一章 不死伝説の村 1—2



 事件の始まりは、珍しく、僕らのもとに掛かってきた依頼の電話だ。

 僕が兄の探偵事務所、手伝うようになってから、まだ五本めぐらいの依頼ね。


 兄は今時、浮気調査をしない、信じられないアナログな探偵だ。

 まあ、それにはわけがあるのだが、このわけは、そのうち書く機会があるので今はとばす。


 久々に鳴った事務所用の電話(事務所って言っても自宅だよ)を僕がとると、聞こえてきたのは若い女性の声。


「あ、かーくん? あたし、愛梨あいりだけど」


「ああ、アイちゃんかあ。元気だった?」

「元気。元気。毎日、まじめに仕事場、通ってるよ。こっちには、かーくんや猛さんみたいなカッコイイ男子おらんけん、職場結婚は望み薄だけどねえ」


 お世辞でもカッコイイなんて言ってくれるとは、アイちゃんはいい子だ。

 ほんとに二枚目の猛はともかく、生まれてこのかた、カワイイとしか言われたことのない僕にまで。


 ところで、アイちゃんは本名、磯辺いそべ愛梨。僕らの遠い親戚だ。

 どんくらい遠いかというと、じいちゃんの最初の奥さんは結婚後数年で亡くなった(これも呪いのせい)。

 この人の妹の長男が、磯辺健一。

 今じゃ血縁関係のなくなった僕らに、いまだにお歳暮にズワイガニを送ってくれる、ありがたーい人だ。


 アイちゃんは健一おじさんの末っ子で、僕らにはなんとなくイトコっぽい感じ。


 去年、山陰旅行(おじさんちは島根県)に行ったとき、お世話になってるお礼に豪勢な手土産を持っていった。このときは、たまたま大金、持ってたんで。


 当時、アイちゃんとは初対面だったんだけど、その日のうちに「かーくん」「アイちゃん」と呼びあう仲になった。メアド交換して、メールのやりとりしてる。

 けど、電話は珍しいな。家族割り、きかないのに。


「どうしたの? なんかあった?」

「うーん、あたしじゃなくて、イトコなんだけど……」


 アイちゃんのイトコってことは、うちも、じいちゃんつながりか。

 僕らは、じいちゃんが再婚した京都のばあちゃんの孫だ。

 でも、なんか綺麗な人だったらしく、じいちゃんは死ぬまで、この出雲の人のことを忘れられなかったみたいなんだよね。


「じつは、イトコの婚約者が行方不明になって。警察に行っても相手にしてくれないんだって。それで思いだしたけど、かーくんとこ、探偵しちょったが?」

「つまり、人捜しの依頼ってことか」


 人捜しは猛の大得意分野だ。

 普通の探偵が何ヶ月もかかる依頼でも、うちの猛なら一日で片づけるね。

 なんたって、念写探偵だから。


「割安で、お願いできんかなあ?」

「うーん、わかった! アイちゃんの頼みだ。無償で調べてあげるよ」

「えっ、ほんと?」

「毎年のカニのお礼だよ」


 高価なカニを毎年、六杯、僕、猛、じいちゃん(今は蘭さん)×2も送ってくれるんだから、これくらいはしなくちゃ。


 この電話があったのが、三月の二十日すぎ。僕らは急遽きゅうきょ、出雲へ旅立つことになった。

 もちろん、これを蘭さんが黙認するわけがない。


「僕、留守番なんて、嫌ですよ。さみしいじゃないですか。ねえ、ミャーコ」


 ミャーコはうちの愛猫。ハンパに長い毛の白猫。めす。八歳。蘭さんにメロメロ。


「僕もついてっちゃおうかなあ。二人が調査してるあいだは、ホテルで自主カンヅメになってます。ねえ、ミャーコ。ミャーコも行っちゃう?」

「みゃん。みゃ、みゃーん」と、ミャーコは嬉しそうに鳴いた。


 行く、行く、蘭さんとならどこでも行くぅ、という意味だったが、残念! うちの子は三毛ではないから、ホームズばりの活躍は期待できない。

 しかたない。ミャーコは川西さん(猛の友達。猫好き)に預かってもらうか。


 で、僕ら三人は出発した。三月二十五日のことだ。

 世の中が決算期だというのに、僕らは新幹線で岡山まで。そのあと特急に乗りかえて、ぶらり旅だ。


 それにしても僕らは、どこへ行っても注目のまと。

 列車内でも駅構内でも、視線、浴びる。浴びる。

 あいかわらずだなあ。蘭さんパワー。


 断言しよう。

 僕は女の子みたいと言われるのがコンプレックスではあるが、まあ十人並み以上には整ってるほうだと思う。

 猛にいたっては、ギリシャ彫刻のアポロンみたいなハンサムだ。


 でも、蘭さんの美しさは、そういうレベルじゃない。

 峰の白雪のごとき純白の肌。

 赤い唇。

 あわいブラウンの大きな瞳(まつげバサバサ)は、西洋人みたいな、くっきりした二重まぶた。

 鼻すじも通って、気品あるしねえ。


 もともと誰もがハッと息をのむほど美しいのに、最近の蘭さんは半女装。

 要するに、ナンパよけなんだけど。

 はっきり女装だと男がウルサイんで、半女装なわけだ。


 上半身は男だとわかるように体のラインが出るニットとか、長袖Tシャツとか。下半身は男性用巻きスカート。

 メイクはなしで、古代風のエキゾチックなアクセサリーをジャラジャラ……というスタイル。


 いにしえの都の巫子みたいで、妖しく美しいのだが、すごく、目立つ。すごく、を十回くらい強調したい。


 でも、これだと、女の人に声かけられたら、「女性に興味ないんです」と言えるし、反対に男には「ただの女装マニアです。ノーマルなんです」と断れる。

 ここまでしないと、つきまといが絶えない。ほんと、蘭さん、苦労がつきないなあ。


 この前、健一おじさんちを訪れたのは、蘭さんと知りあった事件の帰りだったので、アイちゃんも蘭さんとは面識あるんだけど……。


「いやァっ。蘭さんが女の人になっちょるゥ。うそォ。でも、キレイっ!」


 駅まで僕らを迎えに来たアイちゃんは、蘭さんをひとめ見るなり悲鳴をあげた。

 ムリないか。

 この前は、まだフロックコートにカラコン(もちろん、ナンパよけ)だったもんなあ。


「最近、猛さんとつきあいだしたんです」


 って、蘭さん。やめて。本気にされる。


「へえッ。やっぱり都会の人は進んでるんですねえ」

「違うよ。ジョーク。ジョーク」


 あわてて僕は弁解したが、猛は無言。

 ちゃんと否定しようよ。兄ちゃん。めんどくさいのか? 細かいこと気にしないにも、ほどがある。


 まあ、そんなこんなで、その夜は磯辺家にごやっかいになった。

 海の幸ざんまいで歓待されて、成功報酬を前渡しで受けとっちゃった気分。

 うまいっ。

 刺身の鮮度が違う。それに生鮮ものだけじゃなく、手作りの塩辛、なんか絶品。サバの塩辛なんて、これだけでご飯三杯はいける。


「愛梨がお呼びたてして、すまんかったねえ。わざわざ遠くから来てごしなはって(来てくださっての意)」


 健一おじさんは素朴な人だ。

 なので、蘭さんを見ないようにしている。あれは直視してはいけないものだと本能でわかるらしい。

 見つめられると、堕ちますから。

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