第49話 雪が解けた
「課長、ありがとうございます」
九門はアタマを下げた。
「……!?」
課長は、「なぜ?」という表情。
九門、ニコリ。
「いまの編集部の躍進があるのは、課長があのとき自分に1週間の挑戦期間をくれたからです。あそこで撥ねられていたら、何も動けませんでした」
「……。」
「でもこれだけじゃ足りません。ここから課長のチカラが必要です」
「……?」
「雑誌とWEBのチカラを融合させましょう」
「……、どういうことだ?」
九門は告げた。
いまは「勢い」で突き進んでいる段階であること。
これを一時的なものにしないためには、もっとロジカルな戦略も必要であること。
雑誌チームの取材力・企画力に、WEBチームのノウハウを掛け合わせれば、いまの成長曲線がずっと続くであろうこと。
つまり、課長たちのチカラが必要だということ。
「お前、本当にそう思っているのか」
九門、頷く。
「思っています。課長の、数字で語る思考が絶対に必要なんです。お願いします」
課長は少し笑った。
「お前みたいな奴、初めてだ。本当にいるんだな、こんな奴…」
九門、立ち上がる。
「んじゃ今度、決起集会でもやりますか。パーっとやりましょう」
会議室を出る九門、その背中を見つめる課長。
なんだか雪が解けたたような、温かい空気がその場を包んでいた。
その夜、
「300万円……!!??」
コタツがなくなった九門宅のリビング、九門から数字を聞き、ソファで目を見開くサクラ。
「うん、また増えたよ、報酬。今月末入金だって」
「なんか、すごい話になっとるなあ……」
「うん。でも、お義父さんとの約束はこれで大丈夫だよ」
「あ……」
―― サクラは家で大地くんを待つ子にしてやってくれんか
―― わしは古風な男でな。男が働いて女が家を守る家庭が好きなんよ。
―― ウチもそうやってきた。大地くんもそうしてやってくれんか
昨年末、岡山のサクラの実家で、サクラ父から頼まれたこと。
あの時点では何の策もなく、ふたり布団に並びアタマを悩ませたものだったが、いまはもう全く問題ない。
「何とかなって、よかったんかな、怖いけど……」
「うん。あと、こんだけあれば、クルマも持ってこれちゃうな」
「そうじゃなあ、あったら便利じゃもんな」
「今度、名古屋行こうか。で、クルマでこっちに戻ってこよう」
「わぁ!!」
「おお……、子供みたいな顔だな」
「何泊くらいする? 2? 3?」
「いや、全然考えてないけど……」
「アタシ、友達に会いに行ってもええ?」
「うん、いいよ」
「♪ふふふふふーーん、ふ・ふーんふん~」
サクラ、鼻歌を歌いながらキッチンに向かう。
大塚愛の『さくらんぼ』。
自分の名前に似てるから好きなんだよな。
「すぐご飯出すけん、待っとって」
「はいよ~」
子供のような顔で喜び、小躍りしながら『さくらんぼ』を歌うサクラ。よほど名古屋に行くのが嬉しいのだろう。それは、ホームシックのようなものかもしれない。つまり、いま、少しばかり寂しいのだろう。
「……。」
懸念していたことだ。
新しい職場がある自分とは違い、サクラは友達も同僚もいない東京で、日中ひとりで過ごしている。
寂しくないわけがないじゃないか。
新しいコミュニティでもあれば、また変わるかもしれない。
何かやらせてあげようかな。
幸い、お金はもう大丈夫だし。
というか、大きな余裕すらできてしまったし。
そういやこないだは、それで自分が「子供作るか」みたいな話をして、エッチだなんだと言われたんだったな。
「あ、笑っとる」
「ん?」
肉じゃがとサンマと白米をダイニングテーブルに持ってきたサクラ。
「ニヤッとしたで、いま」
「いちいち観察すんなよ」
「ふふふ」
3月下旬、新しい年度を前に、九門は2日間の有給休暇を申請した。土日とつなげれば4連休である。サクラのためにもなるべく長く名古屋にいよう。自分は自分で、前の部署のみんなに会いたいし。
その4連休を控えたとある日、会議で新しい動きが起きた。
いつものように指示を出す合田さん。
「じゃあ、このネタで行こう。いつも通りしっかり取材してくるように……」
「ちょっと待った」
「……!?」
声の主は、腕組みの課長だった。
「それだけでいいのか? そのネタが当たったとして、そこからどう数字を保持して次に繋げるのか、そのへんの戦略はあるのか?」
合田さん、声が詰まる。
「それは…」
課長がすかさず告げる。
「俺はあるぞ」
合田、課長のほうに体を向け、アタマを下げる。
「課長、教えてください。ぜひ、戦略的に数字を伸ばしたいです」
課長、ニヤリ。
「俺は厳しいぞ?」
合田、ニコリ。
「知ってますよ。望むところです」
佐藤さん、熊田さん、雑誌チームのメンバーがホッとしたような笑顔を見せた。そして、WEBチームのメンバーも同様に。
九門は目を瞑り、腕を組み、「やっと、こうなった」とばかりに微笑んだ。
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