第56話 大金を得た
「うーん、これは見送りましょうか」
某企業の新商品、
会社のメディアで取り上げるか、個人的に相談されている自分のラノベで取り上げるか。前者は会社にヒット企画のチャンスがあり、後者は確実に自分に大金が転がり込む。
この二択を迫られた九門は、自分の会社のメディアでの掲載を見送った。
つまり、自分のラノベに載せる形を選んだ。
つまり、自分が800万円を手にするほうを選んだ。
会議後、いつものラウンジスペースのソファでコーヒータイムの九門。ボーっと天井を見つめながら、時折グビッと右手に持った缶を傾ける。
九門は言い聞かせていた。今回の選択の理由を自分に言い聞かせていた。
自分はサクラを幸せにしてやりたいんだ。
だから少しお金が必要なんだ。
だから今回はお金をもらえる話を選んだんだ。
そうだ、サクラのためだ。
「九門さん、九門さん!!」
「……!?」
昨日の夜と一緒だ。ビクッと肩が動いた。
声の主は、新加入軍団。またしても昼食のお誘いである。
「スイマセン、スイマセン、いきなり声かけちゃって」
「なにか考え事の最中でした??」
「いや、全然」
「今日、どうですか? 昼メシ」
「こないだ美味いラーメン屋を見つけたんですよ、ちょっと歩くんですけど」
九門は断った。
「うーん、ごめん。今日は遠慮しときます。ちょっとやることあって」
「そーっすかあ、じゃあまた」
「あ、今度呑みに行きましょうよ、お誘いしますね」
「うん、ありがとう。また」
何か気持ち悪いものがあった。一緒に昼食に行ったら、そこの会話のなかで「あのネタ、なんで見送ったんですか?」と聞かれる気がした。
なんなんだろう、この罪悪感は。
その夜、
帰宅した九門は、例の広告代理店にメールを送った。
「先日相談いただいた件ですが、掲載の方向で考えています。詳しく話しましょう」
カチッ。
送信ボタンを押した後、九門は伸びをした。
「ああああ~~~」
さて、引き受けるのはいいが、これどうやってお金もらうんだろう? 自分の口座を相手に伝えるのかな。口座名が自分の本名だからちょっと嫌だな。詳しそうな人に聞いてみよう。
1か月後、
「異世界バスケ」の中で、それは露出された。
主人公が所属するバスケクラブのチームメイトが、なんとも珍しい学習ドリルで勉強しているシーンが描かれた。そこに出てくるキャラクター、デザイン、例文がすべて、おおよそ学習には似つかわしくないと思われるモノなのである。だがそれは、小学生にとっては、とびっきりとっつきやすくもあった。
当初「なんだこりゃ」と周囲の大人は笑ったが、のちにその少年はメキメキと成績を伸ばすことになり、一気にクラブ内に浸透する。その後、バスケの練習中に「うんこパス」や「うんこシュート」が流行りだしコーチが困り果てる、というオチで締めた。
スーパー鬼面砲が放たれたのである。
その商品は、一気に売れた。
テレビをはじめとしたメディアで引っ張りだことなった。
情報の大拡散が起きたその日、編集部ではこんな会話が交わされた。
ガッカリした表情の合田さんと熊田さん。
「しまったぁ~、こないだのネタ、やっぱり鬼面砲行っちゃったよ」
「しかもスーパー鬼面砲でしたね……」
九門、両手を合わせゴメンのポーズ。
「勘が外れちゃいました。スミマセン」
一同の反省会は続く。
「次はしっかり当てたいですね。今回のミスは勉強ということで」
「みんなで獲り返そう、次、次」
九門達の編集部は、大きなユーザートラフィックを得られるチャンスを逸した。他社に先んじて取材していれば、この話題をかっさらえるはずだった。大ヒットの火付け役になれたはずだった。
だが、悔やんでも悔やみきれないミスのはずにもかかわらず、九門はサラッと今回の失敗を流した。
「切り替えましょう。今回はスミマセンでした。でも、次は絶対当てますよ」
このネタを見送る判断をしたのは九門である。責任を感じてガックリ肩を落とすのが当然のシーンなのだが。
「次っす、次!」
そして、いつものラウンジスペース。
「九門さん、凄いですね」
もはや定位置となりつつあるソファに腰掛けていた九門に、熊田さんが声をかけてきた。両手に缶コーヒー。どうやら一本は九門のために買ったものらしい。
「私、九門さんを励まそうと思ってコーヒーまで買ったのに」
「ハハハ、大丈夫ですよ。ミスなんて誰にでもありますから」
熊田、コーヒーを九門に手渡す。
「そういう切り替えって、大事ですよね。失敗を引きずってもしょうがないですもんね。私も見習わなきゃ」
九門、コーヒーを受け取る。
「ありがとう。次は当てるから。大丈夫」
ミスを引きずっていない理由は言えない。熊田さんからは強い男に見えたのかもしれないが、全然そうじゃない。勝手に尊敬されて申し訳ないが、でも言えない。
そして月末、
九門に、ふたつの入金があった。
ひとつは毎月入ってくるWEB広告売上。今月は340万円だった。そしてもうひとつは、例の広告企画の報酬。そう、800万円である。
1140万円もの大金が一気に入ってきた。自分の給与年収をはるかに上回る金額が一気に振り込まれたのである。
サクラの習い事を増やすのなんて容易なこと。
なんでも始めて構わない。
運転免許? 全く問題ない。
なんなら、ちょっといい新車を一発で買ったっていい。
通帳に記された残高を見て、九門は高揚した。
今回もスーパー鬼面砲はブームを生んだ。大きな金を自分にもたらした。自分が世の中を動かし始めている。もうなんだってできる。
ふと思った。
会社で働く意味、あるのか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます