第50話 名古屋に戻った
3月末、
来週後半から新年度が始まるという最後の週末。
木・金・土・日の4連休を得た九門は、サクラとともに名古屋駅にいた。
「わぁ~、帰ってきたあ~」
「なんか、すげえ久々な気がするな」
やっぱりドッとこみ上げる「久々に帰ってきた感」。得体のしれぬノスタルジー。
今日は、九門は実家に、サクラは友人の家に宿泊。金曜日&土曜日はふたりで九門の実家に泊まり、日曜日にクルマで東京へ、というスケジュール。サクラはどうにもワクワクが止まらず、昨日はほとんど寝ていないらしい。
そういや運動会の前の日にこうなる小学生っていたよな。
自分もそうだったけど。
ふたりは、まず九門の実家へ。
迎える九門母。
「おかえり~」
靴を脱ぐ九門。
「ただいま」
同じくサクラ。
「ただいま~」
九門の実家に来て「ただいま」と挨拶したサクラ。それを聞いて、全開の笑顔になる九門母。
そして、すぐに声をかけるサクラ。
「あの、お母さん、すみません、トイレ貸してください」
やはり笑顔の九門母。
「はい、どうぞ~」
サクラ、九門に「はいっ」と荷物を渡し、バタバタとトイレへ駆け込む。
「来て早々に、まずトイレかよ……」
「ホント、かわいい子ね~」
「ん?」
「そういえば、大地、顔変わった?」
「ん?」
ふたりは荷物を置き、ひと段落したところで、外へ。
3日後に東京に持っていくことになる九門のクルマで出発。
手を振る九門母。
「いってらっしゃ~い」
「はいよ」
エンジンをかける九門。
「明日また帰ってきま~す」
助手席から顔を出すサクラ。
「あぶねーぞ」
九門母は、角を曲がりクルマが見えなくなるまで手を振っていた。
「大地君のお母さん、優しいなぁ」
「そうか?」
「アタシ、お母さんって呼んでもええかな」
「もう呼んでたじゃん」
「そうだっけ?」
「なんかウチの親もサクラのこと気に入ってるみたいだぞ」
「ホンマに?」
「うん」
「っしっしっし」
「あ、ヘンな笑い方」
その日、九門は約2か月ぶりとなる名古屋の編集部を訪ね、サクラは友人たちと1日を過ごした。
九門は、名古屋の編集長に「あっちでも大活躍らしいな、さすが俺の元・子分だ、がっはっは」と肩を8発くらい叩かれた。
大活躍?
そういう話になっているのか、光栄なものだ。
そして、ケンさんには「少し顔つきが変わった気がする」と言われた。
サクラと暮らすようになってから実は少し太ったのだが、それのせいか。
まあいいや。
みんな九門の一時凱旋を喜んでくれた。夜はたらふく奢ってもらい(運転があるので酒は呑まなかったが)、九門は上機嫌で帰宅。
その夜、九門は「異世界バスケ」を更新した。
いつもの執筆より時間がかかった。本作において重要な場面だったからだった。
ついにダンクシュートが飛び出した。
エリート軍団である新チームの選手たちが呆然とする中、主人公は監督に「これで試合に出してもらえますよね?」と言ってのける。
このチームに移って以来、なかなかチカラを認めてもらえなかった主人公。あれだけ練習中にアピールを続けるも出番は回ってこない。かろうじてサブメンバーのゲームに出たと思ったら、今度はボールが回ってこず、歯を食いしばる日が続いていた。
読者のイライラがMAXとなったところで、このダンク。一発逆転のダンク。読む者にとっては猛烈なカタルシス。コメント欄が爆発した。
「キターーーーーーー!!!!!」
「ついに出たーーーー!!!!!」
「このダンクでメシ3杯行ける!!!!」
「今日ダンクが出なかったら読むの止めるつもりだったわww」
その数、実に4000件以上、あまりのコメントボリュームに読み込みが遅くなってしまい、同話のページは一時読めなくなるほどだった。
去年の春のあの日、店長とのなにげない会話をキッカケに立ち上げた九門のブログは、ラノベ「異世界バスケ」のヒットを機に、1年が経とうとしているいま、途方もない位置にまで到達していた。
爆発のトリガーはプロバスケ選手・夏木修司のツイートだったが、その後、バスケ界から一般層へ、さらにスポーツ界、芸能界にまでファンは拡がっていき、その知名度はもはやジャンプやマガジンの人気漫画に肩を並べそうな勢い。
1か月のPVは1億を超え、ユニークユーザー数も1000万人をゆうに超えている。もはや、自分の会社で運営しているメディアサイトを追い越さんばかりの規模に。
twitterのフォロワー数も間もなく100万が見えるところに来ている。そしていずれも止まる気配はない。うなぎ上りとは、まさにこのこと。
その圧倒的なトラフィックは、2月に210万円、3月に300万円の収益を九門にもたらした。4月分はさらに増えるのだろう。おそらくはその3回分の報酬で、九門の給与年収を遥かに超えてしまう。
スピンオフ「異世界バスケ ZERO」と会社のメディアをかけ合わせることで、世のブームまでも操れるようになってしまった。
だからだろうか、
九門の顔つきが変わったのは。
だからだろうか、
いつもニコニコ顔だった九門が、相手を怯えさせるようなオーラを時に出すようになったのは。
だからだろうか、
「異世界バスケ」の主人公が、監督に詰め寄るような少年(中身は26歳だが)になったのは。
九門は自分では気づいていない。
だが、間違いなく、26歳の青年には大きすぎるものを、彼は手にしてしまっていた。
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