一章 不死伝説の村 1—3


「いえ、こんなときぐらいお役に立てれば。姪御さんの婚約者が行方不明だそうですね」


 受け答えするのは猛。

 猛は若いのに貫禄があるので、年配のおじさんとも、なんとなく対等。如才なく依頼内容を聞く。


「そげだがね(そうですよ)。わ(わし)の弟の康二の末娘が、愛梨の三つ上で、香名、言いますけん。そうの(その人)の、いいもん(恋人)が研究所の人間だもんで」


 かろうじて解読可能な出雲弁のあいまに、急に思ってもみなかった単語が混入してきた。僕らは少なからず意表をつかれた。


「研究所、ですか?」

「バイオなんとか言ったかいな。あんな山んなかで何しとうだか(何してるんだか)知らんが、もう二十年にはなるかいねえ。あすこにできてから。難病の研究しとうだなかったかいな」

「ちがあわね。お父ちゃん」


 げっ。アイちゃんまで、なまった。


「iPS細胞の研究だがね」


 えっ? iPS? なんか、ますます僕らの出雲のイメージが遠のいてく。

 出雲って、山、川、海、平野、湖、神話の里……じゃないのか?


「iPSって、山中教授がノーベル賞とった、あのiPS細胞のことだよね? 二十年前からって、けっこう前だけど、発見された直後くらいからなのかなあ?」


 アイちゃん(どうでもいいけど、ヤッターマン二号みたい)は首をかしげた。


「難しいことは、あたしもよく知らない。でも、香名さんが言ってたよ。富永とみながさんから聞いたって」


 あ、アイちゃんの言葉が戻った。よかった。なまり(強)は家族向けなんだ。


 それにしても出雲弁は難しいので、そろそろ僕の言語能力では限界。

 要約すると、こういうことだ。


 僕らの依頼者、水田みずた香名かなさん二十四歳(僕のいっこ上か)は、出雲のとある山奥に一人で暮らしている。


 そこは出雲の穀倉地帯に恵みをもたらす、斐伊川の源流付近。

 山間部に、ひっそり佇む小さな村だ。

 藤村という。

 じいちゃんの最初の奥さん、雪絵さんのお里だ。


 前は両親と住んでたんだが、その両親があいついで亡くなった。二人のお姉さんは都会に出てる。


「一人で農家もやっちょれん(やってられない)でしょう。このさい村を出て、いっしょに暮らさんかと、わやつは言ったに、先祖の土地を守らんならん、言いましたがね。若い女が一人で、どげする(どうする)と思っちょったら、なんが、男がおったがね」


 その恋人というのが、富永さん。


 さあ、ここで研究所の登場だ。

 約二十年前、藤村に、とつぜん研究所ができた。

 健一おじさんが言うように、難病の治療法を研究していると、村人のあいだでは言われている。iPSっていうのは、おそらく最近になって、難病治療に利用されるようになったんだろう。


 何から何まで、あいまいなのは、村人は誰も研究施設を見たことがないからだ。物資も定期的に届いているし、車両の出入りもある。が、実体は、まったくの謎なのだ。

 この研究所の存在は、村人以外はほとんど知らない。


「なんだか怪しいですね。変な新興宗教とかじゃないですか?」


 猛が言うと、なにゆえ?

 健一おじさんも、アイちゃんも、おじさんの奥さん(無口)も、みんな、いっせいに黙りこんだ。はて?


「あの? どうかしましたか?」


 いぶかって猛が問うと、おじさんたちはごまかすような作り笑いを浮かべた。


「いんや(いいえ)。そんなことはないが。まあ、富永が研究所の人間だけん、うまくはいかんだろうと思っちょったわ。まさか、行方不明になるとは思わんだったども」


 富永さんが消えたのは、今年の一月。二ヶ月経過している。

 研究所のなかには前述のごとく入れないし、香名さんはすっかり困り果てているという。


「それは、さぞ心細いでしょうね。さっそく、明日、訪ねます。ところで、その村に宿泊施設はありますか? 民宿でもいいんですが」


 磯辺さん一家は顔を見あわせた。


「香名んとこはけっこう広いけん、三人ぐらい泊まれえがね」

「若い女性の一人暮らしの家に、男三人が押しかけていくのは、ぶしつけかなと」


 なんで、そこで「えっ?」と、おじさん、おばさん、声をそろえて驚愕するのかと思えば、なんと、二人は蘭さんが男だと、今、気づいたのだ。以前、フロックコートで来た美青年と同一人物だと思ってなかったらしい。


 まあ、蘭さんの女装はほんとに女の人に見えるもんな。

 背の高い、すらっとカッコイイ白人の女の人。


「こりゃ、たまげたわ。えらいベッピンさんだと思っちょったら、ああ……そげですか(そうですか)。田舎もんのビックリするようなカッコしちょらいますね」


 いやあ、京都でだって、蘭さんのカッコは仰天ですよ。東京なら、どうってことないんだろうけど。


「まあ、香名がいい言えば、かまわんけん。行くといいが」


 アイちゃんが自分のスマホから電話をかけてくれた。親指と人差し指の輪っこは、全国的にオッケーのサイン。


 香名さんにあいさつしたいという猛に、無防備に携帯を渡そうとするアイちゃんを見て、僕は全身の血が凍る思いがした。


「ダメッ! 猛に持たせたら、クラッシュさせるから!」


 念写のできる兄ちゃん。

 男前でスポーツ万能で、頭も切れるし、自慢の兄だ。

 でも……電化製品の天敵なんだよね。

 念写の原動力が静電気らしくって、壊す、壊す。

 破壊神降臨!——だからね。


「はあ……知らないって怖いね。僕が持つよ」


 僕はドングリまなこのアイちゃんから携帯を受けとり、猛の耳元にあてがってやった。


「お電話かわりました。東堂猛です」


 すると、電話の向こうで女の人の細い声がする。


「東堂……たけるさん、ですか」


 ん? そこ、驚くとこ?

 香名さんは、いやに感慨深い声をだした。


「ええ。東堂猛です。あなたの大伯母さんの雪絵さんが、うちの祖父と結婚していたんです」

「知っています。よく知っています。祖母から何度も聞かされましたから。それで、なんだか懐かしいお名前のような気がして……」

「ああ、おれと祖父。名前の読みが同じですからね」


 そう。猛とじいちゃんは、同じ『たける』。


「遠縁ですが、イトコのようなものだと思って頼ってください。明日、うかがいます。よろしくお願いします」

「はい。お待ちしております」


 よっぽど富永さんのこと、心配なんだろうな。

 電話口の香名さんの声は、なんとなく涙ぐんでいるみたいだった。

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