第60話 お金のことを聞かれた

「いいクルマだな、あれ。いくらしたんだ?」



 九門実家のリビングルーム、

 九門父は、久々に帰省した息子に問うた。


「うーん、まあまあしたよ」

「よく買えたな、あんなの」

「うん、まあ頑張ってるから」


 九門父は、少々苦い顔。

「まあお前も大人だから、自分の判断で生きていけばいいが、お金は大事だからな。忘れるんじゃないぞ」


 そんな言葉をかけられ、九門も少々苦い顔。

「分かってるよ」


「サクラちゃんに苦労をかけるんじゃないぞ」

「だから、分かってるって」


 サクラは九門母と一緒にキッチンに立っている。そのキッチンから九門母の声が聴こえてくる。

「わあ、スゴイじゃない! サクラちゃん、お料理上手ねえ」


「ん?」


「ああ、なんかハマってんだって、料理に」

「そうか…」


「お待たせしました~」

 キッチンから見た目も豪華な料理が運ばれてくる。いわゆる「インスタ映え」というやつだ。


 ニコニコの九門母。

「お料理教室で頑張ってるんだって。凄いわよ、サクラちゃん」


 得意げな表情のサクラ。

「ふふふ」


 余計に渋い顔になる九門父。

「……。」


 しばし呆然とした後、コソコソと九門の耳元で問う。

「おい、それもお金がかかるんじゃないのか……? 大丈夫か?」


 九門は、跳ねのけるような仕草と共に返答。

「だから大丈夫だって。子供じゃないんだから放っといてくれよ」


 実はその後写真教室にも通い始めたなんて、もう絶対に言えない。


 食事後、九門の部屋。


 ふたり布団を並べ、天井を見ながら会話を交わす。


「今日はいちいちうるさかったなあ、父さん……」

「どうしたん?」

「金は大丈夫なのか、って何度も。大丈夫だっつーのに」

「でも、あのこと知らんと、そうなるじゃろ」

「まあ、そうか……。でも言いたくないなあ、面倒くさいし」

「うん……」


 そして翌日、

 名古屋時代の編集部の仲間との呑み会が催された。


 編集長は今日も豪快。

「おうおう、元気か、九門!!」

「っす!! モチロンっす!!」


 ケンさんはいつも褒めてくれる。

「東京で大活躍だって、相変わらずの評判だよ」

「どーもっす!! 頑張ってるっす!!」


 編集長がジョッキを掲げた。

「よーーっし、呑め呑め、スーパーヒーロー!!」


「カンパーーーーイ!!!!!」


 ああ、これだ。この感じ。

 やっぱり名古屋はいいなあ。

 なんなら、またこっちで仕事してもいいかもなあ。

 ラノベはどこでだって書けるし。

 名古屋ならあのしょうもない東京の会議にも出なくていいし。

 異動の相談でもしてみるか。

 今度サクラと話してみようかな。


 さらにその翌日、

 ふたりで蕎麦屋へ。


「ガッハッハ、よく来たな、まあ呑め呑め!!」

編集長とほとんど同じノリの店長。


「だから、クルマだっつーのに!」


「また泊まりゃいいんだよ、なあサクラちゃん」

「うーん、今日はダメーーー」

「なんだなんだ、堅てえこと言うなよ」

「コラ、サクラちゃんの言うこと聞きなさい」

「へいへい」

「へいは1回! ていうか、ハイでしょ!!」


 そうだよ、これだよこれ。

 やっぱり名古屋はいいなあ。


 異動したい思いがさらに強くなる。


 あのラノベがあれば全然生きていけるんだ。

 東京の仕事にこだわる必要はどこにもない。

 自分はこの雰囲気のほうが好きだ。


 そして2時間後、


「グーーーーー」

 サクラはイビキをかき始めた。


  おいおい、人の酒は止めておいて、自分はこれかよ。


「ガッハッハ、まあ運転はお前なんだから、いいだろう」

「まあ、そうだけどさ」

「いいクルマ買ったんだなあ、お前」

「うん、まあね」

「アッチがちょっと儲かってんのか」

「あ、そうそう。おかげさまで」


 そう、店長とはこの話ができる。

 隠し事がないのはいいことだ。

 こういう人がいるのって大事だ。


 再び名古屋への思いが強くなる。


 そのとき、店長が思い出したように聞く。

「あ、お前ちゃんと金は手元に残してるだろうな?」


「ん??」

「全部使っちまったら痛い目に遭うぞ」

「まあ、ちゃんと貯金はあるけど、なんで??」

「バカヤロー、税金ってもんがあるだろ。確定申告だよ」

「……!!?」


―― 税金


 完全にアタマから抜け落ちていた。

 そうだった。

 

 正社員になって忘れてしまっていたが、金を得たらそれは申告しなければならない。納税は国民の義務である。


 九門は名古屋時代、アルバイトと正社員の間に、フリーランスの時期を少し過ごしている。そこで確定申告をやったことはあった。もっとも当時の収入はちっぽけなものだったので、税金を納めるというより還付金で取り戻すためにやっていたのだが。


 店長、ふいに真面目な顔になる。

「お前、本当に大丈夫か? いくら稼いでるか知らねえが、年収がデカいと納税の額もデカくなるのは分かってるよな?」


「うん……」


 そういえば聞いたことがある。

 大幅な年俸ダウンを提示されたスポーツ選手がその後破産した話とか。


 たとえば、3億円プレイヤーの年俸が1億円になったとき、よく何も分かっていない人間が「それでも1億あるじゃん」というのだが、それは大きな間違い。その選手は「3億円を得た」分の税金を翌年納めねばならず、それは1億円を遥かに上回る。そう、これから得る1億円なんて、前年の税金1発でぶっ飛ぶのだ。


 九門はイヤな汗をかき始めた。


 残高なんかしばらく見ていない。

 本当に税金を払えるだけの額を残しているのだろうか。

 クルマだカメラだなんだと、結構買ってしまったぞ。


「俺がお世話になってる税理士を紹介するからよ、ちょっと話してみろ」

「うん、助かるよ、ありがとう」


 いま気づくことができてよかった。

 店長がいてくれてよかった。

 やっぱり名古屋はいい。


 名古屋への思い、さらにアップ。


 同時に父の言葉が思い出された。


―― お金は大事だからな。忘れるんじゃないぞ

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