第52話 文化祭の模擬店

それから数日が経過し、芙士美ふじみ高の文化祭当日となった。





「じゃあ、行くよ……久朗くろう、忘れ物はない?」


「ああ、大丈夫のはずだ」





 久朗の「大丈夫」ほど、信用できないものはない。





「ハンカチ、ティッシュは持った?」


「私は子供か!?」





 このくらいしっかり確認しないと、危ういのだ……って、そういえば。





「あと、財布は学校用のカバンから出して、小型のポーチに入れ替えた?」


「あ!!」





 この通りである。


 どこかしら抜けているところがあるのが、久朗なのだ。





 財布を入れ替えて、僕達は家を出た。


 芙士美高までは歩いても20分くらいの距離であるため、のんびり歩いて行くことにする。





「まあ、目的はさきちゃんの模擬店がメインだけれどもね」


「出し物も、そこそこには魅力的だったぞ。パンフレットがあるから、見るか?」





 こういうところでしっかりしているところもまた、久朗なのだ。


 パンフレットに目を通すと……?





「え……13時から始まる舞台でのライブって、出演者にミーシャという文字があるような気がするんだけれども……」


「おそらく、芙士高ふじこうのミーシャだろうな」





 彼女、そんなに有名な人物だったのか! 


 もしかしたらローカルアイドルなのかもしれないけれども……それでもすごい。





「そんな人間と、歌で対抗しようとしたのだから……ある意味負けて当然だったのかも」


 体育祭の時の彼女の楽しそうな歌は、今でも脳裏に焼き付いている。





「模擬店以外にも、楽しみができたな」


 久朗が僕に対して、ワクワクしている表情を見せた。





 芙士美高の、文化祭用に飾られた門をくぐる。





「こういう時でないと、ほかの高校に入る機会なんてそうそうないからな」


 久朗は建物の作りの違いに、興味を示しているようだ。





「学校までのスペースでも、既に模擬店が並んでいるよ!」


 たこ焼きやフランクフルトなど、比較的簡単に作れるものが中心のようだ。





「咲の模擬店は……クラス一つを丸ごと、模擬店にしているようだな。まずはそこから行ってみるか」





 そこからといいつつ、既に久朗の手にはチョコバナナが握られている。


 久朗はこういうにぎやかなことに、本当に弱いんだから……。





 行ってみると……既に少し行列ができていた。


 お昼まではまだ時間があるにもかかわらず、話題になっているようである。





「いらっしゃいませ。店内でお召し上がりでしょうか? それともテイクアウトでしょうか?」


 ウエイトレス姿の学生が、僕達に声をかけた。





「せっかくなので、店内で食べることにするよ」


 僕たちはそう答えて、店内に案内された。





 メニューを見ると……何やら、更にすごいことになっていた。





 まずカレーは、キーマカレー、マトンを使ったカレー、カボチャとサツマイモを使った甘口のカレー、ひよこ豆をベースにしたカレー、更に辛口のチキンカレーの五種類だ。


 ひそかに一種類、増えているし……。





 カレーを注文すると、ライスかナンを選べるようになっている。

 メニューの写真を見る限り、ライスもサフランを入れたお店仕様のものになっているようで、本気さが伝わってくる。



 そして、店内で食べる人はサラダが無料で付くようだ。

 洗う手間を省くためか、紙製の皿が用意されている。


 自分で好きなだけとって、ドレッシングをかけて食べるようだけれども……ドレッシングが市販のものではないため、おそらく咲の手作りなのではないかな? と、推測できる。





 さらにドリンクは、ラッシーというヨーグルトの飲み物に加えて、チャイまで用意されていた。

 チャイにはホットとアイスの二種類があるようだ。

 オーソドックスなコーラやコーヒー、ウーロン茶なども用意されていて、抜かりはない。





 とどめに、デザートはマンゴープリンとカスタードクリームを混ぜたものが、巨大な器に盛りつけられていた。


 スプーンで紙の小皿にとる形で、一人一杯までのようだ。





「ここまで充実していると、完全にインド料理のお店だよね」


「だな……って、メニューのところにタンドリーチキンまであるぞ!」





