第67話 盲目の少女
6月に入り、雨の日が増えてきた。
「うう……どうにも、雨の日は調子が悪い」
何もできないほどひどいというわけではないのだが、ミスが増えたり忘れ物が起きたりと、明らかに調子を崩すようである。
「今日の買い物は、
珍しいものを見つけるために、買い物に行くのが好きな久朗がこうなるくらいなので、今日は相当悪いようである。
「買い物ついでに何か珍しそうなものがあったら、見繕ってくれ」
久朗の声を後に、僕はスーパーに買い物に出かけた。
傘をさして歩いていると……向こうから、左手に傘を持ち、右手で白い杖をついて歩いている少女がいた。
左右に地面をたたきながら歩いている姿から察するに、視覚障害者のようである。
それだけならよかったのだが……彼女の進む点字ブロックの先で、立ち止まって会話をしているおばさんが二人。
彼女の接近には、全く気付いていないようだ。
「すみません。その子が通れないので、道を開けていただけますか?」
僕は声をかけて、気づかせたが……そのおばさんたちは、嫌そうな顔をして渋々避けていき、その先でまた話し始めた。
こちらの方を見て、眉をひそめて明らかに迷惑そうにしている。
「ありがとうございます――あの人たちのことは、気にしないでください。そういう人たちのようですから」
少女が僕の方に向けて、お礼を言った。
「でも、腹が立つよ――点字ブロックは、目が見えない人のための道しるべなのだし」
そこに陣取って話し込む上、杖の音を聞き逃すという神経が、理解できない。
「あなたはまじめな人なのですね」
少し彼女は苦笑して、僕に笑いかけた。
「どこに行くの? もしよければ、手伝おうか?」
僕は彼女に提案する。
今回はよかったものの、次に同じような事態で彼女がけがをしたりしたら、目覚めが悪い。
「ありがとうございます。それではこのお店に行きたいので、案内をお願いできますか?」
彼女の方もそのことを察したのか、素直に提案に頷いてくれた。
「あなたは綺麗な心の持ち主のようですね」
彼女が僕のことを褒めてくれた。
「いや、たまたま今回は助けただけだよ」
僕は謙遜する。
「いえ、あなたは再び同じようなことがあったとしたら、必ず手助けするはずです。そういう心の持ち主だと感じられました」
確かに、よほどのことがない限りは僕は同じ行動をとると思う。
正義感は比較的強い方だし、困った人を助けるのは当然だという考え方だからだ。
彼女の行きたいといっていたお店は、ブティックであった。
「服を選ぶ基準は、着心地になるのかな?」
思わず僕が、疑問を口にしてしまう。
「いえ、ほかの人の目もあるので、着飾りたいという気持ちはありますよ――申し訳ありませんが、選ぶのを手伝っていただけると助かります」
服のサイズを確認するのも、視覚障害を持っていては不可能である。
そのため彼女が指定した色とデザインのものの中から、サイズの合うものを探し出して彼女に手渡すことになった。
「ありがとうございます。普段は店員にやってもらうのですが――なんだか少し、デートみたいな感じですね」
その言葉に、少し気恥ずかしさを感じる。
瞳の焦点が結ばれていないところはともかく、顔立ちはかなり整った少女なのでいい服を着れば、相当映えるのではないかと感じた。
「本日は、ありがとうございました――そちらも別の買い物があったはずなのに、つきあわせてしまって」
確かにスーパーに行く予定はあったが、それほど急ぐものではなかったため、問題はない。
それに有意義な時間を過ごせたのだから、僕としては満足している。
「世の中の人たちが、こういう綺麗な心の人ばかりならばいいのに……」
彼女がぽつりとつぶやいた言葉が、妙に心に残った。
スーパーで買い物を行い、家に帰る。
久朗に話をすると、自分も一緒に出かけるべきであったとかなり悔しがっていた。
一期一会の出会いなので、狙って会えるものでもないだろうし……これは仕方がないと思う。
同じ市内に住んでいるようだし、縁があればまた会うこともあるのかな? と感じた。
もう一つの今 ~ブレイブソード 第一章~ Takanashi @mark0909
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