第70話 元に戻ってきた

「やったああああーーーーー!!!!!」

「優勝だあああああーーーーーー!!!!!」


 「異世界バスケ」最新話、

 ついに主人公のチームは関東大会を制した。クラブ史上初の快挙だった。すべての勝利が、ほぼ主人公ひとりのチカラによってもたらされたものだったが、しかしチームはこの優勝に沸いた。涙を流すチームメイト、保護者、様々な歓喜の画が主人公の目に飛び込んでくる。


 主人公は思った。

「自分のバスケが人をこんなに喜ばせることができるのか」

「これからはチームのためにバスケをやってもいいのかもしれない」

 彼のなかで、何かが変わりつつあった。


「ふふふ」

 サクラはソファに寝転び、スマホを見ながら微笑んでいた。


「ただいま~~」


 九門が帰ってきた。


「おかえり」

「ん? なんだニヤニヤして」

「んーん、なんでもない」

「んだよ、気持ち悪りいな。まいいや、腹減った、メシ、メシ」

「はーい」


「♪フフフフフーン、フ、フーフン」


 鼻歌で『さくらんぼ』を歌いながらキッチンに向かう。機嫌がいい時の合図だ。


 キッチンからサクラが声を掛ける。

「大地君の会社の本、売れとんじゃろ。あのタピオカのやつ。今日もテレビに会社の人が出とったで」


「あー、そうだね。超儲かっちゃってるよ、あれ」

「凄いなあ、大地君のラノベのおかげじゃな」

「……?」

「そうじゃろ?」


 九門、ニコリ。 

「そうかもな」


 サクラもニコリ。

「ふふふ」


「♪フフフフフーン、フ、フーフン」

 また鼻歌が始まった。よっぽど気分がいいらしい。


 サクラは九門の変化を感じ取っていた。


 あのラノベは九門の心の鏡である。この展開を見るに、なにか引っかかっていたものが取れつつあるのだろう。少しずつ昔の九門に戻ろうとしているのだ。


 週末、

 九門とサクラは、アウトレットモールに買い物に出かけた。サクラ曰く、夏に向けての準備とのことである。


「大地君、どう? これ似合う? それともこっち?」

「あー、似合う、似合う、どっちも」

「全然ちゃんと見とらん。アタシ悩んどるのに」

「じゃあ、どっちも買っちゃえばいいじゃん」

「えーー、それじゃ面白うなーい」

「なんだそりゃ…」


 苦笑いの九門。が、その直後、サクラの向こうに見えた光景に、目を見開く。


 両手でワンピースを持ち、鏡の前で正面を向いたり横を向いたり、いろいろとポーズを変えているサクラ。その向こうに、とんでもなく長い行列が見えた。


「……!!」


 スタッフが持つ待ち時間を表す札には「4時間」と書いてある。


「……。」


 その行列の先にあるのは、いうまでもなく、タピオカだった。


 ドリンク1杯に、4時間の行列。自分のメディアをはじめ、様々な記事・報道で何度も見聞きしてきたものだが、いま目の前にもそれがあった。九門は改めて感じた。自分たちが生み出したムーブメントを。


「サクラ、ゴメン。ちょっと行ってきていい?」

「ん?」


 九門、行列を指さす。

「あれあれ」


「タピオカ? 大地君、あんまり好きじゃないじゃろ」

「買わないよ。見に行くだけ」

「えーー、じゃあこれどっちにすればいいの?」

「ピンクのほう」

「え?」


「ゴメン、ちょっと行ってくる」

 九門は軽く手を上げ、行列のほうに向かって行った。


「じゃあ、最初からピンクって言うてよ」

 サクラは苦笑いしつつ、ピンクのほうを店内用バッグに入れた。


 タピオカを求める長蛇の列。


 いったい何人並んでいるのか、さすがに数える気にはならないが、ともかく凄い状態である。大半が女性、20代前後がメインに見えるが、中高生と思われる層も多い。


 あのラノベからこうなるかあ。

 読者は男のほうが多いはずなのに、全く分からないもんだなあ。


 しばしボーっとした顔で九門は、目の前の現象を眺めていた。


 そのとき、


「昨日、クマダ出てたね」

「あー、見た見た」


「……!?」


 女性3人組の会話が九門の耳に入ってきた。


「なんかさー、ただの雑誌の人なのに、瀬能クンに弄られて、ウザくない?」

「あー、それアタシも思ったー。ムカつくよねー」

「瀬能クンもあんなオバサン相手にしなくていいのにー」


 瀬能クンって、あのジャニーズの瀬能クンか?

 そういえばこないだ編集部に来てたな。

 ってことは、やっぱりこの子たちがいうクマダってのは、熊田さんのことか。

 いや、オバサンって、熊田さんまだ20代だぞ??


「そういえば、クマダtwitterやってるよ」

「えー、ホント? 文句書いてやろっか」

「ハハハ、ちょっとそれキモくない?」


 なんだそりゃ。

 テレビでジャニーズタレントと絡んだだけで、そうなっちゃうのかよ。

 っていうか、ホントに熊田さん有名人なんだな。


 九門は、再びサクラのいる店に戻った。因みに、サクラはまた違う服で悩んでいる模様。先ほど同様、鏡の前でひとりファッションショーを開いている。


「まだやってんのかよ」

「ん?」

「次はTシャツか、どっちも似合ってるよ、どっちも買えよ」

「またそれ~? 悩むのが楽しいのに~」

「なんでだよ」

「ふふふ」


「あ」

「ん?」


「昨日、ウチの会社の人がテレビに出てたんだっけ?」

「あー、出とったよ」

「それ、瀬能クン出てた?」

「あー、出とった、出とった。大地君の会社の人、誘われとったで」

「へ?」


 サクラは、ファッションショーを続けながら九門に内容を伝えた。

「なんか、アタシくらいの年のカワイイ人。瀬能クンに一緒にタピオカ飲みに行こうよ、とか言われとったんよ。んで、女の人が内緒ですよー、とか言って」


「それ、熊田さん?」

「あー、そうそう。クマダって言っとった。最近よう見るよな、あの人」

「うん、ケッコー忙しいみたい」

「ふーん。ああいう人に捕まっちゃイケンで、大地君」

「え?」

「ふふふ、ジョーダンじゃが」


「……。」


 いつもホンワカしてるくせに、こういう時は鋭いのか、コイツ?

 しかし、熊田さん、なんか印象悪いのかな。

 サクラでも「ああいう人」っていうのか。

 twitterとか大丈夫かな。


 空前のビッグウェーブの裏で、小さな別の波が生まれようとしていた。

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