第83話 メッセージを送った

 カタカタカタカタカタカタ……。


 九門は、キーボードを叩き始めた。


「……。」


「……。」


 サクラ、男性警察官、女性警察官、第三の警察官は物言わず、ただただ九門の入力を待つ。


 カタカタカタッ、カタカタカタッ、カタカタカタッ……。

 カタッ……、カタ……。

 カタタタタタタタタタタタタ……。


 カタカタカタッ、カタカタカタッ、カタカタカタッ……。

 カタッ……、カタ……。

 カタタタタタタタタタタタタ……。


 キーボードの音を聞く限り、おそらくはこういうアクションだ。


 書く。

 削除する。

 書く。

 削除する。

 

 九門は、考えては書き、そして消し、再び考えては書き、そして消す。このアクションを何度も何度も繰り返す。作家・鬼面ライターの原稿と、編集者・九門大地が戦いを続ける。


「…………。」


「…………。」


「…………。」


 サクラと警察官は、ただただ九門の入力を待つ。



 カタカタカタカタカタカタ……、


 カタッ……。


 九門がキーボードから手を離した。


「ふぅ~~~」

 そして、大きく息を吐いた。


「大地君……」

 サクラには分かった。書き終えたのだ、と。


「終わったよ」

 九門は、静かにほほ笑んだ。


「ちょっと失礼」

 3人の警察官が画面をのぞき込んだ。


「……!!?」

 3人は、その書き込みを見て、目を見開いた



 九門はもう一度ほほ笑んだ。

「これでいい」



 その日、


 鬼面ライターのtwitterアカウント、

 ブログ「雲の筆」の一般記事ページ

 ブログ「雲の筆」のなかの「異世界バスケ ZERO」のページ

 ブログ「雲の筆」のなかの「異世界バスケ」のページ


 自分が持つすべての場所で、九門は同じメッセージを発信した。


 のちに「ミラクル鬼面砲」と呼ばれることになるリーサルウェポンが、1年の休止期間を経て、この日飛び出した。


 その後、猛烈な勢いでそのメッセージは拡散された。


 SNSのトレンド欄は、この話題で埋め尽くされた。

 twitterリツイート数の世界記録が塗り替えられた。

 大手ポータルサイトのヘッドラインもこの情報で独占された。

 テレビの報道番組では、この拡散ぶりがトップニュースとして扱われた。

 

 長い夜が終わった。



 翌日、

 台風の通り道となるエリアに住むすべての人間が、避難の準備を開始した。


 翌々日、

 同エリアのすべての人間が、避難した。


 時を同じくして、海の向こうでも同じ現象が起きた。九門のメッセージと日本で起きた一斉の行動は、はるか彼方アメリカ大陸にまで届いていた。


 

 その後、


 「史上最大」と呼ばれた台風は、その呼び名通りの威力を持って、日本列島とアメリカ大陸を縦断した。


 日本の首都圏は間もなく夜を迎える頃だった。アメリカの東部は間もなく朝を迎えるころだった。ともに真っ黒な雨雲に覆われた暗い空のなかでの、恐怖の進撃だった。


 それは紛れもなく史上最大だった。


 この超大型台風は、「最悪の場合こうなる」という事前情報の、まさに「最悪のパターン」通りに河川を氾濫させ、大都市を水浸しにし、家屋を機能不全に陥れた。


 日本とアメリカのさまざまな活動を一発で停止させ、誰も見たことがない風景をそこに誕生させた。


 後日、政府やメディアが「甚大な被害」という言葉を連発することになる夜だった。


 だが、

 同時に、もうひとつ違う言葉で表現される夜でもあった。

 

 この日、日米両国において、同災害による死者はひとりも出なかった。


 世界中から「奇跡」と呼ばれた夜だった。



 避難所の窓から見上げた空は真っ黒だったが、しかしサクラにとってその空は、久々の憎らしくない空だった。

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