第59話 世の中を操り始めた

 鬼面ライターこと九門大地が運営するブログ「雲の筆」には、大きく分けて3つのカテゴリーがある。


 ひとつは、大人気ライトノベル「異世界バスケ」、

 もうひとつは、そのスピンオフ連載「異世界バスケ ZERO」、

 そしてもうひとつは、鬼面ライターが気ままに書く日記。


 この3つ目のカテゴリーである日記は、さらにふたつのジャンルに分けられる。


 ひとつは、自分の日常を書く、文字通りの「日記」。

 もうひとつは、最近の話題・出来事についてアレコレ述べる、評論家のような記事。


 もともと大きな支持を得ているのは、もちろんラノベだったが、この「評論家のような記事」が昨今の「イセバス バブル」のなか、次第に注目を集めるようになっていた。


 いってみれば、芸能界の御意見番のようなポジションだろうか。何かが起こると「鬼面ライターは何と言うだろうか」と世間がこぞって彼の記事を見に来るのである。


 だが、芸能界の御意見番と少し違うのは、鬼面ライターはほとんどディスらない、ということだった。


 彼には苦い経験があった。まだ今のような規模になる前、ひとりのバスケ選手のプレイに物言いをつけたときの、あの騒ぎ。九門にとっては、あれがトラウマのようになっていた。あれ以来、人を傷つけてはいけない、というのが九門の中のルールとなっていた。


 それがまた世間からは好印象だったらしい。テレビのワイドショー番組で出演者が好き勝手な意見を言っている(ように見える)なか、鬼面ライターはそうじゃないと。このコントラストにより、鬼面ライターのクリーンなイメージと影響力はさらに向上していった。


 そのチカラは絶大だった。


 鬼面ライターが褒めた役者は、その後に映画主演の座を勝ち取る。

 鬼面ライターが称賛したスポーツ選手は、日本代表候補リストに載る。

 鬼面ライターが絶賛したゲームソフトは、即刻品切れとなる。


「空を自由に飛びたいな」といえば、タケコプターを出してくれるドラえもんのように、鬼面ライターは九門の思い描くものを実現し続けた。


 もうなんだって出来る。

 この国の流行を作っているのは自分だ。

 その気になれば自分は好きなように日本を動かせるんじゃないか。

 いつか自分がこの国の危機を救う日なんてのも来ちゃったりして。

 まあ、さすがに国をぶっ壊す日は来ないと思うけどさ。


 まさしく絶好調。このうえない上機嫌、あるいは有頂天の毎日。


 いうまでもなく、鬼面ライターは九門大地である。だがこの鬼面ライターというキャラクターは、チカラを増せば増すほど九門本人から離れた存在となりつつもあった。


 大きなチカラを持つ、もうひとりの自分。鬼面ライターに書かせれば全てが叶う。そう、のび太君にとってのドラえもんのような存在。それが、鬼面ライターだった。


 はたして、この急成長を遂げた鬼面ライターという存在は、九門の私生活にも影響を及ぼすこととなる。もうひとりの自分が、本丸を侵食し始めたのだ。


「何を言っているのかわかりません」


 会議室がシーンと静まり返った。


 会社の役員を相手に、九門は冷たい目で言い放った。

「この企画、意味が分かりませんよ。適当な事業はやめましょうよ。皆さん、ちゃんと考えてるんですか?」


 社内で最も好調な部門のエースである九門は、全社プロジェクトを議論するような大きな会議にしばしば呼ばれていたが、ついにはこんな発言をするようになっていた。


 ニュートラルに見て、おおむね九門が言っていることは正しかった。だが、それをそのまま言わないのが、なんというか大人の世界。だが、怖いものなしの九門には関係ない。


 そんなものはクソくらえだ。会社なんてクビになったって構わない。自分には鬼面ライターがいる。おかしいことはおかしいと言う。必要ならば分かりやすく反抗する。



「九門君、あれは言い過ぎだよ」


 会議後、小さな部屋に呼ばれ、部長からちょっとしたお説教をいただく九門。


「僕は間違ったことは言ってないですよ」

「そうかもしれないけど、言い方ってあるじゃん」

「そんなこと言ったら、部長こそ僕が異動してきた頃なんて酷かったですよ」

「……!?」

「どうなんですか?」

「いや、でも今日の会議の相手は役員だから」


「はぁ~」


 九門、タメ息と共に返す。

「人によって態度変えるのもどうかと思いますけど。あの時僕に言ったみたいに部長も役員に言ってやってくださいよ。そんな考えは通用しないって、WEBは甘くないって」


「……。」


 その後、いつものラウンジのソファに腰掛けてコーヒータイムの九門。ひとり、スマホを片手に休憩。


 そういえば、こうしていても声をかけられなくなったな。

 以前は合田さんや熊田さんなんかがよく話しかけてきたのに。


「九門さん、今度は美味い蕎麦屋を発見しました!!」

「行きましょう、行きましょう!!」


「ははは、行こうか」


 こいつらくらいだな、いまだに話しかけてくるのって。

 しかしなんだ、その敬礼ポーズは。


 以前から変化はあった。


 鬼面ライターがそのパワーを増すごとに、それによって九門の纏うオーラが巨大になるごとに、周囲の人間の姿勢が変わっていくのだ。


 誰も自分のことを呼び捨てや君付けでは呼ばない。こっちはフレンドリーに話していても、だ。名古屋の時の感覚なら、とっくに合田さんあたりには九門と呼び捨てにされているはずなのに。


 逆に当初は九門と呼んでいた課長は、いつからか自分のことを九門君と呼ぶようになっている。


 部長は……、まあいいや。


 夏頃から始まったバブルは終わる気配がない。寒い冬に入り、また1年が終わろうとしているいまも継続中である。しかしなんとも激動の1年になったものだ。


 迎えた年末、九門とサクラは帰省した。


「なんだこれ? お前が買ったのか??」


 名古屋の実家の駐車場に停めた新車は、九門の両親を大いに驚かせた。

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