一章 不死伝説の村 3—3


「もしもし、下北さんですね? とつぜんの電話、申しわけありません。水田さんの代理人の東堂です。富永さんのことでお話をうかがいたいんですが、お時間よろしいでしょうか?」


 僕が背伸びして、猛のほうに頭をひっつけると、電話口の声が聞こえた。


「富永……ですか。急にいなくなって私も驚いています。お話しできるようなことはありません」

「でも、富永さんが転勤したとおっしゃったのは、あなたですよね?」

「転勤、ですか? 私はそんなこと言いません」


 えっ?


「ああ、そうですか。では本当に、何も心当たりがないんですか?」

「ありません」

「そうですか……」

「申しわけない。私も忙しいので、これで」


 相手が電話を切ろうとしたので、猛が食いさがる。


「すみません。ご多忙でしょうが、直接、会って話すことはできませんか? そちらのご都合のつく日でかまいません」

「………」


 下北さんは電話の向こうで、逡巡しゅんじゅんする。


「いや……それは……」


 もごもご言ったのち、急に声をひそめる。


「この件にはこれ以上、かかわらないほうがいい。水田さんにもそう伝えてください。でないと……」と言って、一方的に切れた。


 猛は考えこむ。


「なんか変だったね。下北さん。隠しごとしてるみたいな口ぶりだった」

「うん。彼は何か知っている」


 これ以上かかわると、僕らの身に危険が及ぶと忠告したかったのだ。

 裏返せば、下北さんは富永さんの失踪(殺人?)について、真相に迫る事実を知ってるってことだ。


「ますます会いたくなった。でも、今すぐじゃ、向こうは折れてくれないだろうな。どうにかして、下北さんのふところに入りこむ手立てを考えないと」


「電話は?」


「水田さんがかけても出なかったってことは、さけてたんだろ。おれの携帯の番号も今ので知られたから、次は出てくれるかな? まあ、夜にでも、もう一回かけてみよう。研究員がどこで寝泊まりしてるか知らないが、夜なら一人でいる確率が高い」


「そうか。今は周囲の人の耳を気にしたのかもしれないね」


 つまり、夜までやることがない。


「ちょっと村のなか、ぶらついて、地形を頭にたたきこんどこう。ついでに村人から情報収集だ」


 という猛の提案で、その日の午後、僕らは村の散策をした。


 村の北側は神社、豪邸、研究所。背後に山。


 東側も山に囲まれて、他の村などに通じる道はない。びっくりしたのは、そこに牧場があったことだ。わりに広い。数十頭の牛が放し飼いにされていて、見たとこ、半々で乳牛と食用のようだ。

 牛舎の掃除をしている青年二人に会った。


「やあ、こんちは」

「見かけん人だね」


 で、ここでも、魔法の呪文。雪絵さんの出番だ。

 すると、呪文のおかげで、すぐに仲良くなれた。


「京都から来た東堂さん兄弟か。おれ、田村たむら義己よしみ


 田村くんは、やや太めの飼い猫みたいな人。


「わ(私)は、大西おおにし将志まさしだけんね。よろしく頼んわ。ほんに(ほんとに)、よその人、見いの久しぶりだが」


 おっ……大西くん、顔はジャニーズ系なのに、ものすごい強烈な訛りだ。しかも、オシャベリ。


「東堂さんやつ、藤村には初めてかいねえ? なんでかいなあ。なつかしいやな気がすうわ。おじいさんが村におったけんかいなあ」


 うっ。若い人でここまで訛ってるのは、初めてかも。


 僕は作り笑顔でごまかした。


「あ、うん。二人は牧場でアルバイト?」

「いんや(いいえ)。牧場は村営だけんね。当番が決まっちょって、みんなで、かわあばんこ(かわりばんこ)に面倒みちょうがね。そのかわり、村のし(村人)は牛乳、もらええし、チーズもできいし、便利なことまっしゃい」


 ダメだ……なに言ってるかわからない。


「へえ、いいなあ。手作りチーズか(チーズは聞こえた)。おいしそう」

「今日は終わったけん、また今度、乳しぼり、してみいかね? そんとき、チーズ、ごちそうすうけん。しぼりたての牛乳も、なんてて(なんとも)まい(うまい)けんねえ」

「いいねえ。ぜひ、お願い」


 二人に手をふって、僕らは村の探検を続けた。


「変わった村だねえ。村営牧場だって。儲けになってるのかなあ」

「利潤目的というより、自給自足かな」

「もしや、お祭りのときに出すチキンってのも……」

「かもな。地産地消だ」


 たしかに、その点は徹底した村だ。

 村の南側は崖になっていて、険しい渓谷に続いている。

 日当たりがいいせいだろう。崖のなだらかな部分の多くは果樹園になっていた。ミカンや夏ミカン、リンゴ、柿、梅、ブドウなど。種類が多くて、世話が大変そうだ。まさか、ここも村営なんだろうか。


「世界戦争にでも備えてるみたいだね」

「そうだな」


 冗談を言いながら、西側へ向かっていく。

 西側は雑木林のなかに、スイレンの葉が生い茂る池があった。

 でも、少し進むと、硬い岩盤が壁のように立ちふさがる。そこから村を出ていくことはできない。


 やはり、村の入口のホラータッチトンネルか、研究所側のマッドサイエンスチックトンネルを使うしか、村を出入りする方法はなさそうだ。

 なんだか、天然の要塞である。


 そのあたりで日が傾いてきた。

 時刻は五時半。


 安藤くんが遊びに来ると言ってたし、僕らは水田家へ帰っていった。

 香名さんは、まだだった。

 蘭さんが一人、囲炉裏ばたに座っている。


「ただいま。蘭さん」


 どうしたんだろう。

 家のなかは薄暗いのに、蘭さん、明かりもつけていない。

 青ざめて見えるけど、原稿がはかどらなかったのか?


「蘭さん? どうしたの?」


 再三、声をかけると、蘭さんは顔をあげた。そして、妙なことを言いだす。


「僕……妖怪に魅入られてしまったかもしれません」


 はあ? 妖怪って……。


「蘭さん、また僕をからかってるでしょ」


 蘭さんは真剣な顔で首をふった。

「本気で言ってるんです」


 僕は猛と顔を見あわせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る