 いくら何でも、これは「やりすぎ」だと思うんだけれども……。


 さすがにほかの模擬店が、少し可哀そうになってきてしまった。





 僕はキーマカレーとライス、ドリンクにラッシーを選択した。


 久朗はチキンカレーとナン、そしてアイスチャイを注文。


 待っていると思ったよりも早く、料理が出てきた。





「盛り付けも完ぺきで……これだったらすぐに、お店が開けるんじゃないかな……」


「しかも彼女にとっては、インド料理は数ある知識の一つに過ぎないようだしな」





 口に運ぶと……市販のカレールーとは全く違う、スパイシーで香りの高い味が口いっぱいに広がる。


 スパイスを調合したカレーは初めて食べたのだけれども、これはもう日本のカレーとは、全く別物のようだ。


 久朗も無言になって、ひたすら味わうことに専念している。





「あ、結城ゆうきお兄ちゃんと、久朗お兄ちゃんなの!」





 聞きなれた声がしたため、振り返ると……そこにいたのは、めあちゃんだった。





「久しぶり! 元気にしていたようで、何よりだよ」


 僕が声をかける。





「かなり混んでいるようだからな……よかったら私たちと相席にしないか?」


 久朗がそう提案した。





「ありがとうなの。お言葉に甘えるの」


 めあちゃんが僕たちのテーブルに加わる。





 注文したのは、カボチャを使った甘口のカレーとナン、そしてラッシーとタンドリーチキンであった。





「意外と食べるんだな……私たちもタンドリーチキン、食べてみようか?」


 その言葉に従い、僕達もタンドリーチキンを追加注文する。





 タンドリーチキンは鶏のもも肉を漬け込むタイプのものであり、少し家庭的な感じであった。


 ただし使われているスパイスがオリジナルのものらしく、しっかり中まで味がしみ込んでいて、そこらのお店のものよりもずっと美味しい。





「サラダ、美味しいの! ドレッシングが野菜の癖を消していて、めあでも食べやすいの」





 先に食べていたので予想通りであるが、どうやらドレッシングは手作りのようだ。


 僕達はサウザンアイランドのようなドレッシングを選んだのだが、市販のもののようにとがった酸味がなく、絶妙な味付けに仕上がっていたことを思い出す。





「このカレーも美味しいの。ちょっとお行儀は悪いけれども、結城と久朗のカレーも味見させてほしいの」


 僕たちは了承して、めあちゃんにカレーを分けてあげる。





 甘口のカレーということで、子供向けだと侮っていたのだが……野菜の甘さは残しつつも、しっかりとスパイスのうまみが感じられるカレーであり、正直こちらを注文してもよかったと思うくらいだ。


 そして久朗のカレーも味見させてもらったが……単に辛いのではなく、スパイスの風味が前面に出たつくりとなっていて、辛さとうまみが絶妙にマッチしている。





「久朗のカレー、からかったの……」





 ただめあちゃんには少し、早すぎたようだ。


 ラッシーを飲んで口の中をリセットしている。





 デザートを取りに行くことにした。


 プルプルとした感じで、見るからに美味しそうである。





 口に運ぶと、マンゴープリンの少し酸味のある味とカスタードクリームのまろやかさが口いっぱいに広がり、絶品である。


 思わずお代わりしたくなるほどの美味しさだ。





「これで800円は、格安だったな……お店だったら1,300円以上は確実にとられるぞ」





 カレーセットが500円で、タンドリーチキンが300円であった。


 模擬店だからこそできる価格だと思う。





「味も、インド料理の専門店に負けていないし……投票用紙に書くのはこのお店で決まり、だね」


 入場時に配られた投票用紙に、お店の名前を書いて投票箱に入れる。





「ところでめあちゃんは、この後用事があるの? 無いようだったら13時から、僕達の知り合いが体育館でライブを行うみたいなので、一緒に見ようか?」





 僕たちが誘うと、めあちゃんは喜んで同行することを告げた。


 いい席をとるために、少し早めに体育館に向かうことにする。


 ミーシャのライブ、楽しみだ!  

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