2章情熱少女と鳴らないトランペット【下】

僕は耳を疑った。まさかの叔父が琴海を連れてこいというからだ。まさかこのジジイにそんな性癖があったとはと思いながらも今日も放課後残り、琴海の練習を見ていた。楽器なんぞやったことがない僕からは指摘も出来るわけでもなくただただ見守ることしか出来なかった。唇を震わせる練習をし、マウスピースを吹く。「音出た?」と毎回聞き、「出てない」という会話が続いた。そして辺りも暗くなり、帰り際に僕は「今週の土曜日って何かある?」と聞いた。「突然何よ。」と琴美は聞いてきたが、少し考える仕草を見せ、「練習はないわよ。」と言ってきた。ないのかよとガッカリしつつも「僕の家で練習しない?」と聞いた。多くの人が誘わないでそのままジジイに「忙しいから無理だって。」と、言えばいいと思うだろう。しかし、僕にはトランペットの事など全く分からないし、なんの助言も出来ないだろう。ならば元トランペット奏者だったジジイに教えて貰った方が彼女のためになると思ったからだ。そして琴海は「え?なんであんたの家で練習するの?」と少し冷たい目で言ってきた。「僕の叔父が元々トランペットを吹いてたんだ。僕はトランペットなんか吹いたことないからなんの助言も出来ないからね。」とあやしいことなんて考えてないことを伝えた。そうすると琴海は「行く。」と言った。

「そうだよねまだ会って間もないのに男の家になんて来ないよね。ってファッ?」琴海の意外な返答に僕は驚きを隠せず変な声が出てしまった。「何驚いてるのよ。だってあなたのおじさん元々トランペット吹いてたんでしょ?なら教えて貰う以外ないじゃない!」と言った。断ると思っていたのに叔父がトランペットをやっていたことに食いついてくるとはどんだけ練習熱心なんだよと少々呆れながらも家の住所をメモ帳に書き、琴海に渡した。「朝早くから行くから」と僕に言い、彼女は去っていった。

帰り、このことを叔父に伝えると、「練習熱心な子だなぁ」と感心した口調で言った。「いつ来るんだ?」「朝早くから来るって言ってたけど...」「そうか」と言い叔父はご飯を作り始めた。その間に店の僕は店の片付けに取り掛かった。今日のご飯はカレーらしい。叔父のカレーは水がないと食べれないほどに辛いが、スプーンが止まらないほど美味いのだ。匂いにつられてやってきたのか2階から妹の那心が降りてきた。眠たそうな顔をし、僕を見ると「おにぃ帰ってたんだ。最近遅いじゃん。どうせおにぃのことだから寝てたかマンガを隠し持ってるのを先生にバレて説教でも食らってたんでしょ。」と興味無さそうな口調で言った。「最近お兄ちゃんは忙しいのだよ。」と言ったものの「おにぃが忙しい?ないないだっておにぃ部活入ってないじゃん」と言い引き笑いをした。「最近聖華は女性と一緒に遅くまで学校に残っているらしいぞ」とあっているが誤解されそうなことを叔父は言った。「え?嘘だよね。おにぃは年齢=彼女いない歴だよね?」と少し引きづつ言った。「ホントじゃよ」と叔父は断言した。「ちょ、このジジイ!誤解されそうな感じで言うんじゃねぇ!ごふっ」妹は近くにあったメニューを僕目がけ投げてきた。今週2回目である。「おにぃに女ぁ!この特徴がなくて趣味もこれといって特徴なくて頭も良くない完璧ダメ人間に女ァ!」とありえないと言いたそうな顔で驚いた。妹よ兄ちゃんはその一言で顔と心が傷ついたよ。と思いつつ妹に訳を伝えた。「おにぃに女なんて出来るわけないよねぇー。驚いて損したわ。」とほっとした口調で言った。「まぁ面倒くさがりのおにぃにしては珍しいんじゃない?」「べつにいいだろ。」と照れくさく言った。「出来たぞ。さぁ早く席につけ。そして冷めないうちに召し上がれ。」と叔父は言い、僕らはカレーを食べた。やはり辛い。けど止められない味だ。と心の中で思いカレーを口にほうばった。

土曜の朝。帰宅部の僕にとっては忙しくもなければやることも無い朝。いつもなら喫茶店の手伝いをするため早起きをしなければならないが、今日は琴海の練習ということで店は休み。そのため、久々に8時に起きた。顔を洗い朝ごはんはないかとテーブルを見たが、1枚の紙が置いてあった。‘はよ起きろ’と叔父の字で書かれていた。1階に降り、店内を見渡すと、そこには叔父と、琴海が、朝早くからマウスピースを吹く練習をしていた。「おはよう。」と、叔父と琴美に言うと、「「遅い。」」と二人とも口を揃えて言った。本当に朝早くから来るとは思わなかった。僕は2人が練習をしている中あるものを作っていた。まぁ、僕が作れるものといえばアップルパイしかないのだが、林檎の皮を向き、生地の上に乗せあとは焼くだけとなった。「那心は?」と僕が聞くと、「6時には部活に行ったよ。今日は陸上の練習らしい。」と答えた。「妹さんはどこぞのデリカシーのない帰宅部とは違って忙しいのね。」と僕を見つめてそう言った。僕はその言葉に対し、胸を張りながら首を縦に降った。「褒めてないわよ。」と、呆れながら琴海は練習に戻った。

