一章 不死伝説の村 2—3


 僕らはアイちゃんのマイカーから、旅行カバンのほかに、道中に立ちよったスーパーの袋を幾つも取りだした。

 なにしろ男三人が滞在するので、食料品を大量に買いこんできたのだ。とくに、蘭さんの好物の白身魚、猛の好物の肉ね。


「いきなり大荷物で、すみません。全部、冷蔵庫に入るかなあ」

「大丈夫ですよ。今は一人だから、あいてます」


 あとで聞いたんだが、このへんの人は買い出しが不便だから、家に大きな冷蔵庫が何台もあって、買い置きしてるらしい。

 冷蔵庫のない時代は、どうしてたんだろう。


 僕らは、かやぶき屋根の家のなかに入っていった。


 広い土間のある中二階建て。

 二階は屋根裏部屋。

 一階は、ふすまで仕切られた十畳、八畳、六畳、六畳と納戸。


 玄関に接した十畳間は囲炉裏いろりのある板の間だ。今風に言うとフローリングか。

 ここが家族のリビングだとわかる。囲炉裏に不似合いな液晶テレビが置かれている。


 キッチンはカマドでこそないが土間にあり、僕の予想どおり、風呂場とトイレは離れになっていた。


 ああ……泣ける。

 お風呂まで離れなのか。夜遅くにはキツイなあ。


 猛がニヤニヤしてるのは、よからぬこと考えてるんじゃないだろうか。

 僕がお風呂に入ってるとこに、外からオバケのふりして……とか。


「こっちの八畳、使ってください。あの……男性三人って聞いていたんですけど、もしかして、お部屋、別のほうがいいですか?」


 やっぱり、香名さんも惑わされたか。

 美しいよね、蘭さん。

 ノーメイクでも女の人に見えるよね。スプリングコート着て、体のライン、隠れてるし。


「部屋はいっしょでかまいません。八畳なら、三人ぶんの布団、敷けるでしょう?」


 香名さんは、蘭さんの声で性別を判断した。ちょっと赤くなる。


「すみません。てっきり女の人だと……」

「いいですよ。わざと間違われるようにしてるのは、こっちだし。それより、荷物、片付けたら、事件の話に入ったほうがいいんじゃありませんか?」


 あれ? なんか、蘭さん、そっけないなあ。

 アイちゃんには普通なのに、なんで?


「そうですね。すみません。気がきかなくて」


 というわけで、一段落したあと、僕らは囲炉裏の板の間に腰をすえた。

 アイちゃんも有給をとったからって、いっしょに座る。

 さあ、本題だ。


「わたしと鷹斗たかとさん……富永さんが知りあったのは、二年前です。研究所の人は村には出てきませんが、わたしが八頭さんのお使いで研究所に行ったとき、応対に出たのが、あの人でした」

「八頭さんというのは、この村の神社の神主さんですよね。お使いというのは、どういうことですか?」


 仕事の話は猛の役目。


「両親が死んだあと、女手ひとつで田を守るのはムリなので、困っていたんです。畑は自給自足のぶんで、お金にはなりませんから。こんな村でも電気代やガス代は必要ですからね。それで八頭さんのお宅で、お手伝いさせてもらうことにしました。家政婦の仕事を半日して、日曜は休みですから、畑の作業もできますし」


 お金持ちの地方の怪しげな宗教の神主さんち……ああ、ウズウズするなあ。

 どんな生活なのか、すごく興味があるけど、今は我慢だ。

 恋人失踪事件には関係ない。


「なるほど。それがきっかけで交際が始まったわけですか」


「村の人とは違うインテリなふんいきが新鮮でした。昼間は人目があるので、会うのはどうしても夜になります。鷹斗さんは研究所をぬけだしてきて、よく、うちでご飯を食べました。結婚の約束をしたのは去年の今ごろです。でも、そのあと研究が忙しくなって、結婚は先送りになりました」


 香名さんは淡々と話し続ける。


「そのうち、難しい顔をして、何か悩みごとがあるように見えました。わたしが尋ねても、『仕事のことを家庭に持ちこみたくないから』と言って、話してくれませんでした」

「では、失踪の原因は仕事にあるらしいということですよね?」


 こくんと、香名さんは少女のような仕草でうなずく。


 萌えェ……。


「他に気づいたことはありませんか?」

「とくにありません」

「では、富永さんが失踪したのは、正確にはいつですか?」


 香名さんは壁に画鋲でとめたカレンダーを見た。三ヶ月に一枚のやつで、まだ今年の一月が見れる。


「成人の日の前日でしたから、一月十三日です。あの日はわたしも休みだったので、二人で町まで買物に行こうって話していました。なのに、約束の時間になっても来てくれなくて……」


「買物の約束をしたのは……」

「前日です」


「そのときには会いましたか?」

「いえ。電話で話しただけ」

「ああ。電話ね」


「研究所のなかで、鷹斗さんが親しくしていた下北しもきたさんというかたがいます」

「下北さんですね」


「下北さんには、わたしたちの婚約のこと、鷹斗さんが話してました。それで、わたしとも面識があったんです。鷹斗さんがどうしたのか聞いてみたんですが、急に転勤になったって……もう、この村には帰ってこないって、そうおっしゃるんです」


