部、格子でふさがれてたし。あの廊下で母屋とつながった扉だけが入口なんじゃないの?」

「そこだよなあ。今日ので、おれは完全、要注意人物だろうし」


「猛、ムチャする気じゃないだろうね?」

「こんなときにムチャしないで、いつするんだよ。今こうしてるあいだにも、百合花がすぐそばにいるかもしれないのに」


「兄ちゃん、僕、怒るよ。そりゃ百合花さん救出も大事だけど、僕には兄ちゃんのほうが、もっと大事」


 猛は身につまされたような顔をした。


「薫……」


 はいはい。いつものパターンね。

 僕は抱きついてくる猛の背中を、両手でたたいてやった。

 僕もブラコンだけど、兄ちゃんは、それ以上だよね。


「いいね? 絶対、自分の身が危うくなることはしないで」


「うん」と、口では言ってるが、猛は僕の言うことなんて気にするやつではない。

 僕のことは、やたらと心配するくせに、自分のことにはかまけないとこ、あるからなあ。


「まあ、そこはうまくやる。今日の感じじゃ、ピストル忍ばせた用心棒はいないよ。とりあえず、裏口でもないか調べてみる」


「調べてみるって、兄ちゃん、一人で行く気?」

「もちろん。おまえと蘭はあいつらにかかわるな」


「やっぱりムチャする気なんじゃないか。横暴! 自分勝手! 一人よがり!(あれ? これは違ったか)」

「おれは自分の身くらい守れるよ。でも、おまえや蘭を守りながらじゃ、戦力が低下するんだ」


 足手まといって意味か。

 痛いとこ、ついてくるなあ。

 僕は、ぶうぶう言いながらも、時計を見てあわてた。


「しまった! 六時すぎてる。夕食の準備、なんにもしてないよ」


 急いで仕度を始めたころに、香名さんが帰ってきた。


「ごめんね。今から急いで作るからね。今日はカニすきにしよう」

「じゃあ、わたし、お風呂わかしてきます。すぐに手伝いますから、待っててくださいね」


 香名さんは、ふたたび外へ出ていった。


 ここのお風呂は今時、まきだから、沸くのに時間がかかる。蛇口をひねればお湯が出てくるってわけにはいかないのだ。


「おれ、手伝ってくる」


 め……珍しい。猛が追うように出ていくじゃないか。

 どうしたんだ。明日、雨が降るぞ。


 僕が鼻歌まじりにカニの足を切断してると……あれ?

 今度は蘭さんが出ていった。

 なんだろう。トイレかな。蘭さんが生理現象、もよおしてるとこって、想像したくない。だから、見ないふり。


 それにしても、一人になってしまったぞ。

 山間の村は日が暮れたが最後、とたんに真夜中のように暗いのだ。

 それも、ねっとり墨汁がからみついてきそうな濃密な闇。


 外灯の数が少なすぎる!

 こんなんだから、妖怪が好き勝手に跋扈ばっこするんだよ。

 人間の領域が守られてない。


(兄ちゃん、蘭さん、香名さん……誰でもいいから早く帰ってきてェ)


 そりゃ家のなかは電灯ついてるが、古い家屋に電球だから、LEDのこうこうと照るマンションと同じってわけにはいかないよ。

 四すみに照らされずに残る薄闇があって……やなんだよね。そこに、なんか変なものが座ってそう。カッパとか、座敷わらしとか、れ、霊とか……(最後のが一番、いや)。

 僕がガマンできるのは、座敷わらしまでだ。

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