第51話 大いに呑んだ
「よーっし、呑め呑め、九門社長!!!」
店内に、強面の店主の野太い声が響き渡る。
名古屋2日目の金曜日、九門とサクラは蕎麦屋を訪ねていた。
なんと、ふたりが来るというそれだけのために、店長はこの日の営業を21時で終了にしていた。あろうことか金曜の夜に、である。
九門、サクラ、店長、店長の奥さん、4人の宴。
困り顔の九門。
「オレ呑めないって言ってんじゃん、運転あるんだから」
知るか、という顔の店長。
「ウチで寝ていきゃいいんだよ、バカヤロー」
「いやいや、無理でしょ」と九門は手を振るが、「えーーー、アタシ、泊まりたーい」とサクラが入る。
店長、ニヤリ。
「だろ? サクラちゃんは分かってるなあ」
奥さんもニコリ。
「うーーーん、まいっか」
九門以外、みんな最高に上機嫌。一滴も呑んでいないのは九門のみ。
ただ、楽しい時間なのは確かだ。ブツブツ言いながらも、九門は実家に「今日は帰りません」と連絡。九門母からは「サクラちゃんを引っ張り回さないように」と注意の返信が来た。
何を言うか、引っ張り回されているのはこっちだ。
だが、泊まるとなったら、もう我慢する必要はない。
「店長、ビール!!」
「そら来た! よーーっし、第2ラウンド開始だ!!」
「おーーー!!」
「おーーー!!」
サクラと奥さんもジョッキを掲げた。
たった4人ながら、店の外まで聴こえるような大音量を発しながら、宴は続いた。
日付が変わるころには、もう九門も絶好調。店長と肩を組みながら、東京はあーだこーだと弁論を展開する。そして、自分が会社を変えるんだと熱く熱く語り続ける。
「よーーーっし、九門社長、東京を制しちまえ!」
「やっちゃうか、コノヤロー!! 俺がナンバーワンだ!!」
これで何度目か、ふたりはジョッキをぶつける。
ガチャッ!!
「カンパーーーーイ!!!」
「アイム、クモン!! ナンバーワーーン!!」
「アイム、テンチョー!! ガッデム!!!」
全く会話になっていないが、人気プロレスラーを意識している模様。
「ふふふふ」
サクラと奥さんは、そんなふたりを、公園で遊ぶ幼稚園児を見守る保護者のような顔で眺める。
奥さん、サクラの肩を叩く。
「九門君、カッコよくなったわねえ」
「え? そうですか?」
「なんかさ、目がこう、獣みたいじゃない?」
「ケモノ?」
「喋り方もちょっと変わったし、強い人のオーラが出てるわ」
「そうなんですかね」
「お家でも凄いんじゃない? 夜とか大変そう」
「え……!? え……!?」
「キャハハハ、ジョーダンよ」
サクラは「奥さん、エッチじゃなあ」という言葉を、酎ハイと一緒に喉に流し込んだ。
そして、ボソッとつぶやいた。
「楽しいなぁ、東京戻りとうないなぁ……」
「……。」
ガチャッ!!!
「カンパーーーーイ!!!!」
「ガッハッハ!! 呑め呑め呑めーーー!!」
「東京がなんぼのもんじゃーーーい!!」
夜2時、店長と九門は50回ほどジョッキをぶつけたあと、ついに眠りについた。
店の座敷スペースに布団を敷き、そのまま大イビキに突入。
「やれやれ…」
サクラと奥さんは、呆れ顔で店の2階にある店長自宅へ。
「サクラちゃん、悩み事はちゃんと九門君に言うのよ」
「……。」
「家族になるんだから。一緒に生きるって、そういうことよ」
「ハイ」
翌日、
九門とサクラは店長の店で遅めの朝ごはんを御馳走になり、九門実家へ。
クルマの窓から手を差し出す九門。
「また来るよ、店長! 御馳走さま!」
その手をギュッと握る店長。
「次は奢らねえぞ、ガッハッハ!!」
やさしく手を振る奥さん。
「サクラちゃん、またいらっしゃいね」
笑顔で返すサクラ。
「はーーい」
ふたりを乗せたクルマは、九門実家へと走っていく。約1時間半のドライブ。
「安全運転よ、大地くん」
「わぁーーってるよ」
途中、コンビニでアイス(ハーゲンダッツのちょっと高いやつ)を買ったサクラ。外を眺めながら、つぶやく。
「店長の料理、おいしかったなあ」
「そうだな。いつものことだけど」
「アタシも料理でも習ってみようかなあ」
「ん?」
「大地くん、アタシ、何かやってもええ?」
「料理、いいじゃん、俺も美味いもん食いたいし」
「ホンマ?」
九門、運転中なのでサクラのほうに顔を向けることはできないが、しっかりと頷きながら応える。
「そういうところ行くと、友達も出来るだろうしさ。いままで日中ひとりぼっちだったもんな。ゴメンな」
グスッ……。
鼻をすする音が横から聴こえた。
「……!?」
「アタシ、大地くんで良かった」
「なに言ってんだよ」
「いっぱい勉強して、美味しいご飯作るけんな」
「そりゃ楽しみだ」
この年齢の一般的な男女なら、結婚に向けて節約しつつ、コツコツとお金を貯めるものなのかもしれないが、いまの九門にはその類の悩みは一切ない。
サクラに好きなことをやらせてあげよう。
余裕があるのはいいことだ。
九門はハンドルを握りながら、ひとり頷いた。
夜は九門実家で晩御飯。いつぞやと同じく寿司が出てきた。
少し酒が入った九門父は、説教とまでは言わないが、九門に「心得」的なものを説いていた。
「しっかり働いてちゃんと稼ぐんだぞ。サクラちゃんに苦労をかけるなよ」
「わかってるよ、大丈夫だよ」
「これから結婚も出産も育児もある。お金は大事だからな」
「はいはい」
九門が実は月に数百万の収入を得ていることは、サクラ以外誰も知らない。それがなければ、いたって普通の20代半ばの若いふたりである。九門父が心配するのも無理はない。
だが、何を言われようが、九門にとっては「はいはい」なハナシであった。
なんとでもなるっつーの。
九門は寿司を口に運んでいった。その様子を眺めながら、やっぱり顔が違う、と九門母は思った。
明日はクルマで東京に戻る。間もなく4月、その東京で九門は新しい年度を迎える。
昨年度の1年で大きなものを手にした、新生・九門大地の新たな1年が始まる。
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