第63話 収入源を失った
―― ステルスマーケティング
略称の「ステマ」のほうが、世に浸透しているだろうか。
掲載・配信にあたっての費用を受け取っていながら、それを明示せず、つまり「これは広告です」とは言わずに、露出することである。
業界内ではご法度、場合によっては違法ともされるこの行為は、制度が整うまでは、あるいは業界内で大きく問題視される前までは、実は多くの場で行われていた。
とあるグルメ情報サイトで1位になったお店が、実は金で1位を買っていた、とか、とあるテレビ番組で芸能人がおすすめしたコスメ、これも実は広告だった、とか。
では、九門はやっていたか。
やっていた。
鬼面ライターは、広告代理店から金を受け取り、作品内で商品露出を行ったことがある。その際、掲載ページに、これが広告企画であるとは明示していない。完全なステマである。
件の広告代理店からのメールは「絶対に言わないでください」という依頼だった。
おそらく九門のラノベが疑われる可能性があるのだろう。業界内に「鬼面砲」なんていうホットワードまで生み出してしまった媒体である。そこに広告のニオイを感じるのは何ら不自然ではない。
ノートPCの前で固まる九門。心臓がバクバクと音を立て始める。イヤな汗が腋を伝う。
代理店は「一切やっていない」で乗り切るつもりのようだ。となると、九門から漏れるのを防がねばならない。おそらく代理店は、広告展開を依頼してきた企業、つまりクライアントにも言っていないのだ。いまは、隠ぺいの一手なのだ。
九門は「分かりました。言いません」と返事を送った。
明るみになるのは、自分にとっても都合が悪い。もしそうなったら自分の作品からユーザーが離れるのは間違いない。ここはもう黙っておくしかない。
正直、今回は何とかなるだろう。
言わなければ分からないことだ。
だが、今後広告企画はもうできない。
いや、明示すればできるのだが、作品内でそうするのは、さすがに難しい。
「ここからは広告です」なんて文中に書いたりしたら、せっかく没入して読んでくれている読者はどうなるか。
ブログ「雲の筆」内の日記型記事であれば明示しての露出展開も可能だが、それは業界では「中鬼面砲」と呼ばれるクラスであり、かつてよりユーザーの注目は集めているものの、あのときのような大金が動くことはない。
九門は、収益を作るための強力な武器をひとつ失った。
ノートPCを閉じ、ソファに寝転び、大きなタメ息をついた。
「ふぅーーーーー」
あんな大きなお金がもらえることはもうないのかな。
まあしょうがないか。いままでがあまりにも順調すぎたんだ。
しょうがない。それでも毎月のトラフィックで作っている広告売上があるんだ。
「なんか疲れとる?」
新しいカメラで料理の写真を撮りながら、サクラが問う。
「ん?」
「すごい大きいタメ息ついとるで」
「うん、大丈夫。ちょっと仕事で色々あって」
「ふーん」
九門、天井を見つめながら再び考える。
税金がどうなるかが、また不安になってきた。
もし納税したあと貯蓄がほとんどなくなったら……。
去年の収入が大きいことから今年の税金はかなり高くなることは分かっている。
貯蓄がないうえに毎月の税金まで増えたら、結婚資金は……。
去年の間にかなり生活スタイルが変わってしまった。
欲しいものは何でも買ってきた。
趣味に費やす金額は激増してしまっている。
いきなり全部やめるなんて難しい、っていうか、やめたくない。
もしかしたら、毎月のネットワーク広告収入だけじゃ足りないんじゃないか。
あのときのような大きな企画がなくなると、いまの生活を維持できないんじゃないか。
何かないのか、新しく収益を作る方法は……。
「あ……!!!!!!」
ガバッと体を起こす。
あった。
カタカタカタカタ……。
九門は、ノートPCを再び開き、メールを送った。
宛先は滑川さん。
「先日の書籍化の件、またお話しできないでしょうか」
そういえば、こないだのラウンジでも、また鬼面ライターに連絡するとか話してたじゃないか。
そこにこっちから連絡が入ったとなりゃ大喜びだろ、スネ夫君。
じゃなくて、滑川さん。
滑川さんからの返事はすぐに来た。
さすが我が社の編集者、動きが早い。
いや、この働き方改革の時代、夜遅くに会社のメールを見ていることを手放しで賞賛したくはないが。
ともあれ、返事がすぐに来た。ありがたい。
だが、その返信を見て、九門は固まった。
「少し時間をください」
「え…!?」
思わず声が出た九門。
「……!?」
カメラを持つ手が止まるサクラ。
どういうことだ?
こっちが何度断ってもあんなに喰い下がってきたのに。
ラウンジでもまた連絡するって言ってたじゃないか。
他にツバつけられないように、とか。
そのラウンジの会話を思い出す九門。
そういえばあの会話には続きがあったな。たしか……
―― でも、どうなんですかね、あの件もあるし
―― うーん、確かにウチが火傷する可能性もあるんだよな
―― 他が声かけてないのも、アレのせいだと思うんだよね
「あ……!!!」
また声が出た。
「…?」
サクラは、じっと九門を見ている。
さっきの代理店からのメールと繋がった。
「あ…!! ああ…!!!」
「大地くん……?」
そうか、そうだったのか。
自分のステマが問題になっていたんだ。
書籍化の相談が全然来なかったのもそれだったんだ。
お見合いなんておかしいと思っていた。
いま合点がいった。いってしまった。
ノートPCを畳んだ九門は、またもや大きなタメ息。
「ふぅーーーーー」
ということは、書籍化も難しいのか。
このステマ騒動で、自分は大きな収益源をふたつ同時に失ったということなのか。
ちょっと待て。
なんだよこれ。
あんなに全部上手くいっていたのに。
あんなに金が入ってきていたのに、なぜ、いまいきなり追い詰められてるんだ?
なんだよこれ。
なんなんだよ。
なんなんだよ。
九門は蕎麦屋に行きたくなった。だが、ここは東京だった。
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