第61話 税金のハナシをした

 年が明け、1月1日。


 九門とサクラは、岡山へ向かう新幹線に乗っていた。

 

 年越しは九門実家、その後はサクラ実家という流れである。東京から名古屋はクルマで、名古屋から岡山は新幹線で。


 少し頑張ればクルマで岡山に行くこともできるのだが(とはいえ名古屋から6時間ほどかかるが)、あんなものを見せたらサクラ父が余計に心配するだろうと考え、九門は新幹線を選択し予め切符を買っていた。


 切符を買っておいて正解だった。

 自分の父親の反応を見る限り、あれは相当不安にさせてしまうらしい。

 自分の親ならまだしも、サクラの親を過剰に心配させたくはない。

 それに、クルマを見ると自分も税金の話を思い出して、ちょっと気が沈んでしまう。


 九門はあの会話の後、自分の残高を確かめたが、なんとなく納税は出来そうな数字に見えた。だが、ちゃんと計算はしていない。店長に紹介してもらった税理士に会って話してみなければ。


 と言いつつ、この正月の間は一旦忘れよう。

 難しい話は先送り。


 だから、クルマも見ないカタチになっていてよかった、というわけだ。


「おお~、おかえり~」

「明けましておめでとう~」


 サクラの両親は、ふたりの帰省をよほど楽しみにしていたのであろう。また寿司が出てきた。ちょっと高そうなやつだ。


 そして、3月に名古屋に帰った時と同じことを、サクラの親にも言われた。


「あら、大地君、顔変わった?」

「え?」


 4人での食事中、結婚の時期についての話になった。


「秋くらいがええんかのう」

「そうじゃね、夏休みに準備もできるけんね」


「あたしはいつでもいーー」


 そういえば、両家公認でふたりで暮らしていながら、具体的な日取りは全く話していなかった。東京でしっかり暮らしていけるようになったら話そうと思っていたのだった。


「うーん、俺もいつもでいいかな」

 こないだまでは本当にいつでもいいと思っていた。お金には随分余裕があり、困っていることは何もないと。


 でも、いまはちょっと違う。

 税金を払えるのか。

 払えたとしても、そのあと結婚資金はちゃんと残っているのか。

 このへん不透明だ。


 九門はその場しのぎの返事をしておいた。

「秋くらいで一旦考えてみますよ。また連絡しますね」


 夜、サクラの部屋で、ふたり布団を並べて会話。


「オレ、名古屋で暮らすほうが気楽でいいんだよね」

「え?」

「東京って疲れることが多くてさ」

「そうなん?」

「もしまた名古屋に戻るってなったら、どう思う?」

「うーん、せっかくアッチで友達できたし……」

「あ~、そうだったな……」

「料理教室も、写真教室も……」

「うん」


 サクラは東京で新しいコミュニティを作れている。

 あのハマり方を見る限り、よほど料理と写真が楽しいのだろう。

 インスタのフォロワーもさらに増えているようだし。

 名古屋から移ってきてしばらく孤独な時期を過ごし、やっとできた新しい楽しみだ。

 それをまたリセットさせるのは酷な話かもしれない。


「まあ、例えばの話だよ、実際、異動の話なんて出てないし」

「うん」


 いまは転勤のことは忘れよう。

 東京に戻ったら久々にラノベを更新しようかな。

 年末年始にかなり休んじゃってるから、みんなイライラしてるだろうし。


 っと、その前に名古屋だ。

 一度税理士さんに会っておかないと。


 2日後、

 東京への帰り道、クルマのピックアップのために名古屋で降りた九門は、その足で税理士さんを訪ねた。途中、サクラを友人の家に送り、約束した喫茶店へ。

 

「初めまして、九門です。この度は急なお願いでスミマセン」

「いえいえ、大丈夫ですよ。いつも店長にはお世話になっています」

 

 喫茶店のテーブルには、昨年分の源泉徴収票と、ブログ管理会社や広告代理店からの入金メールの出力が並んでいる。


「なるほど。確かにこの収入ですと、このまま申告すると相当な納税額になりますね。経費にできそうなもの、その証憑しょうひょうとなるものは何かないですか?」

 メガネがよく似合う、いかにも優しい感じのその税理士さんは、無知な九門の相談に、丁寧に対応してくれた。1月3日なんていう、普通なら働きたくない日に会ってくれていることといい、さすがあの店長の相手をしている方だ、そのおおらかさに人間の大きさを感じる。


「証憑って領収書やレシートのことですよね……。いや、全然……」

「そうですか。普段の買物はカードですか? 現金ですか?」

「大きなものはカードが多いです」

「遠出する際の交通や宿泊は、オンラインで予約してます?」

「はい、そうですね」


 税理士さん、ニコリ。

「なるほど。でしたら、決済確認のメールとかまだ残っていますよね。そういう履歴を確認できるものを一度用意してください。ほかにも購入の証拠になるものは何でも。とにかく揃えてみてください。『これは経費にならないだろう』と思うものでもです。九門さんの場合は認められやすいですから」


「そうなんですか?」


 税理士さんが優しく頷く。 

「多くのものが『取材のため』と説明できそうです。例えば、電車代やガソリン代なんかも。ご自宅の面積のうち何割かを業務スペースとして経費処理することもできます。おクルマの購入費も数割を回せるでしょう。やれることは幾らでもありますから、お任せください」


「ありがとうございます! 助かります!」

「ほかならぬ店長のお願いですから。お力になれる部分はお助けしますよ」


 九門はすっと身体が軽くなる感覚を覚えた。まだ大きな解決に至ったわけではないが、自分を助けてくれる人がいる、ということ自体に随分救われた。


 税理士さんは最後にこんな話もしてくれた。

「本当は法人を立てたほうが、色んな面で有利です。またお時間があるときにお話ししましょう」


 法人?


 会社を作るってことか? 

 確かに聞いたことがある。

 芸能人やスポーツ選手が節税のために個人で会社を立てるというハナシ。

 まあ、そんな大きなハナシはまた来年でいいや。

 今回はとにかく納税額が下がればそれでいい。


 その後、九門は自家用車で東京に戻った。普段なら4~5時間程度のドライブのはずだが、帰省ラッシュの渋滞で7時間もかかった。


 あ、この交通費もちゃんと証憑残しておかなきゃ。

 来年また使うんだ。


 自宅に着くころには、日付が変わっていた。明日(正確には今日)から、また仕事である。


 例年この日は、いわゆる「サザエさん症候群」的に少々憂鬱になるものだったが、バブルの真っただ中にいる九門は随分冷めた気分で布団に入った。

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