第68話 ネタのタネが現れた
6月、
編集部は絶好調だった。
「おおおおーーー!! 来た来た来た!!」
「また跳ねるぞコレ!! リンクを設置してPVを拡げろ!」
「よし、今週の会議で次の戦略をまとめよう!」
九門の復帰から勢いを取り戻した彼らは、4月・5月から順調に数字を上げていた。サイトのトラフィック、売上・利益ともに、再び上昇気流に乗り始めている。
鬼面砲から数字を作る必殺パターンが、繰り返し炸裂する。影響力を取り戻した彼らのメディアには、また広告掲載の問い合わせが増え始める。営業チームから合田課長にバンバン電話がかかってくる。
合田さんの隣で笑顔の佐藤さん。
「鳴りっぱなしですね、合田さんの電話」
「ははは、メールを見落とすとすぐかかってきてさ」
「嬉しい悲鳴じゃないですか」
「ああ、ありがたいことだよ」
そして、いつものラウンジ。
「絶好調ですよ、九門さん」
「ん?」
ソファでコーヒータイム中の九門に声をかけたのは、いつものとおり熊田さんだった。
「隣、座っていいですか?」
「あ、どうぞどうぞ」
「数字ドンドン上がってます。私、いま本当に毎日の仕事が楽しいです」
「そっか、それはよかった」
「メディアの仕事って面白いですね。この会社に入ってよかった」
「うん」
「あの…」
「ん?」
「私、ひとつ狙ってみたいネタがあって…」
「ネタ?」
「もしかしたら凄く流行るんじゃないかって思ってるんです」
「へえ~、聞かせてよ。やり甲斐ありそうじゃん」
その夜、九門自宅。
「何それ?」
九門が持って帰ってきた「それ」を見て、キョトンとするサクラ。
「ああ、ネタのタネだよ」
「ネタのタネ?」
ダイニングテーブルには、紅茶が入った透明カップが置かれている。が、普通の紅茶とは少し違う。なにやら黒い球体状のものが底にたくさん潜んでいる。
「何これ? 豆?」
「ははは、俺はカエルの卵に見えたけどな」
「うわっ、気持ち悪っ」
「タピオカだよ」
「タピオカ? 中華料理で出るやつ? ん? 台湾料理だっけ?」
「そうそう、昔ココナッツミルクに入ったやつ流行ったよな」
「うん」
「これがさ、ウチの編集部員が、また流行りそうだって言っててさ」
「ふーん」
「で、もらってきたってワケ」
そしてノートPCを拡げる。いつもの執筆の準備。
「あ、それ飲んでいいよ。俺甘いのあんまり好きじゃないし」
「わー、ありがとー」
カタカタカタカタ……。
ブログの管理画面を開き、「異世界バスケ」の更新を始める九門。いまは決して気持ちの乗る展開ではないが、読者の支持を得続けるためには、定期的な更新が欠かせない。
ここからどう立ち直って主人公とチームがまた上向いていくか。
それが見せ場だろうからな。
結構大事な場面だよな、ここ。
さて、どうしたもんか。
なかなかいい案が思い浮かばず、すぐにキーボードを叩く手が止まる。
そのとき、
パシャ、パシャ、パシャ!
「……!?」
ダイニングテーブルからカメラのシャッター音が聴こえてきた。目を向けると、サクラが例のタピオカ入りの紅茶の写真を撮っている。
「何してんの?」
「ん?」
「写真?」
「うん。なんかコレ見とったらカワイイ気がしてきたんよ」
「へ? カエルの卵が?」
「なんか、カワイくない?」
「いや、全然分かんない」
パシャ、パシャ、パシャ!
様々な角度から撮影を続けるサクラ。
「えー、なんでー? 分からんかなあ。でも、もうちょっとカップがカワイかったらええのにな、これ」
これが、カワイイ……。
女子にはそう写るのか……。
「大地君の背中も一緒に撮っといたよ」
「なんでだよ」
「ふふふ」
そして翌日、
「えええーーー? これカワイイかあ!!?」
「なんでですか? カワイイじゃないですか」
「全然分かんないよ」
「分からないのが分からないですよ」
会議は盛り上がった。このタピオカ入りの紅茶に対して、意見が二分。完全に「男子vs女子」の構図。
眉間にシワの部長。
「うーん、これがホントに流行るかねえ……」
熊田さんは譲らない。佐藤さんも同意見。
「カワイイし、美味しいし、絶対女子は好きですよ」
「ねー」
合田さんは首をかしげる。
「そうなのかなあ…、九門君どう思う?」
九門、ニコリ。
「イケけるんじゃないすか?」
「え……!!?」
「九門さん!!」
九門、カップを手に取る。
「いや、実は僕もコレがどうカワイイのかはよく分かってないですけど、女の子が好きそうなのは、昨日分かったんで」
腕組みの部長。
「昨日? なんだ、彼女がそう言ってたとかそういうことか?」
「あー、まあそんなところで」
「……!?」
一瞬、目を見開く熊田さん。
九門、続ける。
「あ、そういや、カップの見栄えが良かったら、もっとイイんじゃないかってハナシですよ。あれじゃないすか『映え』ってやつじゃないすか?」
佐藤さんがパンと手を叩く。
「あ、それ、その通りかも! ね、熊田さん」
「……。」
「熊田さん?」
「は、はい……! そうですね、カップですね」
合田さんがまとめる。
「うーん、女性陣がみんなそう言うなら、ちょっと仕掛けてみようか。じゃあコイツを出してる店を取材して、カップの件もこっちから提案してみよう。いいのを出してくれる店があるかもしれない。手応えがあったら、どこかメーカーと話して、これ用のカップでも作ってもらっちゃうか」
部長、頷く。
「なるほど。じゃあSNSの数字を狙って、写真の撮り方なんかも企画として考えてみるか。そこがこのネタのキモになりそうだからな」
合田さんは完全に戦闘モードに。
「よし、もう腹くくった。じゃあ流行る前提でムック本も準備しとくか」
佐藤さんは大喜び。
「わあ、面白そう! それが出来たら、完全にウチが火付け役ですね!」
合田、ニコリ。
「ウチはそういう媒体でしょ、ブームを仕掛けなきゃ。ね、九門君」
九門もニコリ。
「ええ、やりましょう」
2年前のとある日、九門達の編集部はタピオカに目を付けた。
その後、編集部史上最大の波がやってくる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます