第18話 安息亭にて

 その日はそのまま解散となり、翌日の放課後。


 僕たちは学校のすぐ近くにある、「安息亭あんそくてい」という焼肉屋に集まった。





「今回は本当に、ごめんなさい! お詫びにみんな、食べ放題でいいわよ」


 まい先生が僕たちに、おごってくれるということだ。





「いや、舞先生の責任ではないだろう。むしろ来てくれて助かったのは、私たちの方だ」


 久朗くろうの指摘ももっともではある。





「本当は、あの後すぐに追いかけるつもりだったのよ……猿渡さるわたりのバカが口を出さなければ、そうしていたのに」


 舞先生が毒を吐く。





 猿渡慎吾さるわたりしんごは、芙士高の教頭である。


 校長の芹沢大河せりざわたいがは人格者で知られているが、こちらの方はあまりいい話を聞かない。





「にゃ、胸をじろじろと見られたことがあるの。みかんもあの教頭は苦手」


 ……まあ、みかんの大きな胸は見るなというほうが、酷なのかもしれないけれどね……。





「めあも一緒に、食べていいの?」


 めあも今回の食事に、参加している。





「もちろん! ほかの生徒とそん色ないほどの活躍だったんだもの、当然食べる権利があるわよ」


 舞先生がめあに笑いかけた。





「しかし、あの大技は凄まじかったな……確か『ミラクル・トイボックス』だったか?」


 久朗がめあに問いかける。





「頭の中に、ポンっと名前が浮かんだの」


 めあ自身、あまりよく分かっていない技のようだ。





「そういえば、技で思い出したけれど……久朗、確かギフトに『クロックアップ』っていうのがあったはずだよね?」


 僕が尋ねると、久朗は苦笑いで答えた。





「激しい戦闘で、忘れていた――いや待て結城ゆうき、いきなりぶっつけ本番で行って、使い勝手の悪い能力だったらむしろピンチに陥っていただろう!?」


 久朗のいうことにも一理あるのは事実だが、頭の中から飛んでいたというほうに賭けたいと思う。





「お待たせしました。ファミリーカルビ10人前と、ファミリーロース5人前、ホルモンMIXプレートが5人前です」





 店員が肉を持ってきてくれたので、一時休戦とする。





「みんな若いから、このくらいはあっという間でしょ? ……あ、ビールと野菜焼盛り合わせ5人前を追加で」


 どうやら舞先生も、今日は完全に仕事を離れて楽しむようだ。





「しっかし、やばかったよな……もう少しで俺たち、反対側のお店のお世話になっていたかも」


 晶あきらがおどける。





 ちなみに安息亭の道向かいは、葬儀屋である。





「死後の安息と葬儀屋……この並びは、ちょっとした見ものだな」


「だね。なぜここにこの名前の焼肉屋を出そうと思ったのか、僕も気になる」





 思わず久朗と、意見が一致してしまった。





「まあ、あまり気にしないほうがいいでしょう――あ、ご飯のお代わりをお願いいたします」


 れんがそう答えた。





「みゃん。みかんもお代わり。大盛りで」


 みかんの食欲もまた、相変わらずのようだ。





 ようやく、日常が戻ってきたような気がする。





「くたばれ、教頭~!!」





 舞先生が、ドカッとグラスをテーブルに叩き付けながら、声を上げた。





「全くあのバカは。私を止めたのも、怪我で傷物になるのを単に嫌がっただけだって、分かっているんだから……ヒーローになったときに、そんなことは覚悟しているのよ!」


 舞先生が、怒りの声を上げる。





「舞先生……もしかして、お酒に弱い?」


「のようだな。お酒を追加注文しそうになったら、ソフトドリンクでごまかすか」


 久朗と二人で、意見を交わす。





「にゃん、ビビンバとおにぎりクッパ、とんとろと鶏もも、和風大根サラダ追加」


「これだけ食べても太らないっていうのは、うらやましいよな」





 晶が少しだけ、恨めしそうにみかんを見つめる。





「俺はワカメスープと、いちご杏仁で締めかな」





 晶の注文は肉を中心として、ご飯を少なめというものであった。


 見た目にはまったく太っているように見えないし……多分、戦える体を作るために努力しているのだと思う。





「デザートも食べ放題なの!? ……めあ、ここに並んでいるデザート全部一つずつ、なの!!」





 めあは甘いものに走ったようだ。


 いわゆる「目が食べたい」という状態のようで……食べきれなかったら、僕たちが処分に回ることにしようと思う。





 全員デザートも食べ終わり、満足したようだ。


 ちなみにみかんはめあと同じ注文をして、見事に完食。


 いったい彼女の胃袋は、どうなっているのだろう?





「それにしても、めあちゃんの力……まだ準ヒーローにしておくのが惜しいくらいね。特例措置ができないか、ちょっと調べてみようと思うの」


 舞先生がめあに、言葉をかけた。





「実際、俺たちと比べても見劣りしないほどの活躍だったからな」


「ですね。あれが初めての戦闘だったとは思えないほどの、素晴らしいセンスでした」


「にゃむ。みかんの爆撃に加えたあの攻撃で、相手は完全に沈黙したのだから……強敵を引き付けていたことも考えると、MVPはめあちゃんで間違いないと思う」





 三人とも、めあのことを気に入ったようで絶賛している。





「もはや守られるだけの存在ではないと、自信をもって胸を張っていいと思うぞ」


 久朗がめあに微笑みかけた。





「でも、みんなが来てくれなかったら、助からなかったの。――ありがとうなの」


 小学生であるにも関わらず、謙虚なところがあるようだ。





「ところで舞先生、命令を無視する形になってしまったようだけれども、大丈夫なの?」


 ふと気になったので、僕が聞いてみた。





「あんなの、始末書一枚出せばいいだけよ。みんなの命に比べたら、軽い軽い」


 まだ少しお酒が残っているようで、軽い感じで手を振りながらこちらに答えた。





「そもそも、私が先生をやっているのは、一人でも多くの優れたヒーローを社会に送り出すためだもの」





 言われてみれば舞先生の家柄ならば、先生なんていう大変な仕事を選ばなくても、十分優雅な生活を送れるはずだ。


 そんな状況にあってもなお「先生」という仕事を選んだことに対して、尊敬の念を抱く。





「今回は何とかなったようだけれども……もしめあちゃんが本格的に狙われていると判明したら、私の家に来ない?」


 舞先生が提案する。





「めあ、少しまよっているの……友達と離れるのは少し辛いの。でも、友達を危険にまきこむほうが、もっとつらいの」


 めあが困ったような表情を見せる。





「じっくり考えて決めてね……一応、上の方には施設への警備体制の強化を申請しておくから」


 舞先生は真剣な表情で、めあにそう告げた。

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