第69話 最大のフィーバーがやってきた
「九門さん、九門さん、ちょっと!」
「は、はい……?」
グイっと手を掴まれ、小会議室に連れていかれる九門。
「ちょ、ちょっと…、なんなんですか」
手を引くのは、佐藤さん。
「いいから来て! ほら、ドア閉めて!」
バタン。
迫力に圧され、言うがままに動く九門。会議室のドアを閉め、佐藤さんとふたりテーブルで向き合う。
「九門さん、さっきのハナシ、ホントなの?」
「え?」
「あの、彼女がタピオカのこと言ってたとかっていう」
「あ~、あれ…。はい、まあそうですね。カワイイみたいですよ、あれ」
「そっか、ホントなんだ…」
「あれ? なんかマズかったですか? あのネタは女子の意見が参考になると思ったんだけど…」
「いや、それはいいのよ、全然」
「はぁ…。じゃあ何が…」
「九門さん、気づいてないの?」
「へ?」
「熊田さん、絶対ショック受けてるよ」
「は?」
「あの子、絶対九門さんのこと好きだもん」
「ひ?」
佐藤さん、タメ息。
「はぁ~、ホントに気づいてなかったのね…。まったく、これだから男って…」
「………。」
思いもしなかったハナシにビックリしつつ、ついでにディスられていることに戸惑いつつ、九門は無言となってしまった。
佐藤さんは、立ち上がった。
「まあ、しょうがないわよね…。九門さんが何か悪いコトしたわけじゃないし。そもそも会議でこの話題出したの部長だったし…。うん、九門さんは悪くない。熊田さんのことは私に任せて。うん、大丈夫。たまには私が九門さんを助けなきゃ」
「は、はぁ……」
よく分からないが、佐藤さんが預かってくれるらしい。
自分は助けてもらう立場になっているらしい。
このあと、九門はいつものラウンジには行かなかった。バッタリ熊田さんに会うのを避けたかった。
あー、なんかヘンな感じになっちゃったぞ。
あんなハナシ聞かなきゃよかった、ていうか、部長が悪いんじゃないか?
さて、途中違うハナシが挟まれてしまったが気を取り直して…、
次なる施策はタピオカの件だ。
当然、鬼面砲の出番である。あの編集部の意気込みを見ると、やはり大爆発をもたらしてあげたい。九門は久々にスーパー鬼面砲のスイッチを押すことを考えた。しかし、どういう風に差し込んだものか。なんかいいキッカケはないものか。
その夜、
PCの前で腕組みの九門。
「うーーーーん…」
目の前には、ブログ「雲の筆」の編集画面。
「どしたん?」
「いや、いいストーリーが思いつかなくて」
「ふーん、大変じゃな、作家の仕事も」
「ははは、仕事じゃないけどな」
そこに、
「はい」
サクラがティーカップを持ってきた。コトっと、PCの横に置く。
「なんだよ、これ」
「ミルクティー、これ飲んだらリラックスするけん」
「しねーよ」
「アタシはするもん」
「だから、甘いのはあんまり得意じゃないって……」
と言いつつ、せっかく出してもらったので(放置するとブーブー言いそうだからな、と思いながら)、口をつけようとカップを持つ。
「あ……!!」
手が止まった。
「ん?」
「サクラは、これ飲んだらリラックスするの?」
「うん、なんか落ち着くというか、癒されるというか」
「サクラだけ? 他にもそういう人いる?」
「うん、わりといるよ。料理教室の人もそう言ってたし」
九門、再び腕を組み、今度は何度も頷く。
「なるほど、なるほど、ミルクティーね。そういえば……」
「……??」
そして1週間後、スーパー鬼面砲が放たれた。
編集部のサイトが「次なるブーム」として、「タピオカミルクティー」を紹介。写真映えするカップ、さらには一緒に撮ると見栄えのいいスポット・背景なども合わせ、大々的に取り上げた。
その後、その記事を拾うようなカタチで「異世界バスケ」にも登場。悩める主人公が体育館の隅でボーっと座っているところに、リラックスしなよと、そのドリンクが差し出される。「なに、このマメみたいなの」とブツブツ言いながらそれを飲む主人公、瞬間「美味い!」とビックリ。
その後、主人公は気分を落ち着かせたいときにはタピオカミルクティーを飲むようになる。そして、それを見た周囲の女性陣がいっせいに飛びつく。彼女たちの合言葉は「カワイイ」と「癒される」だった。
このシーンが、読者に刺さった。
「今日は疲れたから、ご褒美にタピオカミルクティー」
「モヤモヤするから昼休みにタピオカ飲みにきた」
「タピオカ飲んだら、イヤなこと全部ふっとんだー」
編集部の狙い通り、爆発的に写真が拡がり始める。twitterもインスタグラムも、タピオカミルクティーの写真で溢れかえっている。まさに空前のブーム到来である。
「来てる、来てる!! 凄いことになってるよ!!!」
「これは紛れもない一大ブームだ……!!!」
歓喜の編集部。
火付け役として日本中の注目を集めた彼らのサイトは、史上最高のトラフィックを記録。事前に準備していた「タピオカだいすき!」というムック本は飛ぶように売れた。
ブーム到来の瞬間にムック本を出せたのは彼らだけだった。周囲のメディアにとっては突然やって来たこの爆発も、彼ら編集部にとっては「そうなるように仕掛けた結果」であり、予めすべての準備が整っていたのだ。
テレビ番組が次々に編集部を取材に来た。露出が繰り返されるにつれ、佐藤さんと熊田さんはちょっと有名になってしまった。街を歩いていると、声を掛けられたりスマホ(カメラ)を向けられたりもするらしい。
編集部に、かつての全盛期を遥かに上回る波がやってきた。
まさに史上最大のフィーバーだった。
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