第53話 新年度が始まった
4月1日、新年度がスタート。
九門が所属する編集部は、新たなメンバーを迎え昨年度の1.5倍の人数になった。つまり、ここにいる人間の3分の1は新しい顔ということである。
ということで、最初の会議は自己紹介の場に。ひとりひとりが、部長、課長、そして全員に顔を向け挨拶する。
「一生懸命頑張ります。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
パチパチパチパチパチ……。
それぞれ挨拶し、そして歓迎の拍手をもらう。よくある光景。
他部署で雑誌編集の仕事をしていた人間が、このチームに何人もやってきた。WEBの経験がほとんどない彼らは、各々緊張の表情である。
そんな新加入メンバーの挨拶が一通り終わると、部長が口を開いた。
「ここは雑誌の仕事とは全然スピード感が違うからね。あと、紙の仕事しかできない人間はついてこれないし、紙のノウハウはWEBじゃ役に立たないから。そのへんしっかりアタマを切り替えるように」
あの時と同じだ。新加入メンバーはいっせいに下を向いてしまう。合田さんたちが不安そうな顔で彼らを見つめる。一発で空気が悪くなってしまった。
何言ってやがる、いまのウチの部署の状態を知らないのかこの人は、と九門が口を挟もうとしたその時、
「雑誌編集のノウハウを是非活かしてください」
空気が遮られた。声の主は、課長だった。
少しビックリした表情の部長の横で、課長は説明を続けた。
「この部署の昨年度の躍進は、WEB事業のノウハウと雑誌事業のノウハウの融合によるものです。みんなはこれまでの経験を生かしつつ、新しいことも覚えてさらにパワーアップしていってください」
「おお……!」
「頼もしい……」
合田さんも佐藤さんも尊敬のまなざしを向ける。
笑顔で互いに頷く編集部メンバー。そして、何ごとか分からず、キョトンとしたままの部長。
「だよな、合田」と課長が確認。「はい、その通りです」と合田さんが返答。九門にも「なにか意見はあるか?」と課長からのパス。
九門、ニコリ。
「何もないっす! 課長の言う通りです! 課 長 の!!」
部長、呆然。
「……。」
課長、会議を進める。
「よし、じゃあ、数字の確認から行こうか。管理シートを投影してくれ」
「ハイ、ただいま!」
今日から正社員の熊田さんがテキパキと動き、プロジェクタで管理シートを投影。そこに出た数字を見ながら、いっせいにみんなが喋り始める。
「先週はイマイチだったか、少しテコ入れしないとな」
「全然獲り返せますよ、次のネタももう仕込んでますから」
「よし、WEBチームはSEOの観点から意見を出してくれ」
「はい、先週あたりから伸びているキーワードは……」
かつて恐怖の対象であり、人の声に耳を貸さなかった課長が、みんなの意見を吸い上げ、的確に指示を出し始める。それに応え、現場メンバーが次々に具体策を述べ始める。その空気に乗せられたか、新加入メンバーも喋り始めた。
「自分が去年いたチームでこのネタ取材したことありますよ」
「ホントか? じゃあ紹介してくれ、早めに取材に行こう」
「了解です。すぐにアポ入れます」
「……。」
ただただ茫然とし続ける部長。
「あの人、よっぽどみんなの仕事見てなかったんだな……」
「会議にも全然来ないし、毎日何してたんでしょう……」
合田さんと佐藤さん、ヒソヒソと声を交わし、部長に憐みにも近い視線を向ける。
その後も活気あふれる会議が続き、最後は九門がいつも通り、自信に満ちた表情で告げた。
「さあ、僕たちの手でブームにしましょう。ユーザーを集めますよ」
そして会議後、
「九門さん、九門さん」
「……?」
呼び止められた九門が振り向くと、新規加入メンバーが数名立っていた。
「九門さん、このあと、お昼どうですか?」
「色々お話ししたいんで、是非」
九門、笑顔で返す。
「はい。いいですよ、行きましょうか」
「おおおおーーー、やった…!!」
声をかけたメンバーたちは、ガッツポーズでも取りそうな勢いで、いっせいに喜んだ。顔を見る限り、九門より年上の人間もいるように見えるが、みんな姿勢は同じだった。
そういやいつも昼メシはひとりだったな。
って、牛丼ばかりだからひとりでいいんだけど。
これからWEBチームと交流を深めていこうと思ってたら、先に新メンバーのほうが来ちゃったか。
まあいいけど。
東京に異動してわずか2か月ながら、新しい風が吹き始めていることを感じる九門。
だが、昼食時の会話は、予想していたものと少し違っていた。
「このチームの中心って、絶対九門さんですよね」
「前の部署の先輩にも言われましたよ、九門さんとしっかりコミュニケーション取れって」
「え……?」
まるで、ジャイアンの横に立つスネ夫のような顔の新メンバーたち。
九門はすかさず否定した。
「そんなことないですよ、上には課長がいるし、雑誌のリーダーは合田さんだし。自分はまだ異動してきたばかりで……」
しかしそれを彼らは否定する。
「でも九門さんが異動してきてからこの部署が変わったんですよね?」
「あの部長なんて、いずれいなくなりますよ、絶対」
「僕たち、九門さんと一緒にマジでガンガンやってくんで!」
「いやいや……」
前向きでパワフルなのはいいことなのだが、どうも方向が違うような気もする。まあ部長が今日の会議でイマイチだったことは否定しないけど。
やっぱり東京って名古屋とは違うんだなあ……。
新年度初日、微妙な違和感を感じた九門だった。
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