二章 不自然な魚 1—3

 *


「ええッ、じゃあ、何? その着物男子は妖怪だったの?」


 真剣な口調で話す(職業柄、たいへん迫力のある語りだった)蘭さんを見つめて、僕はもう泣きそうだ。

 なんだって、今回、こんな怪談チックな事件なんだろう。


「妖怪……と言ってしまいたくなりますよね。急に現れて、また消えたんだから。科学的に説明するより、そのほうが容易」

「やめてェッ。こわい」


 僕は本気でおびえていたのだが、やはり猛は合理主義者だ。


「同じ場所から出現して消えたんだろ? ってことは、隠し通路みたいなものでもあるんじゃないか?」


「僕だって、その可能性は、まっさきに考えました。でも、見たとこ、そんなものはなかったです。まあ、奥のほうまでは暗くて見えなかったけど」


「じゃ、妖怪だ」


 猛は、ニパっと笑った。

 どうでもよくなったのだ。

 たまに、こうやって思考放棄するんだよね。事件に関係ないことだと、めんどくさがりなんだから……。


「もう、猛さん。自分たちに関係ないからって。いいですよ。僕、明日、もう一度、調べてみます。ちゃんと明日は懐中電灯、持っていきますから」


 あーあ。蘭さん。原稿、ほったらかしちゃって。八重咲蘭丸は、締め切りを厳守する作家ではないのか。


 すると、今度は猛も真剣になった。


「待った。蘭。おまえ一人でうろつくのはよせ」


「僕が妖怪に取り憑かれても、どうでもいいんでしょう?」


「妖怪なんか、この世にいないよ。でも、気になる。水魚ってやつも、おまえに村を出ていけと忠告した。じつは、おれたちも、下北さんに同じことを言われたんだ。おかしい。なんで、なんの関係もない二人が同じことを言うんだ。もしかしたら、この村、マジでヤバイのかも」


 僕と蘭さんは黙りこんで、猛を見つめる。


 なんかもう、帰りたいなあ……。


「どうするの?」

「どうするって、いちおう富永さんの遺体は見つけたいだろ。見つけたら、即、帰る」


 うーん、そうすると、香名さんが一人で危険にさらされるような……。


 しかし、蘭さんの場合、本気で妖怪にさえ、つけ狙われそうな美貌だから、忠告どおり、すぐに帰したほうがいいのかも。


 とりあえず、僕は香名さんが日干ししといてくれた布団をとりこんで、雨戸をしめ、ニワトリを鳥小屋に入れ、夕食のしたくを始めた。

 今日は美保関の市場で、いきのいいのをたっぷり買ってきたから、お刺身とアラ汁ね。それと、サザエの炊き込みご飯。蘭さんの好きな鯛は、三尾も買っちゃったから、明日は塩焼きだ。


 野菜ものが少ないなと考えていると、香名さんが帰ってきた。


「お帰り。炊事場、借りてるよ」


 僕が言うと、香名さんは感激した。

 ちなみに、猛はゴロゴロ、蘭さんは原稿。


「いい匂い。炊き込みご飯ですね。わあ、お魚さばくの上手。盛りつけもキレイ」


 ふふふっ。そうでしょうとも。


「なんたって、蘭さんがスポンサーになってから、しょっちゅう高級魚、さばいてるからね」

「うらやましい。うちは山奥だから、そんなに、いつもはお魚、食べられないんです」


「けど、野菜が少なくて。生サラダでいいのかな?」

「野菜なら、うちでとれたのがありますから、いくらでも使ってください。白菜を使いきらないと、いたんじゃうし、大根もしなびれちゃう。それに、ネギ」


「白菜、大根、ネギ。鍋の具材だよね。あ、そう言えば、夕方に安藤くんが来るって言ってたなあ。鍋も作っとこうか。どうせ、猛は肉さえからんでれば、なんでも好きだから」

「安藤さんと会ったんですね」

「うん。友達つれてくるって」


 話しているところに、安藤くんはやってきた。友達は二人。

 大西くんは牧場で会った、なまりアイドルだが、池野くん(下の名前は、星夜せいや)は初対面だ。


 なんだろうか。

 出雲って、アイドル顔が多いのか?

 ぱっと見、十代のように見える美少年だ。

 嵐で言うなら、大野くんか。

 安藤くんは松潤。大西くんは桜井くんかな。

 この三人でユニット組めそう。


「こんばんはァ。来たよ」

「ばんじましてぇ(こんばんは)。よばれに来たずね(ごちそうになりに来たよ)。はあっ、まんず(こりゃまた)、えらい、ごっつぉ(ごちそう)だがね」


 さすがは、なまりアイドル。

 最初、大西くんが外国語しゃべってるのかと思った。


「どうぞ、あがってください。今、囲炉裏に火を入れますね」と、香名さん。


 日が暮れると、山間では春でも肌寒かった。

 囲炉裏に大鍋つるして、みんなで囲む夕げは、じつに楽しい。

 青年たちは、みんな飾りけのない親しみやすい人たちだ。

 僕らから京都の話を聞きたがったり、蘭さんの麗しさをほめたたえたり、手みやげの地酒を自分たちで飲みほしたりして、気持ちよく帰っていった。


「こんなふうに、にぎやかなの、ひさしぶりです」


 香名さんも嬉しそうだ。

 そのあと、猛が言いだした。


「水田さん。依頼の件なんですが」

「はい」


 嬉しそうだった香名さんの顔に緊張が走る。


「何かわかったんですか?」

「いえ、まだ。でも、下北さんと電話で話しました。下北さんによれば、富永さんが転勤したと言った覚えはないそうです」


 香名さんは、だいぶショックだったらしい。


「そんな……なんで、そんなウソをつくんでしょう」


 下北さんは富永さんの失踪について、何か知っているようだった。

 転勤なんて言ったことじたい、香名さんに富永さんのこと、調べさせない用心だったのかも。


「やっぱり、会って話さないと、らちがあかないんじゃないの?」


 僕が言うと、鯛の刺身を食べて、猫みたいに満足げな蘭さんが、

「ああ、そう言えば、僕が手を貸してもいいですよ。門番なら、僕のチャームで、らくに倒せそう」


 うーむ。さすが。

 妖怪をも魅了する美貌。


 猛はためしに、下北さんに電話をかけたが、首をふった。

 やっぱり、もう出てくれないのか。


「じゃ、明日。そういう戦法で」


 おおっ、ついに謎の研究所、潜入か?

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