一章 不死伝説の村 3—2


 助手席、後部座席には、三人の女が座っていた。タイプは違うけど、みんな都会風の美人だ。


 もちろん、こっちも蘭さんにくらべたら、『全然』なんだけど。

 土台、蘭さんと比べることが間違ってる!

 蘭さんは、オリンポスの山から舞い降りた美神だし……。


 なんで、そんな細かい観察ができたかというと、彼らの乗った車は、用水路沿いにぷらぷら歩く僕らの手前で、急停車したからだ。


「ねえ、君——って……あれェ? 女の子じゃないのか。なあんだ」


 って、それ、僕のこと?(だよね。猛は、どう見ても、身長百八十五センチのイケメンだし)


「女じゃないなら、いいや」


 って、そのままアクセルふんで発進していった。

 ヒドイ。僕のプライド、どうしてくれるんだ。


「ああッ、また女に間違われた。いいかげん、僕だって二十三なんだけどね。この年で普通、間違われるもん?」

「かーくんは、可愛いよ」

「猛ゥ。ひとごとだと思って」


 僕がハデなオープンカーをにらんでいると、あの神社のとなりの豪邸前で止まった。神主の家の門をくぐり、車は敷地内に入っていく。


「あんなのが神主とは思えないけど」

「神主んちのドラ息子って感じだったな」

「そうだね。まさに、ドラ息子」


 あんなドラ息子がいる家で、香名さんは働いてるのか。

 女にだらしなさそうだったし、ちょっと心配だなあ。


 それにしても、あの車、変な方向から来たけど、どこから来たんだろう?


 その後は何事もなく、僕らは研究所にたどりついた。

 神社の山と、背後の山並みに、研究所は挟まれていた。


 村から続く坂道をくだっていったさきに、建屋があった。

 うーむ。まるで、秘密基地。

 僕らみたいに研究所があると聞いてなければ、外から来た人間は、誰もそこに、そんな大きな施設があるとは気づかないだろう。


 高いコンクリの塀のなかに、のっぺり四角い建物がうずくまっている。

 なかの建屋が見えるのは、坂の上からだけだ。

 完全に下におりてしまうと、塀が目隠しになって、なかが見えない。


「わあ……悪の秘密結社」

「だなあ。こりゃ正面突破はムリだなあ。やっぱ、なかの人を外に呼びだすしか、手はないか」


 堅牢な塀。巨大な鉄扉。わきに門番の詰所がある。その門以外からの出入りは不可能のようだ。


「でも、兄ちゃん。道は続いてるね」

「ちょっと気になるな。行ってみるか」


 谷あいには研究所のほか、建物はない。行き止まりのはずなのに、なぜか研究所の塀にそって横に伸びていく道がある。


 僕らは暇な村人をよそおって、その道を歩いていった。

 坂の上からは見えなかったが、道のさきにトンネルがある。


「へえ。これって、もしかして、村から出ていくための道か。ここを使えば、村人に見られずに、村に出入りできるってわけだ」


 たぶん、途中で県道にでも通じているのだろう。

 ただし、トンネルの前には踏み切りみたいなゲートがあって、ふだんは車両が通れなくなっている。

 研究所の私道のようだ。


「いくら田舎で土地が安いからって、私道まで造っちゃうなんて、ますます秘密結社」

「うーん……」


 富永さん、さっき蘭さんが言ってたように、秘密を知りすぎて消されちゃったんじゃないだろうね。


「どうするの? このさき、行く?」

「いや、やめとこう。さっき、おれたちが通るとき、門番が見てたからな。帰ってこなかったら、まずいよ。とりあえず、あの坂道の途中まで戻ろう」


 まあ、研究施設への出入り口は、正門しかないみたいだ。


 僕らは来た道を引き返した。

 門のところで、猛は詰所のほうへ、トコトコ歩いていった。

 まさか正攻法で、下北さんを呼びだしてもらうのか?——と思ってたら、違ってた。


「すみません。さっき、八頭さんとこの坊っちゃん、そこのトンネル通って帰ってきたんですよね?」


 あッ、そうか。

 それで、あの車、あんな方向から……。


 詰所のなかの制服のガードマン(三十代初め?)は、銀行みたいに、声の通る穴のあいたガラスの向こうで、顔をしかめた。


 うちの猛もけっこうな天然ラーメン髪だけど、この人はその上いく感じの寝グセ。ガードマンとしての威厳をいちじるしく、そこなっている。


「何? 君たち」

「ああ、親戚のうちに遊びにきてるんですよ。もうすぐ祭でしょ。暇だから散歩してるんだけど、変なとこ来ちゃって。ここ、なんですか?」


 ガードマンの口はかたかった。


「関係ない人は帰りなさい。ここは私有地だよ」

「ああ、すいません」


 猛がおとなしく退散するんで、僕もついていった。


「やっぱり、あの感じじゃ、正面からはダメか。なんの施設か公にしたくないから答えないんだ」

「うーん。マジで秘密結社」

「その可能性ゼロじゃないかもな」


 肯定しないでよ……。


「けど、さっきのオープンカーの男が神社の息子で、あのトンネルを通ったのは間違いなさそうだ。あいつ、否定しなかった」


「村人なら使わせてくれるのかな?」

「いや、たぶん、八頭家が村の権力者だからだ。ほら、水田さんが言ってたろ。八頭家のお使いで研究所に行ったと」

「 ああ、言ってたね」


「どこまでのつながりか知らないが、神社と研究所にはパイプがある。まあ、じゃないと、よそ者を嫌う古くさい因習に縛られた村に、こんな施設は建てられない。権力者が後押ししたから建てられたんだ」

「ああ。そうか」


「いくらか、つかませて、承諾を得た、それを許した、というだけの関係なのか。あるいはもっと深くつながってるのか。案外、研究のスポンサーだったりとか」


「まあ、アイちゃんは、言っても、よそ者だもんね。内情に精通してるわけじゃないか」

「愛梨の情報が正しいとは限らないな。愛梨が知ってるのは、村の外で得たウワサ話。村ぐるみで隠蔽いんぺいされたら、知りようがない」


「村ぐるみって?」

「いや、結束の固い集落なら、そういうことも、ありうるって話だよ。とくに、ここみたいに、はっきりリーダーが決まってたらな。よそ者に洩らすなって神主が言えば、みんな簡単に口をとざすだろ」


「なんか……僕ら、来ちゃいけないとこに来ちゃった?」


 くすりと、猛は笑った。


「まさか! ほんとに蘭が言ってたみたいに、人体実験なんてしてるわけないさ。今は二十一世紀なんだぞ。そんな戦時中みたいなこと。せいぜい産業スパイの対策だろ」


 まあ、そうだよね。


「でも、となると、なんで富永さんは殺されたんだろ?」


 猛は黙った。

 なんか変な間をとったあと、

「下北って人に電話かけてみろよ。いや、今なら二枚撮ったあとだから、おれでもケータイ使えるな。番号、教えてくれ」


 坂の上で、僕らは立ち止まる。

 猛が自分のケータイを、ブルゾンのポケットから出した。

 猛のブルゾンは父さんのお古。

 祖父、父、猛は巨人族の末裔まつえいだから。僕だけ異種族のホビット。


 猛が電話をかけると、クラッシュせずにつながった。

 えっ? つながったの?

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