第67話 もう一度救った

「九門大地です。改めてよろしくお願いします」


 4月、

 編集部の会議は、九門の挨拶から始まった。


 大きな拍手が起こった。

「よっ、おかえり!!」なんていう粋な声も。


 佐藤さんと熊田さんは、両手で顔を覆い泣いていた。それを見て「おいおい」と苦笑いなのは、部長こと元・課長。もらい泣きしそうな顔なのは、課長こと合田さん。


 この新たな部長と課長、そして帰ってきた九門、新体制の編集部がこの日から始動。会議の議長は、合田さんだ。

「さあ、始めよう」


「よろしくお願いします!」


 かくして新年度最初の会議は、全盛期と同様とまではいえないが、参加者各々から声が飛ぶ活発な場となり、前向きで良好な空気のなか終えることとなった。


 会議後、いつものラウンジ。


「いや~、やっぱり違うよ、九門君がいると」

「ん?」


 自販機でコーヒーを取る九門の横に、合田さんの姿。


「久しぶりだったなあ、あんなにみんなが喋る会議は」

「俺が怖いこと言わなかったからですかね」

「ははは、違う違う。九門君が帰ってきたことへの期待感だよ」

「そっか、そういうことなら頑張んなきゃ」


「九門君」

 コーヒーの缶を九門の前に差し出す。


「え?」

「乾杯」

「これで?」

「何でもいいんだよ、こういうのは」


 カチッ。

 互いに缶をぶつけ合った。そして、互いにニコリと笑った。


 その後、九門は小さな会議室へ場所を移し、熊田さんにここ数か月の数字を見せてもらった。


「こんなに落ちちゃったんですよ」

 熊田さんが持ってきた資料には、美しいまでに右肩下がりの折れ線グラフ。


「そっか……」

「取り戻さなきゃ、あの頃の数字を。ね、九門さん」


 数字を見れば明らかである。急激な衰退は、彼らの記事が鬼面砲のウェーブから漏れ続けていることが原因だ。解析ツールのグラフは、SNSからの流入が大きく減少していることをハッキリと示している。つまり外部要因によるものであり、本来ならば取り戻すのは容易なことではない。が、実はそうではない。


 鬼面砲の発射スイッチを押せる人間が、いまここにいるのだから。


「うん、なんとかするよ」

「はい、頑張りましょう」


 この数か月間、編集部のメディアと九門のブログは、全く異なる成長曲線を描いていた。


 編集部が数値の減少に頭を悩ませ続けた一方で、九門が個人的に構築する数値は上昇し続けていたのである。そう、九門がルールを破ったことにより。ときに何かに対しネガティブな意見も発し始めた鬼面ライターは、さらに影響力を拡大していた。


 そしていま、その強力なウェポンを引っ提げ、九門が編集部に帰ってきている。逆転劇は、可能だった。


 3日後、


「よーーっし、来たあああああーーーー!!!!」


 合田さんの声が編集部のフロアに響いた。普段大きな声を出すタイプではないのだが、このときばかりは興奮を抑えることが出来なかった。


 何か月ぶりかという、鬼面砲炸裂。部長(元・課長)も思わずガッツポーズ。そして、佐藤さんも熊田さんも手を叩いて喜んでいる。


「一気に来てますよ!! これは記事1本で300万PV以上は堅いでしょう!!」

 WEBチームが笑顔で数字を確認している。


 合田さんが九門の手を取る。

「九門君、やったよ!!!」

「はい!」


 熊田さんがまた両手で顔を覆っている。奮える両肩に佐藤さんが手を添えている。


「すごい……、九門さん、本当にすごい……」

「そうね、やっぱり彼が救ってくれたわね」

「九門さん、ありがとう……」


「……。」

 しかし九門は、拍手と歓声がこだまするフロアから、ひとり外へ。


 合田さんの声に威勢よく返事はしたものの、どこか気持ち悪いものがあった。なんというか、素直に喜べない。みんなの喜ぶ顔は嬉しいのだが、その場に一緒にいちゃダメな気がした。


 その日更新された「異世界バスケ」で、主人公はチームの練習に戻ってきた。この日から仲間たちの関係性は改善され始める。互いに声を掛け合い、パスが行き交うチームバスケに戻ってきた。試合でも会心の勝利が続いた。


 だが、主人公は、どこか虚しい気分で拍手を受けていた。


「もっと素直に喜びゃええのに」

「ん?」


 いつものようにアイス(ガリガリ君)をかじりながら、最新話の感想を述べるサクラ。

「せっかく試合に勝ったんじゃけん、こんな暗くならんでええじゃろ」


「うーん、でもさ、何が正しいのか分かんないんだよ」

「正しい……?」

「これって、ホントにチームが強くなってるって言えるのかなあ」

「……?」


 九門、ソファに寝転がる。天井を眺めるいつものポーズ。

「結局さ、パスを回してはいても、最終的にはコイツがひとりで勝負を決めてんだよね。雰囲気は良くなったけど、実質は変わってないんだよ。周りが誰だろうと関係ないんだもん、ぶっちゃけ。コイツがいれば勝つんだもん」


「そう……」

「どうしよっかなあ、もっと強い奴でも登場させちゃおうかなあ」

「……。」


 九門の表情は前より随分良くなった。


 だが、元に戻ったわけではなかった。

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