一章 不死伝説の村 2—2


「ほんとか嘘かは知りませんよ。ただの昔話だと思いますけど。でも、村の人は本気で信じてるみたい。あの神社のお祭りの日には、不死になった人……今は神社の祭神ですよね。その神様の肉を、村人みんなで食べるんです。そしたら不死とまではいかないけど、不老長寿のご利益があるって」


 神様の肉を食べるって……カルトだなあ。


「あたしも小さいころ、もらって食べました」

「えッ、人肉?」


 いよいよ蘭さんは狂喜し、僕はひきまくる。

 けど、アイちゃんは笑った。


「肉って言っても、ただの鳥肉です。昭和の初めくらいまでは、山でとれた動物の肉を使ってたらしいんですが。今では形式だけが残ってるんですね。だけど、そのご利益なのか、うちのおばあちゃんなんかも、同じ年の人より、だいぶ若く見えます」


 雪絵さんの妹の菊乃さんか。

 たしか、じいちゃんより、ひとまわり年下だから……九十歳?

 ご利益というには微妙。

 でも、ご利益あるんなら、食べたいなあ。その肉。


 あッ、でもダメか!

 雪絵さんが若くに亡くなってるってことは、うちの運命のほうがまさってたんだ。

 ぎゃッ。恐るべし。わが家の呪い。


 僕がそんなことをウダウダ考えているあいだに、蘭さんは二十二世紀人の見解を述べた。


「科学の見地から言えば、ありえない話ですよね。ヤマタノオロチって、しっぽから剣が出てくるんです。草なぎの剣ね。青銅の剣なら、弥生時代です。二千年前ってことですよ?」


 今度は猛まで。


「そういう伝説があって、無病息災を祈願するのにちょうどいいから、村民の信仰を集めてるってことだろ。くわえて、農村の人は粗食だから、長寿遺伝子を活性化させてる。昔ながらの生活を守る人たちが、相対的に長生きなんだ。伝承が真実なわけがない」


 猛の考えが正しいのだろう。

 なんか、いっきに興ざめだけど。


「村人の前では、そういうこと、言わないほうがいいですよ(あれ? 猛にも、なまらない。もしかして、僕だけ格下?)。あそこの村では、今でも神社が一番、強い力、持ってますから」


 ふうん。いまだに地方には、そんな村あるんだなあ。

 土着の宗教が根強い、排他的な村か。


「そんな村によく研究所が建ったねえ」

「そげだに(やっぱり、僕だけ……)。そうが不思議でならんけどねえ」


 山道の途中にある集落を、いくつも通りすぎた。

 インフラが思いの他しっかりしてるのは、もと首相の出身地だからかな?


 そして、ようやく僕らは目的の地についた。


 その村に入る直前、いかにもって感じで、細くて暗いトンネルがあった。

 今時、こんな手作り感まんさいのトンネルって……ますますホラーじゃないか。岩肌をけずりとった跡が、そのまま残ってる。内部灯もほとんどなく、岩肌はほんのり湿っている。

 よく怪談で、白い人影が追ってきたとか、とつぜん車がエンストして、まわりを霊に囲まれたとか言われるような……そんなトンネルだ。


 トンネルをぬけると、そこは八墓村だった……的な覚悟してたんだけど、あら、びっくりだ。

 トンネルのさきに広がってたのは、ごく普通の、のどかな農村。


 田んぼは田植え前でレンゲ草だらけ。

 畑のあぜ道には菜の花が咲き乱れ、ときどき見かけるピンクっぽい花の咲く木は、桃なのかな。桜には、ちょっと早いし。


「わあ、かやぶき屋根だ。すごい。実物、見るの、初めてだよ」


 あっちに一軒、こっちに一軒、ぽつぽつ建つ人家は、みんな、なかなかの構え。

 その多くが、かやぶき屋根だ。

 庭木の青い実は梅か? 畑には大根の薄紫の花。

 きれいだなあ。桃源郷って、このことか。


「この村では近所が寄り集まって、屋根のふきかえっこ、するらしいけんね。島根でも、今じゃ、かやぶきは珍しいよ」


 うっとりして、僕は村のあちこちをながめた。


 トンネルから続く道をそのまま進むと、雑貨屋があった。昔なつかしい駄菓子なんか置いてる。

 その前に郵便ポスト。

 となりに木造の小さな個人医院が、くすんだ看板をかかげ、向かいに駐在所があった。制服を着た駐在さんが、ちょこんと中に座っている。


 さらに進んでいくと、山ぎわに大きなお屋敷が見えた。

 ものすごい豪邸だ。

 おそらく敷地は千坪あるんじゃなかろうか。


 屋敷のわきに、山中へ入っていく長い石段の一部が見えている。

 石段の前には赤い鳥居があった。


「もしかして、あれが、その?」

「うん。鳥居の上が、不二神社」

「そのよこの豪邸は?」

「不二神社の神主さんち。八つの頭って書いて、ヤズさん。えらい金持ちだって噂だよ」

「村人がいろいろ寄進するからかなあ」


 神社って、そんなに儲かるのか?

 いやいや、出雲大社とか、伊勢神宮とか、伏見稲荷とか、大きな神社ならともかく、こんな山中の小さな神社が?

 げせない。


「研究所は、どこにあるの?」と、猛が聞いた。


「ここからは見えません。あの神社のある小山をぐるっとまわって、裏手の谷間です。研究所のおかげで中継基地が建って、ケータイが使えるようになったって、村の人は喜んでます」


 ああ、そうなんだ。

 僕はパーカーのポケットから携帯を出して、ひらいてみた。

 うむ。ちゃんと圏内だ。

 これは、ありがたい。山奥だから、最初から諦めてた。


「香名さんのうちは、ちょうど村のまんなかくらい。もうすぐ着きます」


 なるほど。

 田んぼのなかの道を何度かまがっていくと、木立ちに囲まれた家があった。

 家のまわりは畑。隣家まで二十メートル以上。

 でも、これは、この村では人口密度の高い区域だ。


(はあ……どうしようかなあ。まさか、トイレが離れの汲みとりとかじゃないよね? それこそ、夜中に行けないじゃないか)


 アイちゃんの軽自動車は生垣に囲まれた敷地へ入っていった。

 出雲の平野部に多いっていう、築地松ってのとは違うのかな。

 コンクリの打ってない土の庭に、なんと、ニワトリが放し飼いだ。そうか。庭の鳥だから、ニワトリなのか……。


 僕らが車をおりるころには、家のなかから女の人が出てきていた。

 ほっそり小柄な美人で、伸ばした髪は黒い。たぶん、一度も染められたことないんじゃないかな。

 すごく古風な大和撫子(この場合、断然、漢字)って感じだ。

 じいちゃんが愛した雪絵さんのイメージを、僕はその人にかさねた。


(きれいな人だなあ……)


 もちろん、蘭さんの女装にはかなわないけどさ。

 華麗に咲き誇る大輪の花っていうより、ちょっと、ひかえめな白百合。

 こういう人のほうが、僕は好み。いっしょに居て安心できるっていうか。


「初めまして。水田香名です。こんな山奥まで来てもらって、ありがとうございます」

「おれたちも、じいさんゆかりの地を見てみたかったので、ちょうどよかったですよ。じゃあ、しばらくのあいだ、よろしくお願いします」


 猛は初対面の人には、無愛想に思われること多いんだけど、今回は親類縁者の態度をつらぬいている。


 香名さんは、ぺこりと頭をさげた。

 つかのま、僕は見とれてたかも。


「なにしてんだ。かーくん。荷物おろすぞ」

「あ、そうだね。ごめん」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る