第82話 考えた

 カチャ……。

 

 九門がマウスを叩く。

 PC画面に「読み込み中」の文字が出る。

 3秒ほど経過したのち、「ログインしました」のメッセージとともにブログ管理画面が表示される。


 九門は1年ぶりに、ブログ「雲の筆」の管理画面に入った。

 

「ふぅうう……」

 ひとつ大きく息を吐く。


 かつては毎日何度もアクセスしたこの画面。そして、サクラにとっては1年ぶりに見る九門のこの姿。


 さらに、第三の警察官にとっては、憧れの鬼面ライターがラノベを更新する模様が目の前で展開されているという、夢のような光景だったりもする。

「ちょっとドキドキします……!!」


 パシッ。


 男性警察官がアタマを叩く。

「黙ってろ、バカヤロー……」


 アクセス数の欄には、最近1か月のページビューが表示されている。


―― 262,028,315


 2.6億。


 1年間、1度も更新されていないサイトに、この数字。どれだけ多くの人間が更新を待ち望んでいるのかがよく分かるというもの。


 そういや、毎月ケッコーな金額が入り続けてたもんな。

 おかげで何もしなくても生活できたんだ。

 感謝しなきゃな、このサイトと読者のみんなに。

 

 そして、九門は画面を前に腕を組む。

「………。」


「どうした?」

「九門さん?」

 男性警察官と女性警察官が、様子を窺う。


「……。」

 九門は黙ったまま動かない。


 男性警察官が首をクイッと動かす。

「おい、アレを」


 「ハイ」と返事し、第三の男が1枚の紙を九門に差し出す。

「あの、これ我々で考えたメッセージイメージです。伝えたいことはこういうことですので、ぜひ参考にしてもらえれば…」


 九門、その文書を眺める。 

「……。」


 男性警察官と女性警察官が、改めて依頼する。

「それを全国民に発信してほしいんだ」

「お願いします、九門さん」


 パラッ……。


 九門は用紙をテーブルに置いた。


「……?」


 九門、腕を組む。

「これでは、全員は動かないと思います」


「何……?」

「なぜですか?」


 腕組みのままの九門。

「ああしろ、こうしろ、アレをするな、コレをするな……。なんでこんな上から目線なのか。これじゃ多分ダメですよ。人は動かないし、場合によっては敢えて反発しようとする人間も出てくるかも」


「な、なるほど……」

「確かにそうかもしれませんね……」


 何千万人ものユーザーの心を掴んでいた男、鬼面ライターこと九門大地。いまこの場で彼以上の説得力を持つ男はいない。この空間の主導権を一発で持っていった。もはやいま警察官は、児童が先生を見るような顔で、九門の前に座っている。


 第三の男は目を輝かせている。

「うわぁ、これが鬼面ライターか……」


 女性警察官が切り出す。

「で、では……、もっと丁寧にお願いするような感じでアナウンスするのはどうでしょうか。上から目線の指示に感じる要素をすべて排除して」


 男性警察官が頷く。

「そうか、指示ではなく、お願いをするスタンスか」


「……。」


 動かない九門。ノートPCを前に目を瞑り、腕を組んだまま動かない。


「……。」


 警察官は話すのをやめた。 


 違う。

 そうじゃない。

 上から目線で命令しようが、へりくだって懇願しようが、みんなの心が動くわけじゃない。みんなが動くときっていうのは、そういうことじゃないんだ。

 考えろ、考えるんだ。

 なぜ「異世界バスケ」はああなった?

 なぜあれだけのユーザーの心を掴んだんだ?

 そこにヒントはあるはず。


 1時間が経過した。まだ九門は動かない。


 ブゥゥーーーー。


 5人の熱で室温が上がったのか、エアコンの風の音が少し強くなった。


 周囲の4人はただひたすらに待つ。九門のアクションを、ただ待つ。


「大地君……」

「………。」


 「異世界バスケ」の爆発はそう、夏木修司選手のツイートだった。

 多くのバスケファンに支持される彼が称賛したことが、あのラノベの大きなヒットに繋がったんだ。

 ならば、今回もユーザーを多く抱える俺が言えば、それで人は動くのか。 

 いや、それだけじゃダメだ。

 俺の言葉を全員が見るわけじゃない。

 もっと人から人へ繋がるものがないと。

 ひとりも漏らさず伝えて、分かってもらうんだ。

 夏木選手のツイートから広がった後に起きたことは、なんだった。

 

「……。」


 さらに30分が経過した。

 

 九門が目を開いた。


 共感だ。

 そう、あの主人公は共感を得たんだ。

 輝けずに大人になった主人公に対し、自分もそうだっていう人がたくさんいたんだ。

 共感で人は動いた。

 全員の共感を得るんだ。ひとり残らず。

 どうすればいい。

 考えろ、考えるんだ。


 九門は再び目を閉じた。


「……。」


 さらに1時間が経過した。まだ九門は動かない。長い夜の終わりは見えてこない。


 共感。

 みんなが自分のことと思えること。

 それができれば、人は動く。

 それがファイナルアンサーか、それで信じてもらえるか。

 いや、それで終わりじゃない。その伝え方も考えるんだ。 

 

「……。」


 さらに30分が経過。


 九門は再び目を開けた。


 そしてついに、口を開いた。

「サクラ……」


「……?」


「みんな、分かってるよな」

「え……?」


 腕組みで画面を見つめたまま、九門は続ける。

「いまみんなは、何をしなければならないか分かってるよな。実際に行動に移すかどうかはさておき、どうしなきゃいけないかは、分かってはいるんだよな?」


「うん……、それはみんな絶対に」

「よし……」


 カタカタカタカタカタカタ……。


 九門は、キーボードを叩き始めた。


 未曽有の危機に対しての最後の希望、鬼面ライターが1年ぶりに筆をとった。

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