第47話 プロ契約の報酬通知が来た

「お肉、おいしい~」


 満面の笑みで肉を頬張るサクラ。


「ゆっくり食えよ、太るぞ」


 呆れ顔で笑う九門。


 2月中旬の週末、以前サクラと交わした約束通り、ふたりは焼肉屋に来ていた。


 ホルモン、レバーなど内臓中心に攻める九門、カルビ、ハラミなど王道中心に攻めるサクラ。九門は白米もガツガツ進めていた。「焼肉が一番輝くのは白米と一緒に食っている時」と昔から言っており、酒はほとんど飲まない。


「今日は怖い顔しとらん」

「いつもしてねえよ」


「たまにしとるで、こーやって」

 サクラは眉間にシワを寄せ、いわゆる「難しい顔」をしてみせた。


「もういいよ、悪かったよ」

 九門は笑った。アブラの塊のようなホルモンを食べながら。


「会社は、どうなん? ようなった?」

「うん、よくなったよ」

「じゃけん、怖い顔じゃなくなったんじゃな」

「だから、いつも怖い顔じゃねえよ」


「ふふふ」


 寒い2月の夜、腹いっぱいとなったふたりは、満足げな顔で家へと歩いていく。


「おいしかったなあ、お肉」

「うん、また行こう」

「ちょっと高いけん、いっぱい行くのは無理じゃけど」

「まあな」


 たまにはこういうのもいいけど、なるべく節約しなきゃな。早くクルマをこっちに持ってきたいし。お金貯めないとなあ。


 お金……。


「あ!」

「ん?」


「そうだ、思い出した。プロ契約」

「契約? ネットのやつ?」

「そうそう、そろそろ先月分の入金額がわかると思うんだけどなあ」

「そんないきなり、ぎょうさん入らんじゃろ」

「まあ、そーだけどさ。でもちょっと楽しみじゃん」


 翌日、

 会社近くの牛丼屋で昼食中の九門のもとに、なんとも素晴らしいタイミングで報酬通知のメールが届いた。昨日話していたら今日届くとは、なんとも素晴らしい。


 そのメールによると今回の通知は1月分の報酬内容で、入金は2月末、つまり約2週間後とのこと。1月10日から計算が始まっているので、今回の入金額は22日分の数字ということになる。そういう意味でも、まあ「ぎょうさん」は入らないだろう。


 と思いきや、


「……!!??」


 九門の箸が止まった。

 まばたきが止まった。

 耳に入ってくる音がすべて消えた。

 時間が止まったような感覚すら覚えた。


 そして急速に胸の鼓動が高鳴る。2月中旬だというのに、猛烈に汗をかき始める。間違いじゃないかと、何度も数字を確認する。「イチ、ジュウ、ヒャク…」と桁数を数える。何度も数える。


 なんだこれ。

 ホントかよ。


 ブログのトラフィックがいきなり上がったとき、

 コメント欄でディスられたとき、

 自分のブログ記事のせいでプロバスケ選手が叩かれたとき、

 ブログ&ラノベを始めてからこれまでの間、九門の時間が止まったことは何度もあったが、今回のインパクトはそれらの比ではない。


「ご、ごちそーさま……!!」

 九門は、食い終わっていない牛丼をそのままに店を出た。


 早足で会社に戻り、なぜかトイレの個室に飛び込んだ。いつかと同じだ。

 汗をかきながら、呼吸を乱しながら、サクラにLINEを送った。


「報酬通知が来た。210万円って書いてある」


「ふぅぅ~~~」

 送信ボタンを押した九門、一度深く呼吸をする。「落ち着け、オレ」といわんばかりに。


 暑い。


 上着を脱ぎ、ドアの内側のフックにかけ、もう一度深呼吸。用事は済んだがトイレから出ない。というか、そもそも本来のトイレの用事ではないのだが。


 とりあえず、サクラからの返信を待つ。


 なんだこれ、本当にこんなにお金が入るのか……!? 

 ひと桁下がって21万だとしても、十分過ぎるくらいなのに。

 210万ってなんだよ。

 想像していた数字と違いすぎる。


 ブルルルルル……。


 九門のスマートフォンが震えた。サクラから返信だ。


「うそ? そんなに入るの?」


 ここからは高速ラリーである。


「確かに通知メールに書いている。210万円」

「見間違いじゃろ、21万じゃろ」

「何度も確認した。210万」

「今月末にそれが入るん?」

「そうらしい」

「なんか怖い。ホンマに大丈夫?」


―― 怖い


 分かる。自分も怖い。

 別に何も悪いことはしていないのだが、怖い。


 高速ラリーを終えた九門は、机に戻った。


 かつてアクセスが跳ねたときと同じく、この日の九門もそこから全然仕事が手につかなかった。明らかに様子のおかしい九門に、合田さんは早退を促した。


「九門さん、疲れが溜まっちゃったんだよ、最近頑張りすぎたから」

「……。」

「今日はもう上がりなよ。僕たちは大丈夫だから」


 いま顔色がおかしいのは、全然仕事の疲れでもなんでもないので嘘をついているようで申し訳ないのだが、このヘンな状態から脱却できるなら、お言葉に甘えてしまおう。もう帰りたい。


 九門は「すみません」と合田さんに告げ、会社を後にした。


 この日から、九門の毎日はさらに急激に変化していく。


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