僕がパイをオーブンに入れようとすると、いきなり「ブー!」とマウスピースピースの音が店内に響き渡った。「なった。なったよ!」と、琴海は喜んだ。僕と叔父はおめでとうという気持ちで拍手をした。そして叔父は、「次は、音程を変える練習をしてみようか。」と言い、見本を見せた。そして琴海も見本通りにやった。そうすると見事に音程が変わり、琴海も喜んでいた。次々と叔父が出す課題を琴海は、こなしていき、あっという間に12時になった。叔父は、ナポリタンを3人分作り、僕はコーヒーをいれた。「コーヒー飲める?」と琴海に聞くと、「少しミルクを入れれば飲めるかな?」と曖昧に答えた。そしてナポリタンが出来ると共に僕はご褒美のつもりで作っていた。アップルパイを作った。「これ、聖華が作ったの?」「そうだよ。アップルパイは自信があるのさ。」と胸を張り答えると、「お前はアップルパイ以外作れんだろうが。」と笑いながら叔父は答えた。「「「いただきます。」」」叔父の作ったナポリタンを琴海が食べると、「美味しい!おじいさんこのナポリタン美味しいです!」と、笑顔で言った。「このナポリタン店の看板メニューのひとつなんだよ」と叔父は誇らしげに言った。「今度は客として来ますね。」と、琴海が言うと「ご来店お待ちしております。」と、叔父は深くお辞儀をした。ナポリタンを食べ終わり、アップルパイを食べると、「美味しい!」「だろう?少し塩を入れてるんだよね」「完成系に近づくまでどれだけ試作品を食わされて血圧が上がりそうになったか。」塩を入れ過ぎず少な過ぎずの間が難しく、何度も失敗したが、完成系にたどり着いた、僕自慢のアップルパイである。あまり家族以外の人に食べてもらったことがないため、美味しいと言われて少し嬉しかった。「なぁマスター。若者にも人気なんだからもうそろそろ店のメニューにしていいよね?」と叔父に聞くと、「今日は店を閉めてるんだからマスターはやめなさい。まぁ考えとく。」大人の考えとくは絶対に採用しないパターンだよと思いつつ、昼食が終わり、練習に戻った。トランペットの方は難なく練習をこなしていった琴海には才能があるのだろうと思った。

休憩中に叔父はこんなことを聞いた。「琴海ちゃんはなぜ吹奏楽部に入ったんだい?」「通っている学校が祖母の母校でしかも祖母が吹奏楽部でトランペットをやってたからです。最初は上手くなくてもいいかなって思ってたんですけど、私出来ないことがあると嫌で」と、恥ずかしがりながらそう言った。「琴海は偉い子だねぇ。聖華も、こんな子に育ってくれたらなぁー。」と、僕を見た。「店手伝ってるでしょうが」と、少々キレながら返事した。何事にも一生懸命に取り組むとは熱血少女だなぁと思っていると、「カランカラン」と、音を鳴らしドアが開いた。ドアの向こうにいたのは練習着姿の那心だった。「ただいまー。あ、噂のおにぃの女だ。」と、琴海を見て言った。琴海は僕の胸ぐらを掴み、「あんた家族に私の事なんて説明したのよ!」と、怒鳴った。「ちょっ、待ってただ那心がそう言ってるだけだって!」と、必死で答えた。「嘘よ!」「ほんとだって!」「あ、変な事言ってすみません。」と、那心は、笑いながら謝った。「いやーいいもの見れたなぁ。」と満足な顔をした。「あんたの妹さん性格悪いよね。」「全くその通りだよ。」と苦笑いをし、答えた。

「だいたい出来るようになってきたね。じゃあこれ吹いてみようか」と琴海に楽譜を渡した。曲名は『きらきら星』復習にしては簡単ではないかと、楽器経験ゼロの僕は思った。琴海がトランペットにいきを吹き込み、演奏をはじめた。店内にはトランペットの、綺麗な音が店内に響き渡った。聞いていた僕はその音に感動した。気が付くと、演奏は終わっていて、思わず僕は拍手をしていた。「吹けた、吹けたよ!やったー!」と、琴海は体をめいっぱい、使って今の気持ちを表した。「おめでとう。今日やった事を毎日やれば、必ず上手くなっていくよ。」「いい演奏でした。」と那心も拍手をしながら言った。

「いい演奏だった。」と僕は言葉を飾らず素直な気持ちで言った。「じゃあ私帰ります。今日は練習に付き合ってくれてありがとうございました!」と、綺麗なお辞儀をし、帰って行った。「聖華見送りに行きなさい。」「言われなくても。」

僕は帰って行った琴海を追いかけた。「今日はありがとね。」「僕は何もしてないけど。吹いている時の琴海はかっこよかったな。」「コンサートとかあるときチケット送るから来てね。」「その時は喜んでいきますとも。」僕は琴海を駅まで送ったあと琴海の『きらきら星』を思い出しながら家へとゆっくり帰って行った。

その日を堺に琴海はよく喫茶店に来るようになった。練習のことを聞くと、「同級生と変わらないぐらいになってきたかな。もしかしたらレギュラーに入れるかも。」と、嬉しそうに答えた。「ご注文は?」「じゃあアップルパイで」「当店では扱っておりませんので」と、笑いながら僕はこたえた。「おい聖華、嘘はいかんぞちゃんとメニューを見なさい。」アップルパイなんてメニューになかったはずだ。メニューを見ると、ボールペンでアップルパイと、書かれていた。「なんで!だって考えとくってだいたいマスターの考えとくは採用しないじゃん!」と、僕は叔父に言うと、「練習をした日にのお前が席を外してた時に琴海ちゃんと採用するか話し合ってたんじゃよ。どうじゃサプライズは?」やられたと思っていると、「聖華、コレはわたしからのお礼よ。」と、笑顔で琴海は答えた。その時の笑顔は、言葉に表せないほどに、綺麗で、満足したような笑顔だった。


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