第84話 みんな笑った

「おーーい、九門ーーー!!」


 野太い声が店内に響く。


「なぁにい?」


 スカしたような声が返される。


「これ、ちょっと食ってくれよ、新作なんだよ」

 強面の店主が「新作」と呼ぶ、揚げ物を差し出す。


「はいよ~」

 パーカーにスウェットパンツの29歳(もうすぐ30歳)が、それを手に取り、口に運ぶ。


 モグモグモグ。


「うん、美味いよ、店長」

 休日の大学生のような格好の九門大地は、笑顔で親指を立てた。


「そうか、これで売上倍増だな」

 店長は、ニヤリと笑った。


 あの夜から2か月、九門大地は、名古屋の蕎麦屋にいた。


 店内のテレビには、復興作業に動く都心の様子が映っている。歴史に残る大型台風によって大打撃を受けた首都圏は、その後即座に復興のフェーズに移った。


 いま、初秋の爽やかな空のもと、都県のあちこちで重機が動き、また各地で大人も子供も汗をかいて動いている。イキイキと。みんな笑顔で。


 日本はあの日、全国民が絶望しても不思議ではないような大災害に遭いながら、しかしその後、誰もが前を向き立ち上がった。「絶対に乗り越えられる」と。


―― 誰も死ななかった


 この事実が、人々に大きな勇気と活力を与えたのだ。


 しばらく電気や水道も通らない状態が続いたにもかかわらず、復興の動きに切り替わるスピードはあっという間だった。


 大変なことが起きた。

 でも自分たちはみんな生きている。

 きっとまた明るい日が返ってくる。

 その日を自分たちで取り戻す。


 誰もが前を向いていた。


 そして九門は、しばらくの間ボランティア活動に精を出していたが、今日は少し羽を伸ばし、久々の名古屋を訪れているところ。


 開店前の蕎麦屋のカウンター、九門とサクラが並んで座り、そのふたりを挟むように、店長と奥さんが座っている。


 店長が「新作」をサクラに差し出す。

「サクラちゃんも食ってよ、これ、自信作だからよ」

「はーい」

 

 奥さんが断りを入れる。

「お世辞はいらないわよ、ホンネでね、ホンネで」 


 モグモグモグ。


「うーん、ちょっとショッパイ」

「ええ……!!?」

「やっぱり? 私もそう思ったのよ」


 店長は眉間にシワを寄せ、九門を睨んだ。

「おいおい、お前の奥さんちょっと辛口じゃねえか? コメントが」


 九門は笑った。

「ははは、いいじゃん、俺にとっては美味かったんだから」


「んだよ、味の趣味がズレてんな、この夫婦は」

「ふふふ」


 サクラの苗字が九門となって半月が経っていた。


 状況が状況だけに、すぐさま挙式とはいかなかったが、少し落ち着いたら派手にやるんだと、サクラは情報収集にチカラを入れている。


 店長がコブシを握る。

「名古屋の挙式といえば、派手で有名だからな。ガツンとやってやんなよ」


 サクラは大きく頷いた。

「うん! 500人くらい呼ぶけん!!」


「おいおい……」


 式は名古屋で挙げることにした。九門の故郷であり、ふたりが出会った地であり、岡山と東京のちょうど真ん中にあるこの街で。


「で、そのあと、岡山と東京でもパーティやるけん!」

「はいはい……」


 みんな笑った。


 店長は、大きく伸びをした。

「ああああ~~~、しかしめでてえことだな。色々あったけどよ、終わりよければすべてよしってやつよ。東京に行ったのは3年前だったっけ? なんだか随分昔のように感じちまうな」


 頬杖の九門。

「どうなんだろうなあ、俺1年くらい冬眠してたからなあ。感覚がよく分かんないや」


「でもよ、生きててよかったよ、みんな」

「うん、よかった」

「お前、ホントによくやったよな」

「ん?」

「自慢したくてたまらねえよ、俺は鬼面ライターと友達なんだぞだって」

「ははは」


「ミラクル鬼面砲かあ……」

「うん、誰が名付けたのか知らないけどさ」



 あの日、九門が放ったメッセージはみんなに届いた。

  

 指示ではダメだろう。お願いしてもダメだろう。どうするべきなのか。


 九門はあの夜、ひたすら考えた。腕を組み、ひたすら考えた。目を瞑り、ひたすら考えた。

 

 そして、信じることにした。


 あの日のメッセージは、2か月経ったいまはもちろん、おそらくは1年後、10年後、もっと未来までも、語り草となっていくことだろう。


 サクラは、スマホを手に取った。画面には、ミラクル鬼面砲のひとつ、「雲の筆」の記事。


-------------


 みなさん、


 3日後、

 生きて会いましょう。


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 かくも短いメッセージだった。


 そして約束は守られた。


 いま、みんなは生きている。

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