「転勤ですか」

「そんなはずはありません。転勤なら、鷹斗さんは必ず、わたしに話してくれたはずですから」


「だいたいの事情はわかりました。じゃあ、まずは研究所内でトラブルがなかったか、転勤の有無も含めて調べてみます。下北さんに会えませんか?」

「わたしが知っているのは、下北さんの携帯の番号だけですけど」

「あなたが呼びだしてくれれば、応じていただけるのでは?」


 香名さんは眉根をくもらせる。


「近ごろ、うっとうしく思われているのか、電話をかけても出てもらえないんです。単に研究が忙しいだけなのかもしれませんけど」

「いちおう、今、かけてもらえますか?」

「わかりました」


 香名さんはテレビ台に置かれた、ピンク色の携帯電話を手にとった。

 あ、僕と同じガラケーだ。親近感ー。


「これが下北さんの番号です」

 と言って、本体に登録された番号を猛に見せる。

 猛はその番号を、僕の携帯に登録させた。


 そのあいだに香名さんは電話をかけたが、コール音が続くばかりでつながらなかった。


「やっぱり、ダメですね」

「わかりました。こっちで接触をはかってみます。それと、富永さんですけど、写真はありませんか? 顔が知りたい」


 猛の念写は、本人のイメージが大事らしいからね。

 顔も知らない人だと、感度が極端に落ちる。


「写真ですか。これでもいいですか?」


 香名さんは、携帯に保存された写真をひらいた。

 去年の春かな?

 満開の桜の下で並んだ、香名さんと男の人の写真。

 いわゆる自分撮りってやつだ。


 富永さんは一見すると、研究者というより、スポーツマンタイプの長身の人だった。顔立ちは普通なんだけど、髪型やふんいきは垢抜けている。


 それに、なんでかなあ。

 ちょっと猛に似てる気がした。

 猛のほうが、うんとハンサムなんだけどさ。


「この写真、データをもらってもいいですか?」

「ええ」


 データのコピーをもらうのも僕の仕事。

 兄ちゃんは、破壊神だから……。


「この桜、どこの場所です?」

「不二神社です」


 おお、いわくつきの、あれですか。桜があるんだ。


 それで、だいたい聞くだけ聞いた。


 午後から香名さんが仕事なので、僕らは昼ごはんを食べて、それぞれの行動に移ることにした。

 僕と猛は研究所へ。

 蘭さんは原稿を書きながら留守番。

 香名さんは仕事。

 アイちゃんは週末にまた来ると言って、帰っていった。


 香名さんが出ていくと、さっそく兄ちゃんは愛用のポラロイドカメラをとりだした。

 ここで念写が成功すれば、早々に富永さんの居場所、つきとめられるかも。

 というか、兄の念写は必ず成功するのだが、捜査に役立つ情報が、そこに写るかどうかは運しだいだ。


「撮るんですね。なんとなく、ドキドキ。がんばって、猛さん」


 という蘭さんの気持ち、僕にはわかるよ。

 兄ちゃんの念写の前って、預言者の言葉を聞くような気分になる。


 僕と蘭さんが見守るなかで、猛は両手にカメラを載せた。

 猛が目をとじると、誰もふれてないのに、自動でシャッターが下りる。

 出てきた用紙を、僕らはのぞきこんだ。


「なんですか? これ。失敗じゃないですか?」

「まっくろだね」

「そんなはずないけどな。今日の一枚めだし」


 兄ちゃんの念写はエネルギーの静電気が、たっぷり溜まってるときのほうが、より鮮明に写る。

 二枚め、三枚めはじょじょにボケていき、捜査に使えるのは、日に三枚ていど。


「なんて念じながら撮ったの?」

「今の富永さんの居場所を知りたいって」


 僕は写真をじっと見つめた。

 違う。失敗ではない。

 全体が黒っぽいけど、微妙に何か写っている。


「これ、光のあたらない場所だからだ。暗闇のなかを撮ったから、こんなに暗いんじゃないの?」

「でも、タイム表示は、今日の今現在ですよね」と、蘭さん。


 猛の念写には、年月日と時間が表示される。


 蘭さんは、それを指差しながら、

「真昼間なのに暗いってことは、よほど厚くカーテンを閉ざした家の奥か、あるいは……」

「あるいは?」

「昼でも陽光のささない場所」


 さらっと怖いこと言うなあ。

 昼でも陽光がささないって、どんな場所だ?

 地下? うーん……地下、か?


「ねえ、このへん、人の顔に見えませんか?」


 さらに蘭さんは僕をおどすように言って、写真の一部を白い指でなぞる。


 やだなあ。

 じつは僕もさっきから、暗闇のなかのかすかな陰影が、人の顔っぽいなあって思ってたんだよね。

 ほんのり、薄白くって……。


「ほら、このへんが肩。これ、指ですよね?」


 うう……。


 じっと見つめていた猛が口をひらく。


「蘭の言うとおりだ」

「って、これ……」

「ああ。富永さんの今の姿だ」


 猛は断言した。


「土のなかだよ。間違いない。富永さんは今、土の下に眠っている」

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