第54話 新しい言葉が生まれた
6月、雨が憂鬱な季節。
だが、4月からノリノリで新年度を駆け抜ける九門たちにとって、雨の憂鬱なんて、なんのそのだった。
依然、部署は絶好調。彼らが取り上げるニュースは次々にブームを生み出し、流行の発信拠点として、業界内の認知度とポジションを高め続けていた。また、九門の仕掛けの特性上、非常にSNSウケがよく、それは彼らの媒体の大きな特長となっている。
そして、新年度から広告の仕事がドンドン舞い込んできた。
「当社のこの商品を是非取り上げてください!」
「貴社のサイトで来月のイベントに大きな動員を!」
「広告宣伝費はほとんどココに注ぎ込む予定ですので!」
これだけの影響力を持てば、こうなるのは必然。各企業の宣伝担当は自社商品・サービスの認知度を上げるため、そして売上を伸ばすため、こぞって九門達のメディアに問い合わせた。
九門の会社ではしばらく聞かれなかった「満稿」という言葉が飛び交った。
「満稿」とは、設定している広告枠が上限に到達している状態を指す。
出版物ならば、これ以上広告ページを入れる余裕ができないこと、
WEBならば、空いているバナーや誘導枠がないこと、
などが満稿にあたる。
出版不況と呼ばれる昨今、雑誌広告の問い合わせは減る一方であり、またWEBの世界でも「Googleアドセンス」に代表される半自動型の広告システムが主流となり、編集部では大きな広告案件の話がない時期が長らく続いていた。しかしいまは、完全に真逆の状態である。
「もう広告枠がないよ。サイトを改修しないと対応できないや…」
合田さんにとっては「嬉しい悲鳴」というやつではあるが、運用が追い付かず本当に困っているようで、WEBチームに相談する時間が日に日に増えていっている。
佐藤さん、熊田さんも嬉しそう。
「なんだかんだで、WEBチームとの会話が増えてる」
「いいことですよ!」
そしてその頃、編集部で、いやメディア業界内で、こんな言葉が流行し始めていた。
―― 鬼面砲
「異世界バスケ」の作者、鬼面ライターの情報発信から生まれる、爆発的拡散のことである。
「〇〇砲」という言葉は以前から流行っていた。かつてその一番手は「ヤフートピックス」だったが、その後SNSの流行に伴い様々な「〇〇砲」が誕生している。芸能スキャンダル情報の連発で一躍名をはせた「文春砲」などは特に有名な例だ。
そんななか、いま最も注目を浴びるのが、この「鬼面砲」である。
各メディアにとって、自分たちの記事が広まるか否かは「異世界バスケ」のストーリーやその周辺の話題として取り上げられるかどうか大きなカギとなっているのである。
鬼面砲には4種類のステージが存在する。
鬼面ライターにtwitterでつぶやかれるだけの「小鬼面砲」
ブログ「雲の筆」にて、日記等の一般記事に書かれる「中鬼面砲」
「異世界バスケ ZERO」のストーリーの中で取り上げられる「大鬼面砲」
そして、「異世界バスケ」本編の中に入り込む「スーパー鬼面砲」である。
あるニュースメディアが記事を書く。
その記事を鬼面ライターが「これ、面白い!」とURLつきでつぶやく。すると同記事のトラフィックが一気に上昇する。これが小鬼面砲だ。
その記事が、鬼面ライターのブログ「雲の筆」の中の日記型記事で紹介されると、より大きな広まりを見せる。人呼んで中鬼面砲である。
その記事で扱った商品や情報が、「異世界バスケ ZERO」の作中に登場すると、さらなる爆発が生まれる。この「大鬼面砲」は、もはやヤフートピックスと同等以上のパワーを持つとさえ言われている。
そして、「異世界バスケ」本編に載るのが、最大レベルの「スーパー鬼面砲」だが、これはまだ数度しか世に放たれていない。
ひとつ目は、「異世界バスケ」の主人公がアメリカ生まれのとある玩具を指でグルグル回して遊んでいたら、それが日本中の子供たちの間で流行った、という事例だった。
次に起きたのは、「異世界バスケ」に出てくる女性キャラクターが大相撲のファンだということで何度も国技館に通っていたら、それがそのまま世の中に浸透した、という事例だった。
ともに社会現象ともいわれるレベルにまで到達しながら、世間から「なぜ?」と言われた。「異世界バスケ」を知らなければ、それも当然。ただひとつ、間違いないのは、スーパー鬼面砲はとてつもないチカラを持つ一撃必殺のウェポンであるということだ。
メディア業界は、この「鬼面砲」から目を背けることはできなくなっていた。
それは当然、九門達の編集部も同様である。そもそもが、彼らの躍進は「鬼面砲」の恩恵を受けた先駆けのような出来事だったのだから。
わずか数か月の間に、九門達が運営する雑誌とサイトは「日本で一番、鬼面砲を上手く活用している媒体」として知られるようになっていた。そして、前述の通り大繁盛のいまである。現在の宣伝の世界において、SNS上での拡大は誰もが狙いたいポイントである。それが出来るこのメディアを放っておくわけがない。
だが、その鬼面砲の発射ボタンを押しているのがサラリーマン・九門大地であることは、ごくごく一部を除き誰も知らない。
九門は、誰に知られることもなく、世の中を操っていた。その勢いはまだまだ止まらない。
そして、いつかは来ると思っていたハナシが、九門のもとに舞い込んでくる。
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